#13 まいごのウサギの大冒険
ふらふらと歩いていたチャコは、気が付いたら迷子になっていた――。
「ここどこ……おばあ様……クロム様……」
「おばあ様」とはチャコの育ての親であり、野兎だったチャコを精霊にした張本人の事である。
彼女がいなければ今頃チャコは野垂れ死んでいたところであろう。そこに連なる名前になるあたり、彼女のクロムへの依存度が伺える。
「早くしろ!明日には戻ってくるぞ!」
「ウッス!」
男たちの怒鳴り声が聞こえる。
チャコは驚きのあまり、さっと物陰に隠れてしまった。
男たちは人間サイズはありそうな麻袋を抱え、走っている。
麻袋はもごもごと動き、わずかに少女の声が漏れ聞こえた。
「ま、まさか……人さらい!?」
ぴゃ、と涙目になって震えるチャコ。そういえば、行方不明者が何人も出ていると聞いていたが、
このことだったのか、と現場をみて恐怖する。
こっそり、こっそりと逃げようとするが、先ほどの男たちの会話がふと気になった。
明日には戻ってくる、というのは誰の事だろう。とにかく急いでいるのはわかる。
今日中にしなければならない事、といえば……。
男たちは速足に船着き場の方へ向かっていた。
定期便までは日があるはず。しかし、そこには船が停泊されていた。
貨物船の一種のようだ。荷物を積み込む準備がされている。
チャコは気づけば、男たちの後をつけ、会話が聞こえる位置まで来ていた。
「いいか、今日、日が暮れてきたら動く。明日になればバルザが戻ってくる。あいつがいない間にここを出たい」
「ブツは牢屋に詰め込みました。少ないですが、健康でイキのいいのばかりです」
金髪に赤いバンダナを巻いている男、おそらくあれがボスなのだろう。
他のスキンヘッドや小柄な男を顎で使っている。
牢屋、と呼ばれるのは少し離れた場所にある小屋の中にあるようだ。人間程度の大きさの麻袋を詰め込み、
少し人間の騒ぐ音がしたが、すぐに静かになった。
「(クロム様に伝えなきゃ……!)」
急がなければ、彼らは今日にはこの町を発ってしまう。
それまでにクロム達に伝え、攫われた人達を解放しなければ。
踵を返して走りだそうとした瞬間、道に落ちていたビンを蹴ってしまう。
「誰だ!」
「ぴゃっ……」
人攫い達の反応は早く、すぐさま物陰のチャコを見つけ、複数人で取り囲む。
「今のを見られちまったら……おとなしく返すわけにはいかねぇなあ!」
「ゲッヘッヘ!やさしくしてやるぜぇ……」
「お前ら!油断するな……そいつは――」
「荒れ狂う風のマナよ、吹き飛ばせ!『ウィンド』!」
赤いバンダナの男が言うよりも早く、チャコのウィンドが発動する。
「げぶらッ!!」
「言わんこっちゃねえ!おい!武器と縄もってこい!あと猿ぐつわもだ!こいつは魔術師だ!油断するなよ!」
「へ、へい!」
一人男を吹き飛ばしたものの、残りは二人、どう計算しても一人を攻撃している間にもう一人からの攻撃が来る。
ならば、先手必勝しかない。チャコは赤いバンダナをボスと決め、まずは頭から倒す作戦に出る。
「もう一度!荒れ狂う風のマナよ……吹き飛ばせ!『ウィンド』!」
―――しかし、男は吹き飛ばない。
男に到達する直前、彼の手首の腕輪が光り、風のマナが雲散霧消するのが見える。
「判断自体は悪くねえ、だが――、俺たちを甘く見たな」
「がふっ……!」
素早く距離を縮めてきた男の拳が、チャコの腹にめり込む。
精霊は人間より強いとは言え、それは一般論での話だ。星3ならば確かに人間10人分くらいの強さはあるが、
星1はせいぜい一般人数人より強い程度で、相手が戦闘の経験者ともなれば、また話は変わってくる。
ダメージを受けぐったりとしている間に、さるぐつわを噛まされ、両腕を縛られ、杖を奪われるチャコ。
「亜人の魔術師なんざ珍しい、好事家が高く買ってくれそうだ」
「まるで精霊みたいですねえ、アニキ」
「ハハ、精霊がこんな弱いわけあるかよ」
チャコは泣きそうになりながら、ぐっと拳を握りしめる。
そのままチャコは小屋の中の牢屋に放り込まれる。
仲には同じように両腕を縛られ、足枷を付けられた少年、少女たちがいた。
一人は足を怪我しているようだ。
魔術が使えないからか、騒がなかったからなのか、猿ぐつわをされていない子供もいる。
かなり乱暴に放り込まれ、背中を地面にしたたかにぶつけたチャコを、子供らが心配する。
「だ、だいじょうぶ……?」
「むーむむ!(大丈夫です!)」
なんとか子供たちの前では気丈にふるまおうとするチャコ。
しかしもう結構泣きそうだし、いっぱいいっぱいである。
星5ノワールに負けるのは耐えられたが、3凸までしておいてただの人間に負けてしまうのは、
正直精霊の彼女にはこたえるものがあった。
その上拘束されてこれから売られようとしているのだから、情けない事この上ない。
両手を縛られ、足枷を付けられ、猿ぐつわをされてしまっては、もうできることはない。
もしも、ここにクロムがいてくれれば、きっとなんとかなるのだろう、とちらりと牢の外に目を向ける。
「(わたしはやっぱりダメな子で……何もできないんだ)」
そう思った瞬間、彼女の限界を迎えた辛さから現れた幻聴か、『そんなことはないぞ!』と声が聞こえる。
幻聴ではなく本当にクロムが現れたのかと思って周囲を見渡すが、クロムの姿はなく、普通に彼女の妄想であった。
……しかし、その妄想は、チャコに一つの閃きをもたらす。
「む……(そういえば、クロム様がいたらなんとかなる、って思ったけど……どうやって?)」
クロムなら確かに、自分が縛られていようが、猿ぐつわを嚙まされていようが、足枷がついていようが―――、なんとかしてしまうだろう。
チャコはこの場面を乗り切るクロムの姿をありありと想像できるし、子供たちの感謝の言葉さえ聞こえてくるようだ。
彼女の辛さから作られた幻聴である、イマジナリー・クロムに問いかける。
「む……(私は完全に縛られて、動けませんし、魔術も使えません……どうやって抜け出すんですか?)」
そう考えると、彼女の妄想である、イマジナリー・クロムは冷静に返答する。
『お前は本当に詠唱がないと魔術を使えないのか?』
「む……!」
一人でもごもご言っているチャコを遠巻きに心配する子供たち。
そんな子供たちに向き直り、チャコは芋虫のように動き怪我をしている子供に近づく。
見張りは寝ているのか、いびきが聞こえてくる。
今なら試せるかもしれない。
「むむ、むむむ……(この者に癒しの加護を……『ヒール』)」
もごもごと彼女が小さい声でつぶやくと、怪我をした少年の傷がみるみるふさがってゆく。
「わあ……!ありがとう!」
「む!(いえいえ、どういたしまして)」
チャコは思い出す、雑な詠唱で自分がウィンドを使えた事を。
そして思い出す、最初にアーミー・ホーネット達から逃げた時、クロムは特別な力を何も使っていないことを。
「(できるんだ……私でも!私は役立たずなんかじゃない……!)」
彼女の目に再び光が戻る。
そもそも、こういった雑な詠唱で魔術が使えることこそが、精霊の『特権』である。
人間は一部の選ばれた上級魔術師のみが無詠唱魔術を使えるが、存在そのものが魔術に近しい精霊は、ある程度詠唱を無視した魔術行使が可能である。
例えばノワールのエトワールステップ、オプスキュリテ・ラムなどはその最たるもので、
念じるだけ、振りかぶるだけで魔術を発動することができる。
(ノワールが発動時にスキル名を言うのは『なんとなく』である)
これはチャコも育ての親から魔術を教わっているときに教えてもらっている知識なのだが、
当の本人は今の今まですっかり忘れていたようだ。
ちなみに、リレイション・ファンタジアのゲーム上では精霊の能力は全て「スキル」と呼称している。
これはまた、魔術ではない自分自身の能力・特性も含んでいる場合があるからだ。
「(猿ぐつわをされていても魔術が使えるのはわかったけど……、これじゃあ流石に逃げられないような……)」
寝ているとはいえ、鍵は盗賊が持っているし、牢は頑丈な金属でできており、
ウィンドの風ではびくともしないだろう。
「(助けてクロム様……!)」
妄想のイマジナリー・クロムに語り掛ける。
正直なところ妄想にしては精度が高すぎる気もするが、彼女の依存故だろう。
『何を言っているんだチャコ、お前が今日売られるなら、必ず一度は牢屋から出されるだろう?その時に逃げればいい』
「む……!」
完全に一人での会話をマスターしてきたチャコ、
子供たちはちょっと面白くなってチャコを見ている。感情に合わせて耳がピコピコしているのも楽しいようだ。
「む……(でも、足枷もありますし……)」
『精霊に、ただの縄や足枷の拘束が、そんなに意味を持つか?』
「む……!」
チャコ、閃く。
それと同時に、ガタガタと物音がして、男たちが牢のある小屋に入ってくる。
「おい!日が暮れてきた!荷を積み込むぞ!」
「へ、ヘイ!」
寝ていた男は飛び起き、木箱などを運び始める。
牢屋の扉に手がかけられる。子供たちが全員牢から出たら、作戦、開始だ―――。
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