#10 烈風の名を冠する男
「ここまでが、僕らが『精霊解放前線』を知ったきっかけだよ」
「…………」
「クロム様、深く考え込んでらっしゃいますね……やはり、この状況も何か……!」
「いや、単に自分が召喚で星5全く引けなかった時を思い出して落ち込んでただけだ……」
「あ、そうなんですね……」
「にゃはは、鉄みたいな男と思ったら、意外と人間らしいところもあるのねぇ」
ビアンカはクロムにすり寄ってくる。
チャコはけん制しようとするが、ビアンカのさりげないスキンシップにおろおろするだけである。
「しかし、魔剣ティルヴィングにインペリアね……」
クロムにとっては、どちらも聞きなれない名前だった。
もちろん、魔剣ティルヴィング、インペリア、その言葉を意味するものは想像がつく。
ただ、どちらもリレファンに実装されていないのだ。登場人物でも、インペリア等という剣士がいたという話は聞いたことがない。
ゴルドというハゲといい、リレファン設定資料集や、本家ストーリーだけではカバーしきれない情報があるのか。
もしくは、もっとほかの理由か。
クロムは考えをめぐらすが、突然チャコがピンと耳を立てると、思考を中断する。
「チャコ、何か聞こえたのか?」
「は、はい。鎧の人が数人……こちらに向かってきているようです」
「まずい、ビアンカ、ノワール、隠れろ!」
「は~い」
「わかったよ!」
チャコのウィンド、ノワールのスキル、反逆の天秤、いくら路地裏とは言え、目立つ要素はたくさんだ。
まだ完全に二人が犯人とバレているわけではないとは言え、目撃者の証言等があれば、
ビアンカ、ノワールは実際に通り魔本人なのだから、捕まるのは当然だろう。
治安のために、本人たちは捕まった方が良いというのもそうだが、流石に身の上話を聞いてしまっては、そう簡単な話でもない。
そうすると、ガチャガチャと音を立てて衛兵たちがやってくる。
「失礼、この辺りで爆発音があったと市民から通報がありましてね」
「ええ、確かに聞こえましたね……あちらのほうでしょうか?」
クロムは営業の仕事で培った演技力で、その場を乗り切ろうとする。
しかし彼は、衛兵達の先に見つけてはいけないものを見つけてしまう―――。
「げっ……」
小さくつぶやくクロムのうめき声を、その男は聞き逃さなかった。
「ほう……儂を目の前にして『げ』とは良い態度をした男だなァ?連れて行け!油断はするなよ、この男は手練れだ!いざとなったら儂自ら黙らせる」
「しまっ……」
クロムはしっかりと両手を拘束され、チャコもついでに連行される。
赤茶色のオールバック、蓄えられたヒゲ、2mはありそうな筋骨隆々の男―――。
そう、彼が『風の試練 超級』クエストのボスとなる、烈風騎士バルザその人である。
クロムが「げ」と言ってしまうのも仕方がない。彼は召喚士でありながら、自らも星5精霊と同格の力を持つ騎士なのだ。
実際のクエストでは精霊である『暴風龍 エメラルドスフィアドラゴン』と共に登場し、
圧倒的な強さを見せつけてくる。
周回必須の素材クエストのくせに、星5クラスが最低3体は完凸されていないと普通に全滅するレベルだ。
ビアンカ、ノワールを逃がしたのは正解だった。彼女らがいても、勝てる相手ではなかっただろう。
クロムは自分の失態を悔しがりながらも、詰所まで連行される。
* * *
「てめェがやったんだな!?その目を見ればわかるぜ。どう見ても歴戦の猛者……。儂のエメラルドも警戒している。
星3の召喚士をやったってぇと相当な実力者だろうと睨んではいたが……これは間違いねえな」
「いや、俺は知りませんって……確かにハゲとは喧嘩しましたが、契約石は奪ってません」
「しらばっくれんじゃねぇぞ!」
ドン!と机をたたくと、大理石でできた机にひびが入る。どんなパワーなんだよとクロムは内心ぞっとする。
「路地裏の爆発音も、おそらく別の召喚士とやりあってたな?てめぇの精霊を出せ!雷撃が出せる精霊がいるって話だぞ」
「え、俺の精霊はこいつだけですが…………」
そ、とチャコを見る。
バルザは、それまで完全にチャコの事を視認していなかったようで、今さらいたことに気づき、少しびっくりする。
「うおっ、こいつか……えっ?おい、そこの、カンテラもってこい」
「ハッ!」
衛兵がバルザにカンテラを渡し、バルザが掲げると、明かりが一つ灯る。
「星1……」
衛兵は「えっと……どうしますか?」という意味の目を向ける。
「すまんな嬢ちゃん、これは儂らの勘違いだった。君は帰っていいぞ」
「ええっ!?」
バルザは戦場で戦いが長い。もちろん色々な経緯があり、精霊とも戦うことがあった。
もちろん精霊の強さは身に染みている。しかしながら、それでも。チャコをどうしても脅威とは思えなかったのだ。
温和そうなたれ目、ふにっとした口、成人男性より一回り小さい体躯、纏っているマナ量。
どれを見ても、脅威とは思えず、彼女がとても星3を倒せるとは思わなかった。
「さて、あの無関係な兎の嬢ちゃんは返すとして……お前がやったんだろ!召喚士!はやく精霊を出せ!」
「だから俺の精霊はチャコしかいないんですって」
「は…………?」
クロムが左手に力を籠めると、チャコの体がやんわり光る。
これはマナを供給する行動であり、行うと主人が誰かわかる。
「……どこかに隠してねぇだろうな!」
「いる訳がない。なんなら契約の水晶で見てもらってもいいぞ」
「何だと……?じゃあお前、どうやってあのゴルドを倒したって言うんだ!」
「私が!倒しました!!」
ここぞとばかりに立ち上がり、バルザを睨みつけるチャコ。
「じょ、嬢ちゃんが……」
「はい!私がぶちのめしました!よろず屋のおばあさんに聞いてもらっても大丈夫です!本当なので!」
「ちゃ、チャコ」
本当は本当なのだが、今彼らは通り魔事件の容疑者として疑われているので、
星3召喚士くらい余裕でぶちのめせるぜ!という態度が良いのかどうかは……。
「よ、よろず屋、だと……?」
しかし、それを聞くなり、バルザの顔色が悪くなる。
バルザは衛兵に2、3言伝え、クロムたちの拘束を解放し、
一緒によろず屋に行くように申し出た。
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