姉の代わりにVTuber 97
唯から発せられた言葉に、穂高はすぐに返事を返す事は出来ず、言葉に詰まっていた。
そして、少しだけ考え込んだ後、ゆっくりと話し始める。
「――別に、今すぐってわけでも無いんだろ? 引退するの」
「そうだね~、すぐでは無いよ?
――――ただ、もう引退する事は決まってるし、すぐではなくとも、近い未来だよ?」
考えが煮え切らない穂高は、一旦保留しようと、引退時期の話題に、話を逸らすが、唯も穂高をよく知っている為、この場では決断を求めずとも、決断を迫る様な口調で、穂高に返事を返した。
「――――今この場でじゃ、答えは出せない。
Zoutubeに戻る決心も付いてないし、昔と今じゃ、状況も違うからな」
「状況が違うって何よ。
はぁ~~、まぁ、今すぐにとはウチも言わないけどさぁ……」
難しい表情を浮かべ答える穂高に、唯はため息を付きつつ、穂高の言葉を承諾し、穂高の放った言葉が気になりながらも、深く追求する事は無かった。
そして、唯のその言葉を最後に、それ以上二人で、配信についての話には触れる事は無く、話題はお互いの近況の話や、昔話などに変わり、会話は盛り上がりを見せた。
ひとしきり話し合った所で、穂高は店内の時計を見やり、今の現時刻を認識する。
「――――ふぅ……、もうこんな時間か……。
結構話し込んじゃったな?」
「えぇ~~!? まだ、色々とウチは話したい事あんのに~~??
とゆうか、何で忙しいウチより、穂高の方が忙しいそうにしてるわけ~?
おかしくな~~い??」
「華の高校生だから忙しいんだよ。
青春真っ只中だからな」
「――いや、ウチは穂高が陰キャなの知ってるから…………。
今更、ウチに見栄を張らんでも……」
唯の物言いに穂高はイラっと感じたが、これ以上突っかかる事はせず、イラつきを抑え、帰るためにも、運ばれてきていたコーヒーを飲み干す。
穂高はコーヒーを飲み干し、携帯の通知を一瞬確認し、後数分したら帰ろうかと考えていると、今までずっとやかましかった唯が、珍しく黙っている事に気付いた。
唯の状況を穂高は気味悪がりながらも、呆然とした様子で、自分の来ている制服に、視線を落としている唯が気になり、恐る恐るといった様子で尋ね始める。
「――――な、なんだよッ……、急に静かに人の制服をジロジロと……」
「――え? あ、あぁ、何か懐かしいなって……制服。
穂高は、桜木高校だっけ?
ウチの地元からも近いし、ウチも桜木高校に進学してたら、
一年間は、同じ学校で穂高と過ごせたのかな~~って」
「なんだよ急に! 気味悪い!」
「きッ、気味悪いって言うなしッ!!
――たっ、ただ、何となくぅ~? に、2歳差だから、そんな事もありえたのかな~って、考えただけだから!!」
唯の変な話題に、穂高も何故か羞恥心を感じ、慌てた様子で言葉を返し、穂高に指摘された事で、唯は穂高以上にテンパっていた。
「――調子狂うから、変な事言い出すなよ……。
2歳しか歳違わないんだから、当たり前だろ…………」
「そ、そうだけどさぁ……。
何か、思いついてポロっと言っただけじゃんか~~……」
ひとしきり慌てた後、穂高はため息交じりに、いつもの調子を取り戻し、落ち着いた様子で呟き、穂高の言葉に、唯もようやく平常心を取り戻し、少し過去の自分の発言を、後悔するように答えた。
「まぁ、とりあえずだ……。
会計はまた俺が払っておくから、用事もある事だし、先に出るぞ~~?」
「え? ホントにもう行くの??
待ってよ~」
「待たない。 時間も無いから……。
ゆっくり、ケーキ食ってから店を出ろよ。
まだ、話したい事あんなら、Painに連絡しろ」
唯の言葉で、最後に変な空気にされたが、穂高は夜の配信の準備の為、本当に時間も無かった為、唯の引き留めも制し、言葉の通りお店を出ていった。
「――――穂高、いつも返信遅いじゃん……」
唯は強く止めようとも思ったが、本気で穂高に拒絶されるのも嫌だった為、強引な事はせず、お店を出ていく穂高に愚痴を吐くようにして、ボソりと呟いた。
そうして、唯は穂高に言われた通り、まだ残っている、自分のデザートが置いてあるテーブルに、視線を落とす。
(――穂高の奴、自分が頼んでたデザートはちゃっかり、いつの間にか完食してるし……。
スイーツ好きは今もなんだね……)
お互いの取り巻く環境も変わり、数年間、パタリと交流も無かったことで、唯は再び、同じように仲良く接していけるか、不安に感じた時期もあったが、ふとした瞬間に、変わらないものも目に映り、それがとても嬉しく思えた。
(やっぱ好きだなぁ~~、ウチ……。
穂高の事…………)
唯は、頬を染め、耳までも少し赤らめせながら、そんな事を思い浮かべ、昔からの思いを再確認した。
◇ ◇ ◇ ◇
「んん~~~~ッ!! 久しぶりの我が家ッ!!」
美絆は晴れて、病院から外泊届が受理され、数か月ぶりの家に着くなり、家の中の大量の空気を吸い込み、大きく伸びをしながら、声を上げていた。
「数か月ぶりだからな、なんだかんだで……。
――でも、ゆっくりはしてられないからな? 姉貴……」
「もう……、分かってるって……。
せっかくの帰省に水を差さないで!」
「帰省って言うのか? コレ…………」
穂高は大げさな美絆にため息を付きながら、リビングのソファへと腰を掛ける。
「――配信、久しぶりだろ?
リハビリがてらに、テキトーに何か配信するのか??」
穂高はソファにもたれ、テレビを付けながら美絆に尋ねた。
「う~~ん、まぁ、やっときたいけど……、ちょっと悩み中……」
「ん? なんで??」
「い、いやね? な、何か久々過ぎて、緊張するっていうか……。
もうちょっと、怖じ気付いてるというか……」
不思議そうに伺う穂高に、美絆はいつも堂々とした様子でなく、もじもじとしながら、穂高の質問に答えた。
「なら、尚更、事前にやっといた方が良いだろ?
慣らす意味も交えて……。
明後日だぞ? 本番……」
「――わ、わかってるよ~~。
ちょ、ちょっと、胃薬…………」
「――ま、マジかよ………………」
緊張といっても、穂高は少しだけ甘く考えており、そこまで大きな緊張でないと、そう思っていたが、緊張からか、腹痛を抑えるために、胃薬を取りに行こうとする美絆を見て、大きな不安を感じ始めた。
(デビュー当初みたいなのはやめてくれよ~?
ただでさえ、リムは中身が今二人いて、不安定な状況にあるんだから……。
もし、配信で変な事でもしたら…………)
穂高は美絆の様子からどんどんと嫌な妄想が生れ、最悪のケースを想像してしまい、思わずゾッと感じていた。
穂高は大きな不安も感じつつも、遂に、五期生一周年のイベントが、間近にまで、差し掛かっていた。
そして、まずは明日、五期生一周年記念、一発目の配信となる、モーリアとリムの配信が控えていた。




