姉の代わりにVTuber 92
◇ ◇ ◇ ◇
「――ふぅ~……、とりあえず、何事も無く終えられたかな……」
穂高は、美絆の病院から帰った後、チヨの炎上中という事もあり、以前から予定していた、リムの配信を細心の注意を働かせながらしていた。
配信を行う前から、覚悟はしていたものの、配信の内容とは関係の無い、今、一番『チューンコネクト』の中で話題になっている、チヨに関してのコメントが多く見られた。
しかし、配信内では、特に具体的な回答をリムからはすることは無く、触れはするものの一言、二言で終わらせ、穏便に配信を終える事が出来ていた。
いつも以上に気を回したことで、穂高は疲労を感じており、配信を終えるや否や、椅子にもたれかかり、しばらく無気力のまま、天井を呆然と見上げる。
(あまりにチヨの事を聞いてくるもんだから、リムの事を心配してるコメントまで流れてたな……。
――まぁ、しょうがないよなこれは……。
俺だってどうなってんのか詳しく知らないし、気になるし。
チヨのファンからしたら、居ても立っても居られない状況だろうし……)
呆然と今さっき終えた配信の事を考えつつ、穂高は自然と、ポツリと言葉が零れる。
「今日のリムの配信……、楽しんでくれたんだろうか…………」
いつも配信の事、そしてリムのリスナー、傀儡の事を一番に考えていた穂高は、自然とその言葉が零れていた。
当然、自分はリムでは無く、姉の、美絆の代わりに過ぎなかったが、ここまで濃密な期間を、リスナーと過ごしたことで、妙な感覚、繋がりのようなものを穂高は感じていた。
しかし、穂高はその感じた繋がりが、すぐに幻の様なものだと気付く。
(傀儡からリムへの繋がりはあったとしても、俺から傀儡への繋がりは無い。
偽物の俺が、変に酔って、まがい物を感じているだけ……。
――とゆうか、バレたら批判しか無いだろうし、恨まれはされど、感謝されるなんて事は絶対無いだろうしな)
「――正体を偽ってる俺が何を気にしてんだか…………」
穂高は笑い飛ばす様にそう呟き、そう呟いたと同時に虚無感のようなものと、寂しいような、悲しいようなそんな感情が穂高の中に渦巻いた。
「あほくさ…………」
穂高はこれ以上天井を見つめていると、更に余計な事も考えそうになり、すぐに椅子から立ち上がった。
「――さて、遅い晩飯でも作るか」
穂高は配信部屋から出ると、携帯を確認しながらキッチンへと向かう。
携帯を操作し、今一番に目を通したいジスコードを開いた。
(――――チヨからの返信は無しか……。
まぁ、同期のメッセージの返信を返してる場合じゃ無いだろうし。
姉貴からメッセージを送ったからジスコードの方でのフォローは、姉貴に任せていいだろ……。
――六期生のグループチャットは……、まぁ、当然ながらみんなチヨを心配してんな……。
チヨの炎上からの直近の配信がリムだったから、そっちの心配もしてらぁ……)
穂高はカップ麺の準備を進めながら、携帯を時折操作し、器用にジスコードの着信を確認していく。
(佐伯さんからは特になし……。
佐伯さんと姉貴と俺のグループチャットには返信あんな……)
穂高は返信の確認の為、チャットを開くと、そこには佐伯から、今回の炎上の件に付いて、詳しい内容が書かれていた。
穂高は、そのメッセージの頭の部分だけ読むと、じっくりと読みたい為、一度、携帯から視線を切り、カップ麺を作ることに集中し、物が出来上がると、席まで移動して、そこで再び内容に目を通し始めた。
佐伯 チヨの炎上の声は、どうやらお兄さんの声が入ってしまっていたみたい。
チヨのお兄さんとも連絡取れて、
事実確認も取れたから間違いはないと思う。
とりあえず、彼氏とかじゃなくてホッとしたわ……。
(まぁ、そんな事だろうとは思ったよ……。
俺もチヨを深くは知りはしないけど、俺が知る限りでは彼氏がいるようには見えなかったし……。
病院で、ちょろっと姉貴に聞いてみたりもしたけど、姉貴も否定してたしな)
彼氏だった場合、余計に事が大きくなりそうな気もしていた為、穂高はホッと安堵した。
(六期生の中じゃ、チヨが一番、ガチ恋リスナーが多いしな……。
こればっかりは、配信のスタイルが関係してくるから、致し方ない部分もあるけど……。
姉貴が愛想を振りまけない、身勝手タイプな人間でつくづく良かった)
リムのリスナーの中にも、勿論、ガチ恋リスナーと呼ばれる層はいたが、チヨほど多くは無く、割合的にはリムの配信を面白がって見る層が多かった。
(コメントでも偶に流れて来るけど、可愛いとか言われんのが一番困るんだよなぁ~~。
中身、俺だし……)
穂高は過去に何度か、一般のコメントでも、お金を払ってコメントをする、スーパーチャットでも、言われた事があり、その都度、戸惑い、申し訳ないとも感じていた。
(この事を姉貴に伝えても、私のモノマネなんだから、ありがたく受け取っときなさいとかわけわからん事言うし……)
佐伯のコメントから少し脱線した事を考えていると、ジスコードに新しい着信が流れる。
美絆 お兄さんって事で確定なんですね?
とりあえずは、良かった……。
穂高! ちょっと面白い事考えたから、明日、電話で話すね?
「――は? 面白い事……??」
新しく流れた美絆のコメントに、穂高は大きな悪寒と、嫌な予感を感じた。
◇ ◇ ◇ ◇
「――で? 結局、チヨの代わりにリムが久遠先輩のコラボに出るの??」
遅い晩飯を取った後、穂高はサクラからの招集を受け、リムとして六期生のジスコードに参加していた。
チヨの話をお互いに情報共有した後、サクラは間近に迫った五期生とのコラボの話題をリムに振った。
「一応、そうゆう風な対応を取ることになってる。
誰かがやらないと駄目だしね~~」
穂高はVCを繋げながら、他で違う作業をしながらサクラの質問に答えた。
「大丈夫? 大変そう……」
「あぁ~、大丈夫!大丈夫!!
モーリア先輩とのコラボは慣れてるし、久遠先輩ともコラボしたことあるから~~」
(――――まぁ、どっちもコラボしたのは姉貴で、俺はまだ無いんだけどな…………)
心配そうに尋ねてきたエルフィオに、リムは気を使わせないよう、明るく答え、リムとして返事を返しておきながらも、穂高は初めてのコラボ相手でもあった為、内心は不安しか無かった。
(姉貴の真似して、今までの流れを汲むだけだから、大丈夫だとは思うけど……。
先輩を立てる様に上手く立ち回れれば、問題ないだろ)
五期生のお祝いとして、凝った仕掛けは既に、アートとして作成していた為、後は当日、しっかりと担当しているライバーの配信を盛り上げる事が、穂高にとっての今後の最大の役目だった。
「もし、何か出来る事があれば言ってね??
何なら、久遠先輩とのコラボに参加するのも出来るから!」
「私も問題なし……。
飛び入り気味になるから、進行は任せるけど……」
サクラとエルフィオの申し出に、穂高はすぐには返事を返すことなく、少しだけ考え込んだ。
(――サクラとエルフィオにも、協力してもらった方が、姉貴も楽か??
人数増えれば、どうしたって盛り上がるしな……。
事前にどんな事を話すかとか、何をやるかとか、考えなくてもその場の流れで何とかなりそうだし……。
何より、配信のプロだからな、皆……)
穂高は、サクラ達の言葉に甘えた方が良いのではないかと、協力してもらう側に思考を持っていきそうになった。
しかし、サクラ達に返事を返す前に、穂高は病室での出来事を思い返した。
「――ううん。
ホントに大丈夫。 何とかやってみるから……。
無理そうになったら、その時にはちゃんと、改めてお願いするね??」
リムはサクラ達の申し出を断り、穂高はあのやる気に満ちていた美絆に、水を差すような事は出来ず、予防線だけは張って置き、美絆に協力を頼まれるまでは、余計な手出しをしない事を、心に決めた。




