姉の代わりにVTuber 91
「美絆……、貴方、配信に出るったって……、一体どうやって?」
美絆の思わぬ発言に、穂高と佐伯は、少しの間呆然としていたが、少し間を開け、先に我に返った佐伯が、呆れた様子で美絆に尋ねた。
「どうも何も、ここからじゃ配信は出来ないし、一旦、お家に帰るつもりだよ?
本当はここで使うつもりは無かったんだけど、実は結構前から先生にお願いしてたんだよね~~」
美絆はニヤニヤと笑みを零しながら、自分の近くに置いてあった、タンスの引き出しを開き、一枚の紙を穂高達に見せつける。
「じゃじゃ~~んッ!! 外泊届ッ!!
まぁ、期間は二泊三日しか取れなかったけど…………」
美絆がひけらかす様に穂高達に突き出した外泊届の用紙を、穂高と佐伯はまじまじと見つめた。
そして、今までまるで美絆の話に興味の無さそうだった佐伯は、黙り込み、難しい表情を浮かべながら考え込み始めた。
「こんなもん、いつから頼んでたんだよ……」
「入院した、翌日?とか」
穂高は少し怪訝そうな表情を浮かべながら美絆に尋ねると、美絆はケロっとした様子で飄々として答えた。
そんな美絆に穂高は項垂れながら大きなため息を付き、呆れて物も言うことが出来なかった。
そして、穂高と美絆がやり取りをしている隣で、難しそうな表情を浮かべていた佐伯が、ようやく口を開いた。
「美絆はたった三日で、久遠とのコラボの準備ができるの?
ハッキリいって、穂高君も、他の六期生に関しても、ほぼ毎日配信はすれど、
このコラボの準備だけは念入りに行っているわよ?
病院に居て、久遠との連絡のやり取りだって、上手くいくとは限らない……」
「――まぁ、現実的に考えれば代役立てた方が安心、安全だな」
美絆が入院した当初程の、強い否定では無かったが、佐伯にせよ穂高にせよ、美絆の今の一番の味方である二人の意見は、美絆の考えを否定した。
しかし、美絆は引くことなく、冷静に淡々として様子で話し始める。
「――穂高がさ? こないだ、自分にして欲しい事が無いかって、何かやりたい事とか、残したい事とかないのかって、私に聞いてきた事があったじゃない?
その事をあの後も何度も考えたりしたんだけど、やっぱり今の私に、穂高にリムで絶対にして欲しい事ってあんまり無いんだ……。
穂高のリムには満足してるし、今もこうしてリムが活動してくれている事が、何よりありがたいから……。
――ただ、今。
この六期生の危機的状況の今だけは。
私が、私自身で動きたい!」
リムの為では無く、六期生の為に動きたいという美絆の気持ちは、穂高達に強く伝わったが、素直にうなずけるほど、現実はそう甘くは無かった。
「――姉貴の気持ちは分かるけど、難しいんじゃないか?
今まで以上に姉貴も動く事になるだろうし、そうすれば、俺も成代わりとして、リムで動いてるわけだから、ボロが出そうだろ??
視聴者には勿論、演者側にもバレないようにやって来てるのに……」
「そうだね……。 穂高にはより迷惑を掛ける事になると思う……。
だけど、今まで通り、日中のジスコードのやり取りだけで、久遠先輩と準備を上手く進める。
リムのジスコードは穂高も私も入れるよう、共有してるから、もし夜、私が返信を返せない時は、穂高に返信してもらったりしてもらう事になるだろうけど、基本的にはそうならないよう、日中だけで話を固めるから……」
「――まぁ、別にそれくらいはいいけど…………」
美絆からの説得を受ける穂高だったが、それでも素直に頷けるほど、美絆の意見には賛同できず、美絆も、今、一番リムの為に協力してもらっている、穂高が相手だったため、強引に強硬しようとはせず、あくまで説得という手段で、納得してもらう為に誠意を持って話した。
「――多分、私が配信をしてきた中での一番の強みは、コラボ適正の良さにあると思うの……。
大して準備を行えない事で、コラボの企画を舐めてるわけでも無く、私だから……、私のリムだから出来ると思う!
今一番、私のわがままに付き合って貰ってる二人に、納得してもらわない限り、この策を取るつもりは無いよ……。
――ただ、少しでも……、もしかしたらと思える部分が私にあるのだとしたら、私を信じて、任せて欲しい!!」
入院をした時のような、半分自暴自棄になっている必死さは、今の美絆には無く、どこまでも冷静に、そして堂々と話す美絆に、穂高と佐伯は圧倒され、美絆の言葉通り、穂高達には「もしかしたら」という気持ちが、少しだけ心の中にあった。
「――はぁ~~……、分かった。
久遠とのコラボは美絆に任せる」
美絆の真剣な眼差しと、誠意の籠った説得が通じ、穂高よりも先に、佐伯がため息交じりに、美絆の説得に応じた。
「ありがとう! 佐伯さん!!」
仕方なくといった様子の佐伯だったが、そんな返答でも美絆は心から嬉しく思い、そして、まだ返事の貰えていない穂高へと、今度は視線を移す。
「わぁ~~ったよッ!! 佐伯さんが良いっていうのなら。
どのみち、俺にそこまで強い決定権は無いし……」
「ありがとッ、穂高……」
頭を掻きながら、佐伯と同じように渋々了承する穂高に、美絆は優しく微笑みながら、柔らかな声で、お礼を告げた。
「会社は私が何とか説得してみるから、コラボの方は美絆が何とかしなさい。
穂高君に協力を求めるのもほどほどにね? ただでさえ、穂高君は忙しいんだから」
「分かってる。
極力はここから準備を進めて、三日目にコラボ当日を迎えられるように、外泊届も用意するから」
佐伯と穂高は、一度は了承したものの、やはり不安は拭えず、美絆も初めての試みだったため、不安を感じてはいたものの、それを気にする程の猶予は無く、気持ちを奮い立たせ、決意に満ちた表情を浮かべていた。




