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姉の代わりにVTuber  作者: 下田 暗
第一章  成り代わりVTuber
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姉の代わりにVTuber 1

東橘ひがしたちばな総合病院。


この病院には、天ヶあまがせ 美絆みきが入院していた。


そして、その美絆の弟である、天ヶあまがせ 穂高ほだかは、今日も姉の見舞としてこの病院に訪れていた。


「だからッ! 無理だって言ってるでしょ!?

昨日、倒れたばっかりなのよ!?」


(また、言い合ってるのか……)


穂高は病院に着くなり、真っ直ぐに姉の病室へと足を運んでいた。


そして、姉の病室へと近づくと昨日聞いたような言葉が、病室から大きく漏れていた。


「まだデビューして、1ヶ月しか経ってないのッ!!

新人は特にスタートダッシュが大事だって、佐伯さえきさんも知ってるでしょ!?

同期もそうだし、それ以外の事務所、個人でだって毎日と言っていいほど新人が出てる……。

1日だって休んでる暇ないんだよ!!」


「そんな事、マネージャーしてる私にだって分かってるわよッ!

でも、体の事なの。

重い病気でもない! きちんと手術すれば治る!! 少しの期間、活動休止するだけの事じゃない!」


「――ッ!! 佐伯さんがそんなこと言うのッ!?

今まで、どれ程の時間と労力を掛けて準備して来たの知ってるでしょッ!?

ここで休む訳にはッ……」


「お〜〜い! 声ッ!!

すごい漏れてるから…………」


穂高は病院に入るなり、言い合いになっている姉の言葉を遮り、ヒートアップする2人を止めるように声を上げた。


「この部屋は個室だし、今の会話の内容なら問題ないとは思うけど、

身バレとかしたら、流石にヤバい立場なんだからな~~?」


「――そんな事……、分かってる…………」


(こりゃ、まだお互いに納得いってないな……)


穂高の言葉で少し冷静さを取り戻したのか、二人は一旦口論を止めたが、依然として表情は厳しく、美絆は悔しように呟く。


そして、穂高はそんな雰囲気に深々とため息を付くと、姉のベットへと近づき、ここに来た目的を、始めに果たす。


「はいッ、着替え。

一応持ってきたから……。 

何処にしまえばいいんだ?」


穂高は美絆と住む家から美絆の着替えを病院へと持ってきていた。


着替えの入った手提げ袋を、見せつけるように突き出した後、穂高は辺りをキョロキョロと見渡す。


「入院しないから……」


「美絆!」

「はぁ? 子供みたいな事言ってんだ……。

半年ちょいだろ? 今は我慢しろって……」


年齢的には成人を、既に迎えている姉が、まるで小学生が駄々をこねる様に、頑なに入院を拒み、そんな聞き分けの悪い美絆に、佐伯は再び声を上げ、穂高は呆れた様に言葉を返した。


「だって、アタシのやっと掴んだ夢なの…………。

デビューして、はい、満足……なんて、なるわけないでしょ……?

せっかくなれたの……、ここからなの……!!」


美絆は涙を流しはしなかったが、声は震えており、大きくはないものの声には力が籠っており、ちょっとやそっとじゃ納得しない事が、言葉からよく伝わった。


そして、生まれてからの長い付き合いである穂高は、こうなった姉が引かない事を知っていた。


しかし、今回ばかりは、引いてもらわなければならなかった。


「さっき佐伯さんも言ってたろ?

入院すれば治る。 でも、ここで無理をしたら確実に悪化だぞ?

お医者さんは特段、口に出しては無かったけど、放っておいたらどうなるか分からない。

それこそ最悪の場合だってこともある」


「そうよ!

美絆、今ここで活動は絶対にさせられなし、させない。

それは会社としてもよ?

仮にここで無理をして入院を拒んだとしても……。

他のメンバーには私から説明しておくから」


穂高と佐伯は持てる言葉すべてで、何とか美絆を説得し、現実的に今の状況で、復帰は難しいという事をただただ伝えた。


淡々とできない理由を突き付ける様に。


穂高と佐伯の言葉で、美絆は俯き、穂高達からはその表情が見えなくなり、少しの沈黙が流れた。


そして、美絆がこの話し合いの中で、終始握っていたベッドの布団がより強く握られ、更にしわを寄せたのが見え、次の瞬間、細々とした声で美絆の言葉が返ってきた。


「活動できないのであれば……、配信できないのであれば……死んでやる…………」


「はぁッ!?」

「何言ってるのッ!?」


細々とした姉の声だったが、穂高と佐伯にはその声がちゃんと届いており、今日一番の大きな声で、穂高達は声を上げた。


「バッカ! なにメンヘラみたいなこと言ってんだ!?」


「冗談じゃないから……、活動できないなら死ぬ」


「ふざけんなッ! 言ってる事めちゃくちゃだぞ!?」


姉の暴論に思わず穂高は声を荒げ、美絆の声色と覚悟の決まった顔つきから、美絆の言っている事が、冗談で無いと事をヒシヒシと伝わった。


倒れたばかりの姉は、やはり憔悴しきっている様子に見えたが、その決意を口にする姉の瞳は、燃える様に力強く、体は弱っているように見えているのに、姉のエネルギーを強く感じた。


だからこそ、余計に穂高の声は大きく、それを全力で否定し止める。


「ちょっとッ!? 天ケ瀬さん!!

声が廊下まで漏れてますッ!! 何してるんですかッ!?」


美絆の言葉でヒートアップしてしまった穂高の声に、病院の看護婦が部屋に入ってくるなり、強く穂高達を注意した。


「あ……、す、すみません」


「何考えてるんですか? 他にも患者さんがいるんですよ?

それに、美絆さんは病人です。

熱くなっては、体に障るでしょう」


「すみませんでした」


穂高は先程の佐伯と姉が、自分が入ってきた事で冷静になったように、落ち着きを取り戻し、注意に入ってくれた看護師に謝罪した。


穂高の態度を見て、看護師は一言「気を付けてくださいね」と釘を刺すと、部屋から出ていき、再び病室は三人になった。


穂高は一先ず、落ち着きを取り戻したが、問題はまるで解決しておらず、どうやって姉を納得させるかだけを考えた。


「――と、とりあえず、活動は駄目だ……。

強行するようなら、親父たちにも報告する」


「そうね……。どれだけ脅しても活動は無し……。

活動休止になったってあなたの居場所は無くならないわ。

同期や他のメンバーを信じなさい。 あの子達が仲間思いで優しい事は、貴方もよく知っているでしょ?」


穂高はそう言ってここ数年、海外へ、仕事の為赴任している父と、そんな父を心配し、一緒に海外へと旅立った母に、いかに説明するか考え始め、佐伯は、穂高の知らない姉の仲間の話題を、美絆へ振り始めた。


「いつでも復帰しやすいように環境は作ってくれる。

リスナーにだって忘れて貰わないように、定期的に貴方の話題だってしてくれるはずよ?

確かにまだデビューをしてから数週間……。

今までデビューさせた子達の経験を踏まえれば、スタートダッシュで躓くのは痛いかもしれない。

でも、だからって復帰した後も、ズルズルと失敗していく事にはならないはずよ?」


佐伯のその話し方は、大人が子供に言い聞かせるように、優しく、そして本に悟らせるような口調で話していた。


そして、その言葉は美絆に届いているのか、本当のところは、穂高には分からなかったが、何かを堪える様に、美絆が下唇をかみ絞めているように見えた。


「貴方はさっき、自分以外にもたくさんの新人が出ていると言ったけど、貴方は個人でやってるタレントではないでしょ?

何千、何万もの応募者の中からオーディションを受けてデビューした、ウチの事務所のタレントなの!

ちょっとばかりスタートがこけたからって、問題無い程に才能があるの」


「そのオーディションに受かったから怖いのッ!?」


佐伯の言葉を黙って聞き入れていた美絆は、自身の本音をぶちまける様に、声を吐いた。


姉の言葉に穂高も、佐伯も驚き、美絆はそのまま淡々と自分の胸の内を話し始めた。


「応募数も多くて競争率の高いギリギリのところを抜けて来たの……。

先輩はもちろん、他の同期も私なんかよりも全然魅力的で、少しでも気を抜けば置いてかれるって思った……。

たとえ、本人たちにその気が無くとも歴然と差は開く……。

私のいなかった間の期間で様々な事が起きる……、その時、私の存在は無いし、復帰した後も、その間の出来事の話題に、私は入っていけない……。

どうしても、デビューしたばかりで、右も左も分からない期間の苦しい時間での絆が、関りが欲しいの!!」


美絆の言葉に佐伯は何も言い返す事は無く、ただ黙って美絆の言葉を聞いていたが、表情は険しいまま、完治前の美絆の復帰は、頑なにさせないような強い決意を感じた。


穂高は佐伯の表情と姉の態度から、このままでは平行線を辿るだけだと、率直に感じた、そして、それと同時に不謹慎にも思ったが、目の前で腹を割って話す二人を見て、ただただ感心していた。


もちろん、オーディションの時も、受かってデビューが決まり準備していた時も、姉の頑張りようは知っていたが、姉のマネージャーである佐伯も、ここまでの強い覚悟と思いを持っている事を知らず、この病室に来るまで、簡単に休止になると思っていた自分を情けなくも思った。


(すごいな、この人たち……)


穂高がそんな事を不意に考えているそんな時だった。


穂高ほだか……、アンタがあたしの代わりにVチューバーになりなさい……」


「――は?」


穂高は急な姉の提案に、間抜けな声を出す事しか出来なかった。



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