姉の代わりにVTuber 210
◇ ◇ ◇ ◇
空港、乗車口付近。
穂高、美絆と別れた静香は、飛行機に乗る前に、ある人に電話を掛けていた、
「――あ、ようやく出た。
今から、飛行機居に乗るわ。
そっちに着くのは、13時間後になりそうよ」
静香の声色は明るく、電話口で通話相手にそう話しかける。
「えぇ? もう帰ってくるの??
もう少しゆっくりしたらいいのに……、穂高や美絆とだって久しぶりだろ?」
「ん~~? まぁ、久しぶりだけど……。
アナタを一人に出来ないでしょ??」
静香が電話をする相手は、穂高と美絆の父親であり、静香の亭主、彰浩であった。
「いやいや、僕は一人で大丈夫だよ?
何とか一人で生活も出来てるしッ!」
彰浩のそういった物言いが気に入らなかったのか、声色の明るかった静香は、一気に不機嫌になる。
「なに? 浮気??
私が返ってくると、困る事でもあるの?」
「え、えぇ~…………。
そんな事ないって……」
静香の冗談には受け取れない、圧を感じる物言いに、彰浩は慣れているのか、変に取り乱すことは無く、少し静香に引き気味な反応を見せ、答えた。
「なら、良いじゃないッ!
夫婦水入らずッ 二人で暮らすのも」
「――僕は、ちょっと情けないよ……、父親としては…………。
仕事で殆ど家に帰れず、穂高が高校生に上がってからは、まるで日本に帰れてないし」
テンションが上がる静香に対して、彰浩は、穂高達に罪悪感を感じており、仕事とはいえ、まるで家族との交流を、持てていない事を悔やんでいた。
「――まぁまぁ、貴方が家にいないなんて、今に始まった事じゃ、無いじゃない?
昔からだし、穂高も静香も、もう慣れきった事よ??
私が言える事じゃないけど……」
沈む彰浩に、静香はフォローを入れるも、静香もここ数年は、彰浩と同じ境遇である為、静香の言葉はまるで彰浩に届かなかった。
「あッ! そういえば、アナタに話したい事があったのよ!
――穂高ねぇ~~、来年はそっちに来てくれるって」
「え? 穂高が??」
静香も我が子に負い目を感じつつあった為、話題を別のものに逸らし、本来話したかった話題を彰浩に切り出した。
静香の話を意外そうに聞く、彰浩に対し、静香は続けて話し始める。
「私と同じような事をしたいって!
――いや~~、穂高は向いてるって私、思ってたのよねぇ~~。
やっぱり、親子だから似るのかしら!?」
電話越しに話す静香は、楽し気で、明るい声で彰浩に話しかけていたが、彰浩は静香に対して違和感を感じる。
「嬉しくない?」
「――え…………?」
彰浩の端的に答えた言葉に、静香は一瞬で思考が固まる。
そして、そんな静香に対して、彰浩は続けて言葉を掛ける。
「無理に話してるの、分かるよ? 流石に……。
なんで、嬉しくなさそうなの? 昔からずっと穂高は、自分と同じ道が向いてるって言ってたよね??
穂高に対して、執拗にその進路を勧めてたし」
彰浩の指摘に、静香は言い逃れできず、今までの明るい様子が嘘のように、観念したように話し出す。
「――はぁ~~……、穂高を見てると昔の自分を思い出してね?
穂高はどうか分からないけど、私は、今の裏方のような立ち位置じゃなく、表舞台に上がれるような、周りから沢山の称賛を受けるような、そんな存在になりたかった。
贅沢を言えば、アナタと同じ、絵の世界で生きていたかった……。
今は後悔していないけど、当時は死ぬ程、嫌な選択だったし、穂高ももし、同じ事を感じているのだとしたら……、そんな風に思えてね」
静香の言葉に、彰浩は何も言わず、黙って話を聞き、静香は彰浩の反応を待たず、続けて話す。
「夢破れて、長く今の業界にいるけど、今ほど自分の能力に嫌気が差した事は無いわね。
いやね~~、職業病って……。
息子の能力の良し悪し、才能の有無が分かった時、生きてて一番自己嫌悪を感じたわ」
静香は全てを彰浩に吐き出し、静香の言葉を受け止めた彰浩は、ゆっくりと口を開く。
「――そうか…………。
僕に、君のその気持ちは分からない。
――けど、君に見出された人達は、感謝してるよ?
一度きりの人生、誰だって遠回りはしたくない。
失敗したくないし、自分にとっての最良の道を歩きたい。
君はそんな人達の助けをしていると、僕は思うよ。
穂高もその道の良さに気付いた。
それは、自分の向き不向きで判断したのではなく、惹かれたから選んだ道なんだと、僕は思うよ!」
「そうだと、いいわね…………」
彰浩の言葉は、少しだけ静香に響いたが、まだまだそこまで前向きに捉える事が出来ず、声に覇気は無かった。
「大丈夫! きっとそうだよ!
――穂高は僕らの息子だよ? 君も、僕も、自分で納得できなきゃ気が済まないタチでしょ?
何より穂高は、僕なんかより、しっかりしてるし、心配いらないよ!
――美絆は、偶にまだちょっと子供っぽい所があるけど」
静香の取り繕った声色でなく、心の底から本気でそう思っている、自信に溢れる、そんな明るい彰浩の声色に、静香は段々と、穂高の出した結論に対して、前向きに捉え始めた。
静香は、憑き物が取れたかのように、身軽になり、彰浩と他愛もない会話を交わす。
「――静香。
こっちに来たら、久しぶりに絵を描いてよ」
「嫌よ。
超一流の画家に、見て貰えるような代物じゃないんだから」
「えぇ~~、僕は好きなんだけどなぁ~~」
◇ ◇ ◇ ◇
「穂高、さっきのはどうゆう事?」
静香と別れた穂高は、姉である美絆に詰め寄られていた。
「どうゆう事も何も、俺の本心を伝えただけ……」
「お姉ちゃん、納得いかないんだけど?」
美絆の表情は険しく、穂高は、何となくこうなる事を、予期していた節があった。
「納得って……、別に姉貴に関わる事じゃ無いんだから、姉貴の了承はいらないだろ?」
「了承はいらないけど、姉弟なんだから、弟が間違った道に進もうとしてるのを、止めない理由は無いでしょ!?」
「――間違ってるって…………」
穂高なりに考えて、答えを出した自分の将来だったが、美絆の納得は得られる事は無く、強気な態度の美絆に穂高は、たじろぐように呟いた。
そして、そんな穂高に対して、続けて美絆が話し始める。
「穂高言ったよね?
お母さんの言いなり、思い通りにはならないって……。
さっきの穂高の答えは、まんまその通りなんじゃないのッ!?」
「別に言いなりになってるつもりないって……。
てか、なんでそんなに、そこに突っかかるんだよ」
「そんなの、気に入らないからに決まってるでしょッ!?」
美絆のそんな問答から、穂高は溜息を付き、この場で美絆に納得してもらえないと察した。
「ッ! ちょ、ちょっと、どこ行くのよ!」
「母さんの見送りは終わったし、帰るんだよ」
「なッ! ちょ、待ちなさい! 話は終わってないわよ! 穂高ッ」
美絆との和解を諦めた穂高は、美絆を置いて歩み出し、そんな穂高に対し、美絆は文句を言いながら、穂高の後を追った。
次回 十四章『代役の終わりと門出』




