姉の代わりにVTuber 207
「おぉ~~ッ! 春奈ちゃんの学校は、屋上解放されてるんだねぇ~~」
唯に、話があると言われた春奈は、現状、人がそこまで多くない、あるいはいたとしても、そこまで周りに配慮がいらない場所へ、唯を連れて来ていた。
唯は屋上に着くなり、屋上からの景色を眺め始め、心地よく流れる風を感じていた。
「学校の屋上っていいよねぇ~~、青春ッて感じしてさ?」
「そうですね。
私も、お気に入りの場所です!」
唯は楽し気に、春奈に話しかけながら、屋上から見える、文化祭の生徒達を見下ろす。
唯は黙り込んだまま、その場の雰囲気を、数分感じていたが、大きく一呼吸置くと、春奈に話を再び、振り出した。
「――私さ? こんななりだから、高校では結構浮いちゃっててさ……?
こうゆう『the 青春』みたいのって、あんまり通って来なかったんだぁ~」
唯は昔を思い返す様に話し始め、唯の話す真面目な雰囲気を、春奈は自然と感じ取った。
「学校に居場所無くて、不登校気味になってさ?
何にもやる気起きないのに、暇だけはあって……、その時、偶々動画配信って物に触れたんだ」
「そ、そうだったんですね……」
春奈は、少し同情気味に、暗く相槌を返した。
「あ~~ッ、暗くならないで暗くッ!
――まぁ、当時はキツかった事もあったけど、今は、これで良かったのかもって思えてるし!
いろんな人に会えてるしね?」
春奈の声色で、気を使われている事を悟り、すぐに取り繕うように弁明した。
「へへへ、私、気が強いしね? 疎外感だけでヘコたれないよッ!
メンタル強くなきゃ、こんな格好で大学通ったり、自分でも配信してみようなんて思わないしね!!」
「そ、そうですね。
確かに、強そうです唯さん」
唯の言葉を、素直に受け取った春奈を見て、唯は、にこやかに笑みを浮かべたまま、少し脱線した会話を元に戻す。
「――でまぁ、そんな偶然もあり、私は配信者として、今活動してるんだけど……。
今一番、いや、少し前から絶対に、手放したくないものがあるんだ。
春奈ちゃんに話っていうのは、その事の話…………」
「は、はぁ……、唯さんが手放したくないものですか……」
唯の抽象的な話し方に、春奈はまだまだ会話の全貌が見えず、唯の手放したくないものについて、簡単に想像しつつ、言葉を返した。
唯は、そんな会話の内容に、ピンと来ていない様子の春奈を見て、本題に入る前に、春奈に対して質問を投げかける。
「――まぁ、その話は一旦置いといて、春奈ちゃん。
最近、リムの配信を見てる??」
「え? リムちゃ……、先輩ですか??
見てます、元々ファンでしたし……」
春奈は唯の質問に素直に答え、唯はその返事を聞いた途端、柔らかな雰囲気は薄まり、真剣な表情で春奈に向き直った。
「――――そっか、見てるのか……。
じゃあ、単刀直入に聞くけど、最近のリムの配信……、アレは何??
どうして、リムが……、彼が新人である、春奈ちゃんの話題を多く出してるのッ!?
本来、当初の計画であれば、もうすでに任は終えてるのに……、わざわざ契約を延長してまでッ」
「――え…………?」
唯の真剣な訴えに、春奈は困惑した表情を浮かべ、唯の発言の一部に違和感を感じるも、今はそれを尋ねる事よりも、唯の質問に答える事に、尽力する。
「わ、私の話題? た、確かにリム先輩、最近は次に新人で出る子の話題を、多く出してるけど。
――そ、それは、私と美絆さんが最近知り合ったからで、有難いことに、美絆さんに話題出して貰ってるだけじゃ……?」
春奈は困惑しながらも、自分が思う答えを唯に訴えるが、唯に春奈の言葉は届かなかった。
「いいよ、そんな嘘。
私も全部知ってるし……。
――穂高は優しいから」
「う、嘘じゃないよッ!? 私が思う、リム先輩の行動原理はそれだし……。
それに、穂高君? なんか、唯ちゃん勘違いしてない??」
唯の少し怒りを含んだ物言いに、春奈は必死に答え、唯との認識の違いを指摘した。
春奈の必死の訴えに、唯はようやく、会話の違和感を感じた。
「――え? もしかして……、知らない…………??」
唯は目を大きく開き、瞳を点にさせ、驚愕の表情を浮かべた。
「し、知らないって何を?」
「え? あ、いや……、その…………」
今まで、どちらかと言えば、言葉に勢いのあった唯は、自分の失敗に気付くと、途端に失速し、誤魔化す様にしながらも、言葉が上手く出てこなかった。
しかし、ここまで色々言ってしまった以上、唯に誤魔化す術は無く、そして、この話題をしなければ、唯が本来したかった話も、する事が出来なかった為に、唯は観念して、話し始める。
「ほ、本当は、私の口から言う事なんかじゃないけれど……。
――はぁ~~~、春奈ちゃん……、リムは穂高だよ?」
「――え?」
唯は心底ばつが悪そうに春奈にそう伝え、突拍子もない話題に、春奈の思考が追い付くことは無く、春奈は驚きの表情を浮かべたまま、思わず声を零した。
◇ ◇ ◇ ◇
同刻。
3-Bの劇を終えた穂高は、美絆と翼を連れ、文化祭を引き続き回っていた。
美絆がベビーカステラを買う事になり、穂高は必然的に翼と二人きりになり、人混みの多い所を外れ、翼と二人で美絆の帰りを待っていた。
「――そういえば、穂高さん。
リムの活動を延期したみたいですね??」
穂高と世間話をしていた翼は、思い出したかのように、穂高にそう尋ね、穂高は申し訳なさそうに、翼の質問に答える。
「す、すいません。
今回の延期は、完全に俺の我儘です。
姉貴と一緒にリムを作った先生には、ホントに申し訳ないと思ってます」
「ふんッ、別にいいですよ? 今更……。
私達のリムは、もう既に汚されてしまいましたし」
「ウ゛ッ……、そ、それについては、申し開きもございません」
増々、虫の居所が悪くなった穂高は、渋い表情を浮かべながら、そう答え、穂高のそんな反応を見て、翼は満足気な表情を浮かべる。
「――ふふッ、冗談ですよッ。
もう気にしていません、結果的に私と美絆さんの関係は、もっと深まったわけですし。
それにあなたとは、『共犯者』ですし……」
「『共犯者』……、そ、そういえば、そんな話もしましたね」
期間で言えば、そこまで昔の事では無かったが、激動の時間を過ごしてきた穂高にとって、翼としたその話題は懐かしく思えた。
「延長した期間が終われば、今度こそ、本格的に美絆さんにリムを戻すのでしょう?」
「そのつもりです」
翼の言葉に穂高はきっぱりと答え、穂高のそんな言葉に、翼は、ぼそりと「そうですか……」と呟くように相槌を打った。
そして、翼は何かを思い立ったかの様に、穂高に続けて言葉を投げかける。
「長い間、お疲れ様でした。
――私達のリムを、守ってくれてありがとうございます」
「えッ!? い、いや、そんなッ……!?」
翼の言葉に、穂高は驚いて謙遜するが、翼は続けて穂高に話しかける。
「貴方のリムの配信。
この世で知ってる人は、ごくわずかですけれど、私は好きでしたよ? とても……」
翼は、今まで見せたことが無い程、柔らかな笑顔を見せ、穂高にそう伝えた。
「――そ、そうですか…………。
は、ははッ……、な、なんか今になって、リムを辞めるって事に、実感を感じ始めました」
「まだ早いですよ!
貴方が延長した期間があるんだからッ」
今まで、リムの配信を行ってきた穂高にとって、リムへの称賛の言葉は、動画内にて、沢山の視聴者に、コメントとして送られてきた、言葉であったが、翼の放ったソレは、穂高にとって何よりも重要な物であり、翼の言葉で何か、大きな憑き物が取れたような、そんな感覚を穂高は感じた。




