姉の代わりにVTuber 206
◇ ◇ ◇ ◇
「――以上……、3-B組による『ロミオとジュリエット』の演劇でした……。
続きましては、軽音部による発表となります」
3-Bの演劇が終わり、会場からの拍手が鳴りやむと、司会進行のアナウンスが体育館に流れた。
演者として出演していない穂高は、他の観客と同じように、舞台を見ており、穂高の隣には、3-Bの劇の発表に間に合った、静香の姿があった。
「――どう? 悪くなかったでしょ??」
真剣な表情で、未だに舞台を見つめていた静香に、穂高は演劇の感想を尋ねた。
「そうね……、穂高の言うように、見る価値があった劇だわ」
静香の答えるそれは、一般の客が単に感想を述べるものとは少し違い、感想を話す静香の様子は、どちらかと言えば、娯楽に対する良し悪しの感想ではなく、3-Bの劇を仕事として、商業として見ている雰囲気があった。
「演者の生徒は舞台袖??
――紹介してくれる?」
「いいよ。
母さんなら、そう言いそうだとも思ってたし……」
穂高は静香にそう答えると、静香を連れ、舞台袖へ案内し、一緒に劇を見ていた美絆や唯達も、穂高の後を追った。
舞台の成功を喜ぶ、3-B生徒の集団を見つけた穂高は、大貫の姿を探した。
舞台の主役を務めたという事もあり、大貫は一番に、舞台の成功を喜んでおり、大貫の周りに沢山の生徒が集まっていた事から、穂高はすぐに大貫を見つける事が出来た。
大貫の姿を見つけた穂高は、大貫に寄っていくと、偶然にも大貫と視線があった。
「――おッ! 天ケ瀬ッ!!」
大貫は穂高を見つけるなり、手を上げ、穂高の名前を呼び、穂高はそんな大貫を見て、驚いた表情を浮かべた。
集団の中心である大貫が、穂高に声を掛けた事で、3-Bの生徒達は一斉に、穂高へと視線を向け、大貫は、穂高に話したい事があったのか、大貫の方から穂高に駆け寄ってきた。
「どうだッ! 凄かっただろ!? 俺の演技は!!」
穂高に駆け寄るなり、大貫は穂高に自慢するように、堂々とそう告げ、大貫のそんな姿を見て、穂高は自然と笑みが零れた。
「凄かったよ……、格段に上手くなってた」
「そうだろそうだろッ! なッ!? 俺が主役で良かったろ??
天ケ瀬よりも上手く、演じられた自信があるぜッ!」
「ふんッ……! 言ってろ……」
舞台を成功させた大貫に、穂高は文句の付けようがなく、大貫は穂高に言われた事を、気にしていたのか、過去の会話を持ち出し、穂高を煽った。
「――ま、まぁ? お、お前が練習に付き合ってくれたおかげも? 無きにしも非ずって感じだけどな……。
―――――感謝してるよ」
「当たり前だ、俺が付き合わなきゃ、お前の演技はダメダメだったしな」
「なッ!? い、言ったなぁ~~! お前ッ!!」
大貫と穂高は、楽し気にそんなやり取りを交わし、大貫と穂高の会話を聞いていた3-Bの生徒は、困惑した表情を浮かべてた。
「あ、天ケ瀬が大貫の練習に付き合った……?」
「全体練習嫌がってたよね?? 天ケ瀬君」
「大貫が病気から復帰したのに、遜色ない出来だったのって……、もしかして…………」
文化祭においては、問題も起こした事もあり、穂高の印象は、クラスからあまり良く思われていなかったが、大貫とのやり取りを踏まえ、そんな疑問を持つ生徒がちらほらと現れた。
生徒たちのそんな声を聞き、その場にいたもう一人の主役である春奈は、何故か嬉しい気持ちになり、同じくクラスメートである為、集団にいた愛葉 聖奈は、3-Bの生徒達の身勝手さが不満なのか、不貞腐れた表情を浮かべた。
「――穂高、ちょっといいかしら?」
大貫と穂高のやり取りに、静香は物言いたげな様子で、会話に入り、大貫を真剣な表情で見つめた。
「あなた……、えっと、大貫君??
私は、穂高の母です」
「天ケ瀬の??
――あ、こんちわっす……」
穂高の親が話しかけてきた事で、大貫は少し困惑した様子を見せ、穂高に心配そうな視線を飛ばすが、穂高が口を挟む事はしなかった。
「貴方、演劇に興味がある?
――その、将来性も含めて」
「え? え?
あ、まぁ、ちょっと興味はあるかもしれないです。
でも、演劇をやったのは今回が初めてで、楽しいって思ったのもここ最近の話ですよ?
――将来的にって言われると、ちょっと分からないです」
静香の質問に、大貫は最初、戸惑いつつも、素直に自分の気持ちを答えた。
「成程ね……。
うん、今はそれでいいわ」
大貫の答えに静香は、納得するような様子を見せた後、鞄から一つの紙を大貫に差し出した。
「――名刺??」
静香から渡された紙を、大貫は素直に受け取ると、その紙凝視した。
「貴方の未来の一つの可能性として、それを持っていて?
――もし、演劇に興味があるのなら連絡して欲しい。
私自身、専門外の部分ではあるのだけど、顔は広いの。
その筋の業界とも付き合いがあるわ」
静香は完全に、大貫をスカウトする気であり、大貫は急な展開に、まだ思考が追い付いていないといった様子だった。
戸惑う大貫を見て、静香は続けて大貫に言葉を掛ける。
「そんな構えなくてもいいわよ?
――演劇を自分の将来として、少しでも考えたいというのなら、どこか、プロの劇団のチケットを取ってきてもいい。
まずは、色々見て、それから考えて欲しい」
「あ、ありがとうございます……。
――でも、どうして俺にそんな…………」
至れり尽くせりな状況に、大貫は困った表情のまま、静香に尋ね、静香は優しく微笑みながら、大貫の質問に答える。
「貴方の演技を見て、惹かれるものがあったから。
――他にも要因はあるけれど、一番の理由はそれよ?」
静香は大貫の質問に答える途中、穂高の方へと視線を振ったが、最後は自分の本気を信じてもらう為、大貫を真っすぐに捉え、そう言い放った。
大貫と静香のやり取りは注目を集め、3-Bの生徒達は、一部ザワザワと沸き立った。
春奈は大貫と静香、そして穂高を心配そうに見つめ、聖奈は他の3-Bの生徒と同じように、驚いた表情、困惑した表情を浮かべていた。
「本当に難しく考えないで?
業界人が、気まぐれに名刺を渡してきた、そんな程度に受け取って貰って、構わないから。
――それじゃあ、穂高、私は行くわね? 騒がしてごめんね??」
「ホントだよ、もっと穏便にやってよ…………」
妙な注目を浴びてしまっている事に、穂高は呆れた様子で答え、穂高のそんな表情を見て、静香は楽しそうに笑みを浮かべた。
「――お、おいッ! どうゆう事だよ! 大貫! 天ケ瀬!!」
「大貫、スカウトじゃないッ!? 凄いじゃん!!」
「あ、天ケ瀬の母親って何者ッ?」
静香が去ると、大貫と穂高は一気にクラスメートに囲われ、質問攻めを受けた。
今度は大貫と穂高を中心に、大きくなっていく集団を、春奈は少し離れた位置から見つめていたが、自分もその輪に入ろうと、歩み寄った。
「は~る~なちゃんッ!!」
クラスメートの輪に入ろうとする春奈だったが、急に呼び止められ、春奈は歩みを止め、声の主へと視線を向けた。
視線を向けた先には、唯の姿があり、唯は笑みを浮かべながら、春奈に声をかけて来ていた。
「ごめんね? 春奈ちゃん。
ちょっと、二人で話せたりしないかな?」
「え? 二人でですか??
だ、大丈夫ですよ」
唯の提案は、意外であったが、春奈は断る理由もなく、唯の言葉に従った。
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