姉の代わりにVTuber 202
『桜祭ベストペアSHOW』に参加を決めた、穂高と春奈は、当日参加のイレギュラーだったが、参加人数が増える事を望んでいた生徒会は、あっさりと二人の出場を認めた。
穂高と春奈のペアを含め、計10組の参加となり、出場が決まるなり、穂高は、自分の女装を担当するスタイリストへと案内された。
「――俺が君を担当する、立花 葵だ。
よろしく……」
穂高が案内されたスタイリストは、少し暗い印象がある、どちらかといえば、取っ付きにくいような雰囲気を持つ、男性スタイリストだった。
「天ケ瀬 穂高です、よろしくお願いします」
穂高は、葵に対して挨拶を返し、葵へと視線を戻すと、葵が身に着ける、一つのアクセサリーが目に入った。
(指輪……。既婚者か。
見た目若そうだけど、30代は行って無さそう……)
何気なく振った視線には、葵の左手の薬指にはめた指輪は見え、穂高はそれを見て、葵が既婚者だと判断した。
「――――どんな感じが良いとか、そんなの無いよな??」
挨拶を終え、穂高は促されるように、席に着くと、穂高の背面に立った葵が、そんな言葉を穂高に投げかけた。
「無いです。
正直、なにしても、悲惨な結果にしかならなそうなんで……」
「そうか? 俺は、君、女装似合うと思うけど」
「流石にお世辞ですよね?
絶対似合わない思いますけど……」
穂高と葵の意見は相違し、特に希望の無い穂高は、葵にされるがまま、コーディネートされていく。
初めての体験である穂高は、自分の目の前にある鏡を凝視し、葵の行動の一部一部に興味を示し、葵も最初は、作業に集中している節があったが、余裕があるのか、穂高に世間話を持ち掛ける。
「女装に興味無さそうなのに、なんで参加なんてしたんだ?
一緒に参加してる、相方である彼女の頼み??」
「あぁ、いや、彼女じゃないですし、一緒に参加を決めた春奈の頼みでもないです」
葵の勘違いを穂高は否定しながら、参加を決めた経緯を、その後簡単に、葵に説明した。
「なるほどねぇ~~、イベントの参加賞目当てか」
「すいませんね、本業の人を前に、女装に興味が無いだとか……」
「別に……、気にするな。
むしろ、興味ない人を業界の魅力に引き込むのが、俺らの仕事だし」
穂高の謝罪に、葵は気にしていない様子で答え、そして、続けて穂高に質問を投げかける。
「――さっき、一緒に参加してる女の子は、彼女じゃないって言ってたけど、好きでもないのか??
あんな美人な子、そうそういないし、もし狙ってるのなら、早めにアタックした方がいいぞ?」
「いや、俺が好きかどうか以前に、春奈と俺じゃ釣り合わないですよ?
立花さんの言う通り、春奈は、そうそういない程の美人だし。
対して俺は、パンピーですよ??
仮にアイドルだとするなら、俺はライブに来てる、認知はされてない一般客です」
「饒舌に否定するなぁ~~。
そんなに釣り合わないとも、見えないけど……」
「釣り合わないですよ。
おこがましいです」
春奈の一ファンとして、自身を自覚し始めた穂高は、春奈と自分の価値を同列はおろか、恋愛感情を抜きにして、想像でも恋人同士になれるとは、思えなかった。
「ふ~~ん、そこまで言うか…………。
――それじゃあ、その相方の女性の友達として、どんな男であれば、隣に立てるんだ??」
何気ない様子で尋ねる葵に、穂高は考えたことも無い質問であった為、一瞬、驚いた表情を見せた後、唸るようにして考えた。
そして、しばらく唸るように考えた後、ハッとした表情を浮かべ、葵の質問に答える。
「い、いやッ! そんなの俺が考える事じゃないですよ!?
――春奈が好きだと思った相手と付き合えば…………」
たじろぎながら答える穂高であったが、そんな穂高の言葉を、葵がぴしゃりと遮る。
「それじゃあ、もし、彼女の好きな人が君であれば、恋人として成立するって事だ。
君が最初に言っていた、釣り合う釣り合わないの話は、変わってくるわけで……」
「い、いや……それは…………」
葵の言葉に、穂高は上手く言い返す事が出来ず、葵に言い包められるようになってしまった。
言葉を濁す穂高に、葵は、悪いことをしたなと内心思い、付け加えるように話始める。
「――ごめんごめん、冗談だよ、冗談。
イジメるような形になって、悪かったな」
「人が悪いですね……」
「フフッ……、よく言われる」
怪訝そうに見つめる穂高に対し、葵はにこやかに笑みを浮かべながら答えた。
「最近の若い子の、恋愛に対しての考え方を知りたくてさ?
――娘がいるんだ、まだ幼稚園にも行ってない年齢だけど……」
葵は、自分の娘を想像しながらか、穂高に話を続ける。
「随分と気の早い話ではあるけど、いつかは娘にも、そういった恋愛関連の事象は起こるわけで……。
今日は、仕事でもあるんだけど、やたらと高校生と接する事が多くて、
ふと娘がこのくらいの年齢になった時に、どんな事を考えるのかなって、そんな事が気になってね??」
「流石に気が早いっすね……」
「許してくれ……、高校生とこんなに話す事、滅多に無いからさ?
変にあてられたんだよ、雰囲気に……」
歯に衣着せぬ物言いの穂高に、葵は気まずそうにそう呟き、二人がそんな話をしていると、あっという間に、穂高の女装は、ほぼ完成した。
いつの間にか、完成していた女装に、鏡越しで穂高は感心し、そんな穂高に対して、葵は声をかける。
「どうよ? 悪くないでしょ?
偶にはこういう、まるっきり違う自分も……」
「悪くないかどうかは分からないですけど、凄い変な気持ちです。
凄いですね……、プロって…………」
関心する穂高に、葵は「はい、これで完成」と短く伝え、言葉と同時に穂高に小物である、度が入っていない黒メガネを掛けさせた。
葵の「完成」という言葉聞き、穂高は小さくお礼を伝え、席を立ちあがる.
葵は、他にも対応しなければいけない生徒がある為、穂高から離れて行き、穂高はそんな葵の背を見送った。
「それじゃあ、もし、彼女の好きな人が君であれば、恋人として成立するって事だ。
君が最初に言っていた、釣り合う釣り合わないの話は、変わってくるわけで……」
葵の背をしばらく見つめていた穂高は、葵の言葉が脳裏に過った。
「――まぁ、春奈が俺を好きになる可能性が無いよな」
穂高は葵の言葉が脳裏に過るものの、簡単にそう結論付け、それ以上、葵の言葉について、考えるのを止めた。




