姉の代わりにVTuber 150
(アイツ……、何であそこに居たんだ??)
疑問を持ったまま、浜崎 唯と別れた穂高は、便意を感じたため、『チューンコネクトプロダクション』のトイレを利用していた。
唯と出くわした事もあり、この場に長居するのは良くないと思いつつも、生理現象には勝てなかった。
穂高は便座に座りつつも、考える事は唯の事ばかりで、色々な憶測が巡っていた。
(そういえば、佐伯さんとも一緒にいる所を見かけたし、何か繋がりでもあんのか?
88(ハチハチ)は有名実況者だから、コラボとか無くはないんだろうけど……、今まで配信では見た事も、聞いた事も無いし……。
今後予定してるのかって言っても、ハチ自体、引退をするって言ってたしな)
唯がここにいる理由は、簡単には思い浮かばず、考えるうちに、穂高は、根拠はないが違う推測が思い浮かんだ。
(88としてここに来たわけじゃ無いのか……?
出会った場所も妙だしな……。
まさか、面接……に来たんじゃないよな……?)
二次面接の会場で出会った事もあり、可能性は低くなかった。
(でも、アイツ配信を辞めたがってるような節もあったし、88を引退して、『チューンコネクト』に来るなんてことあり得るんだろうか。
今まで積み上げてきた活動を辞めてまで??)
穂高はいくら考えても、どうしても真実にはたどり着かなかった。
そもそも、唯がどうして88を引退するのか、その理由が分からない穂高には、真実など知りようも無かった。
「昔の戦友で、知り合った仲だと思ったけど……、今の俺は、ハチの事何も知らないんだな」
誰もいないトイレでポツリと呟き、考え事をしている間に、用を済ませていた穂高は、個室から出ようと、扉に手を掛けたところで、『チューンコネクトプロダクション』の社員達がトイレに入ってきた。
話声と足音を聞き、穂高はすぐさま個室から出るのを諦め、社員がトイレから出るのを待つ。
「いや~~、今日の仕事はホント進まんなぁ~~」
「しょうがないっすよ。
面接に結構駆り出されちゃってますし、企業案件の話、とっととスケジュール決めちゃいたいんすけどねぇ~~」
穂高の入っているトイレに現れたのは、男性社員二人であり、会話をしながら、二人は用を足していた。
「――っていうか、知ってるか? お前。
今日やってる面接ってちょっと特殊らしいぞ??」
「特殊?? なんすかそれ……。
デビューさせる人数はいつもより少ない、二人ですけど、オーディションは例年通りじゃないすか」
トイレで話す社員の話題は、穂高も興味を引かれるものであり、個室に入ったまま、二人の話に耳を澄ます。
「確かに、やり方は例年通りだけど、多分、もうある程度合格者は決まってるぞ??」
「え!? どゆことっすか??」
少しけだるそうに話す先輩社員の言葉に、後輩は驚いた様子で声を上げ、穂高も思わず少しだけ声を漏らした。
「第一試験でかなりの実力者がいたとか?
二次面接するまでも無い、逸材が居たとか??」
「ちげーよ、そうゆうんじゃなくて……、まぁ、なんというか……、出来レース?みたいなもん。
オーディションは、もう半分形だけみたいな感じなんだよ」
「なんすかそれ……。
じゃあ、今日やってるオーディションは意味ないって事っすか??」
事情を知る先輩に対し、後輩は少し不満げに尋ね、会話に入る資格の無い穂高の聞きたい事を、そのまま代弁してくれていた。
「お前もおかしいと思わなかったか? 今まで最低でも4人は新人デビューだったのに、今回はたったの二人……。
『チューンコネクト』も凄い人気になってる今の状況で、新人二人って結構重荷っていうか、プレッシャーもあるだろ。
新人に相当の自信が無いと、二人だけで新しい世代『七期生』を名乗らせるなんて難しいだろ?
しかも、六期生をデビューさせた時は、次からは最低でも6人で、七期生をプロデュースするって話があったらしいし」
「ま、まぁ……、変だって言うのは何となく分かりますけど……、それが何で出来レースに繋がるんですか??」
先輩は用を足し終え、水を流すと、洗面台へと移動する。
(おいッ! この話題だけは、知ってること全部話してから行ってくれよッ!!)
トイレから出て行って欲しいと思っていた穂高だったが、状況は劇的に変わり、後輩の用を足しが少しでも長くなる事を祈った。
「――これは噂で聞いた話なんだがな??
どうやら、二人デビューさせる内の一枠は、既に決まってるらしい」
「そ、そうなんすか??
そんな、オーディション前に決まるなんて……、けっ、結構実績ある人?とか? ゆ、有名人?とか??」
「余裕で有名人だな……。
特にこの業界でやってれば知らない人はいないレベルの……」
穂高はここまでの話を聞き、思い当たる人物がすぐに頭の中に思い浮かんだ。
「88(ハチハチ)。
現役の超人気ストリーマー」
「ま、マジっすか…………」
穂高は答えを聞かずとも、分かっていたが、先輩社員から遂にその名前を告げられ、落胆した。
(ハチがオーディションに出て……、ってゆうか、そもそも一枠決まっていたのだとしたら、杉崎の合格は相当厳しんじゃ……。
二次面接には、元々個人で配信をしていた、配信に対して慣れている層も多分多い。
ハチが新人でデビューしても、配信をこなれている分、もう一人の新人も、見劣りしないよう、配信には慣れた人材を選ぶかもしれない)
唯がオーディションを受けている、噂ではあったが、既に合格者の一枠を、唯が獲得しているという話を聞き、穂高は一気に春奈の合格に不安を感じた。
「多分、今回の新人デビューの目玉は、88だ。
二次面接はあくまで、88に合いそうな子を選ぶんだろう。
バランスを見て、選考される」
「なんか、やりきれないっすね……。
今まで通り選考してほしかったです」
「公正な判断を期待してたって事か? 別に不正でも何でもないだろ。
今までだったら良かったのかもしれないけど、『チューンコネクト』は大きくなり過ぎた。
新人デビューなんて大きな仕事、簡単に失敗出来ないし、超大型新人獲得なんだから、上は喜んで今回のオーディションを企画するだろうよ」
トイレで話す二人の社員には、どちらも今回のオーディションに思うところがあるのか、少しだけ言葉の節々に棘あるように、穂高は感じた。
「とうゆうか、88の獲得は別に俺はいいんだよ?
何回もオーディションしてれば、こうゆう事だってある。
――ただ、88とデビューさせられる新人が気の毒だなとは思うな。
何をしたって比べられるだろうし」
先輩社員はそう言いながら、トイレから出て行き、会話に集中していた為、穂高は気づかなかったが、いつの間にか後輩も用を済まし、手洗いを終えていた。
そして、先輩に続くようにして、後輩社員もトイレを後にする。
(いろんな事情が重なって、今回のオーディションをやってるんだな。
――――とゆうか、佐伯さんはこの事を知ってたのか??
唯と一緒に居るところも見かけたし……)
「はぁ~~~、杉崎、俺の知り合いがオーディションを受けるって知ってるなら、事前に教えてくれてても良かっただろ」
佐伯がその事を伝えるはずが無いと分かっていながら、穂高は佐伯の愚痴を呟いた。
(合格者二人を謳っておいて、実際は一枠は合格者が埋まってるなんて……。
オーディション参加者に対して、失礼極まりないな)
そして、穂高の中で少しだけ、『チューンコネクトプロダクション』に対して、黒い感情を抱いた。




