姉の代わりにVTuber 149
「リムのバーター、抱き合わせで売っていくつもりですか?」
穂高は、自分に美絆や、他の『チューンコネクト』のメンバーと違い、実力があるとは考えておらず、山路が自分に何を求めているのか、明確に知るために、あえて踏み込んで尋ねた。
「僕はそんなつもりで、君をデビューさせるつもりなんて微塵も無いし、仮に君が美絆君の弟でなくてもスカウトしたよ?」
「そうですか……。
すみません、嫌味な尋ね方して」
山路の反応と言葉を聞き、穂高は山路が本心から、穂高を『チューンコネクトGuy』の新メンバーとしてデビューさせたいという意思を感じ、少し言い方が悪かった事を謝罪した。
「――でも、山路さんが思っている以上の価値は、本当に俺には無いですよ。
確かに昔配信をしていた事はありますけど、埋もれた人間です。
人気配信者になる事が夢ってわけでも無かったですけど、それでも大勢のストリーマーの中で、芽が出なかった一人です」
ラジオDJに憧れ、夢を実現するために、雑談配信を主にしていた穂高であったが、人気はそこまでなく、有名配信者には遠く及ばなかった。
そんな過去がある為、穂高は決して謙遜などでは無く、本心を山路に答えていた。
「知名度……、バックアップが無かっただけだとは、考えられないかな?
ウチでデビューした子達だって、個人でVtuberをやっていたとしたら、そこまで有名にならなかったかもしれないよ?
実力があるだけじゃ売れない世界だしね……。
その点、穂高君は個人での活動だったのにも関わらず、それなりの視聴者を集めていた。
ウチでデビューすれば、『チューンコネクト』の配信者のように絶対に成功すると、私は思うけどな」
山路は穂高に対して、かなりの期待を寄せており、スカウトされている穂高よりも、成功できる自信を持っていた。
(凄い自信だな……。
急な頼みで、考えた事すらも無い事だし、すぐにこの場で答えを出すのは無理だな。
第一、断るにしたって、こんなに熱量を持って推される状況じゃ、断りずらいし……)
穂高は状況的にもこの場ですぐに返事を返すことが出来ないと判断し、山路にその旨を伝える。
「――すみません、自分を買ってくれての申し出だと思うのですが、急な話ですので、一度考えさせてください……」
「いいさッ! 私もすぐに答えてくれるとは思ってない。
自分の将来の事だ……、じっくり考えて結論を出すといい。
――それに、Vtuberでデビューをしてくれなかったとしても、君には『チューンコネクトプロダクション』に来て欲しいと思っているからね!
配信者としての経験と、企画力もある事だし、きっと優秀なマネージャーに成れると、そう私は思っているよ!!」
演者としてでなく、Vtuberを支えるマネージャーとしても、穂高を買っている山路に、穂高は愛想笑いででしか返事が返せず、山路の話す熱量から、冗談で言っているとは思えなかった。
そしてその後、山路と穂高は、他愛も無い世間話を数十分話し、山路の予定もあった為、解散となった。
◇ ◇ ◇ ◇
山路との会話を終え、穂高は社長室から離れ、社内をうろついていた。
リムの成り代わりをしている張本人であった為、予期せぬトラブルなど、あまり良い行動では無かったが、どうしても、試験中の春奈の様子を一目見たかった。
(――大丈夫だろうな? アイツ……。
入ってく時は、だいぶ落ち着いた、腹を括ったような様子でビルに入ってたけど……。
喫茶店にいた時は、ここまで気にはならなかったんだけどなぁ……、会場に来ると、やっぱり余計に気になるよな……)
数時間前、春奈と別れた時の事を思い出しつつ、まるで子供を心配する親の様に、春奈を気に掛けていた。
偶にすれ違う社員に、奇妙な視線を向けられたり、穂高の事を知ってか、驚いた表情を浮かべる社員もいた。
社内を散策していくと、『7期生 オーディション予定者はこちらへ』と書かれた看板を見つけた。
穂高は看板に導かれるまま、看板が指し示す、廊下の突き当りを曲がる。
「――お? あれか……??」
廊下を曲がると、試験会場と思われる部屋が見受けられ、部屋の中までは見る事が出来なかったが、扉には面接会場と表記されていた。
(ガラスが曇って中が見えないようになってるけど、あそこだけ異様の雰囲気を感じるな……。
緊張感あるっていうか……)
穂高はほんの数分その会議室を監視したが、防音の部屋の為、声が外に漏れてくることは無く、春奈の姿も確認できなかった。
(これ以上ここに留まってもな……。
さっきも変な目で見られる事も多かったし、これ以上ここにいるは止めとくか……)
試験会場には人避けをしているのか、先程までは多く見受けられた『チューンコネクトプロダクション』の社員も見受けられず、明らかに関係者以外立ち入り禁止である雰囲気を、穂高は感じた。
そして、春奈を一目見るのを諦め、その場所から踵を返し、ここから離れようとした瞬間、穂高に聞き覚えのある声が、投げかけられる。
「えッ!? あれッ!?!? 穂高!?」
後ろから呼びかける様に投げかけられた声に、穂高はその声の主を確認しようと振り向くと、そこには目を見開き、驚いた表情で固まる浜崎 唯の姿がそこにあった。
「ハチ!? お、お前、なんでこんなとこに……?」
穂高が『チューンコネクトプロダクション』の会社に居る理由はあったが、唯がこの場にいる理由は、穂高が知る限りでは無く、穂高よりも、唯がこの場にいる事の方が異様だった。
穂高以上に驚いていた唯だったが、穂高に質問を返され、以前穂高からリムの成代わりに関して告白されていた事もあり、自分の方が場違いである事に気づき、取繕う様に話し始める。
「え? あ、まぁ……私は、なんとゆうか……、縁があって……。
――――と、とゆうより、穂高こそ、こんなとこウロウロしてていいの??」
唯は追及されるのを嫌い、わざと話題を逸らす様に、穂高の身を心配した。
「い、いやまぁ、いいわけ無いけど……。
それでもちょっと気になって」
「いや! このエリアは社外の人が多いんだよ??
面接に来た子達に、明らかに社員では無い見た目の穂高が居たら、変にみえるでしょう!」
『チューンコネクトプロダクション』の人間でない唯の方が、穂高よりも真面な意見を持ち、興味本位で、危機感の無いまま、この場に訪れた穂高を批判した。
「ほらッ! 分かったらささっと離れる!
見られたのが私で良かったよ……ほんと」
穂高は強引に背中を押され、元々その場から離れようとしていたが、唯に強引にその場から遠ざけられた。
結局、穂高は唯がその場にいた事ははぐらかされ、理由を聞く事は出来ず、元来た道を戻っていった。
「――――ふぅ~~、まさか穂高とここで出くわすなんて……。
『チューンコネクト』って結構、中の人が本社をうろついてたりしてるのかなぁ……」
その場から離れていく穂高を見つめ、ようやく姿が見えなくなったところで、唯はため息交じりに呟き、穂高とは反対方向の、二次面接が行われる会場へと向かっていった。
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