姉の代わりにVTuber 148
「悪いね? わざわざ呼び出してしまって……」
「あ、いえ……、別にそれは大丈夫です」
穂高の座るソファの反対側に、山路は腰を掛け、穂高とガラステーブルを挟んだ。
「まぁ、なんだ……。
君をここに呼んだのは、純粋に話がしたかったのと、今までのお礼を伝えたくってね?」
「お礼??」
淡々と話す山路に、何か説教や問題ごとでも起きたのだろうと推測していた穂高は、不思議そうに、要領を得てない様子で返事を返した。
「そう、お礼……。
今まで、リムの為に身を粉にして、活動をしてくれて本当にありがとう」
山路は優しく微笑んだ後、感謝の言葉と同時に軽く頭を下げた。
「あ、いえいえッ!! 頭を下げられるような事は、俺は何も……。
そもそも、リムの成り代わりだった姉と俺のわがままだったんですから!
こちらこそ、今までサポートしてくれて、活動を認めてくれて感謝しかないというか……」
予期せぬ山路言葉と行動に、穂高は少し慌てた様子で答え、謙遜などではなく本心から、そう思っている事を伝えた。
「そんな風に思っていたとは……、ほんとに君には感謝の思いしかないよ。
当時、社内からいろいろな反対する意見も出たが、君に任せて本当に良かったと思うよ」
穂高の言葉を素直に受け止め、山路は再度感謝を述べた後、続けて話し始める。
「当時、私が君に対してお願いした事を今まで守り抜いてくれた。
それに、君が成り代わった後のリムは、想像以上によくやってくれた。
――――お姉さんの事だ、君もすでに聞いているかと思うが……、美絆が近々復帰する。
体ももう良くなって来ているし、まぁまだ大事を取ってもらうつもりだが、遅くとも二か月後には元の状態に戻そうと考えている」
「復帰の時期までは、把握してませんでしたが、そろそろだろうなとは思っていました」
美絆の状態をよく知る穂高は、姉の復帰を薄々感じており、どんな形かは分からなかったが、リムの成り代わりが終わるのも、何となく察していた。
「――どうだね? リムに成り代わって数か月。
リムにも少し愛着が出ていたんじゃないか??」
「愛着ですか……?
まぁ、無いと言えば嘘になるだろうと思いますが、それでもやっぱりリムは、姉貴がやってこそだとは思っています」
リムは美絆の為にデザインされ、美絆の性格や想いなんかも反映されていた。
それは、リムに成り代わっている最中で、所々に感じられ、愛着は持てども、姉に返還するのに抵抗が出るなんて事は、微塵も思わなかった。
「そ、そうか……。
――いや、なんでこんな事を?って思うかもしれないが……。
頼んだ身で置きながら、君には酷な事をしているのではないかと思ってね」
「酷……ですか?」
「あぁ。
急ピッチでリムの成代わりを務め、なりふり構わずがむしゃらにやってきただろう? この数か月で……。
ようやく安定して、配信が出来るようになったこのタイミングで、再び変えられる事を、穂高君はどう感じているのかなと……。
リムとして穂高君自身が築いた関係性だって生まれてきたわけだろう?」
山路の言葉に、穂高は彼が何を言わんとしているか、何となく察し、その言葉を受けた上でも、穂高の考えが変わる事は無かった。
「山路さんが仰られる意味も分かります。
確かに、寂しいと感じる事もありますけど、元々、俺は姉の代わりを務める為にこれまで頑張ってきました。
どちらかと言えば、達成感の方が大きいですよ」
穂高が素直に本心を打ち明けると、山路は「そうか」と一言呟いた。
会話が途切れ、少しだけ沈黙が流れた後、今度は何かを思い立ったように、山路が声を上げる。
「――なぁ、穂高君……。
君の今までの働きを見て、前々から考えていた事があるんだが……、君に是非ともお願いしたい事があるんだ」
「は、はぁ……、自分に協力できる範囲であれば、協力しますよ」
少し意気込む様子の山路に、穂高は気後れした様子で、返事を返した。
「実はな?
『チューンコネクトプロダクション』には、『チューンコネクト』だけでなく、男性Vtuberだけで構成されたグループがあるんだが……、知っているかな?」
「『チューンコネクト Guy』ですよね?
勿論知っています」
リムの成り代わりを行う上で、穂高は勿論『チューンコネクト』の事を勉強しており、その勉強の中で、男性グループがある事も知識として知っていた。
『チューンコネクトGuy』は『チューンコネクト』と同じように、何期生とジェネレーション分けされており、現在2期生までデビューを果たし、総勢10名の男性Vtuberグループとなっていた。
しかし、『チューンコネクトGuy』は創立されたのが、『チューンコネクト』と同じであるのにも関わらず、2期生までしか世代が無く、新人が中々デビューしない事を裏付ける様に、『チューンコネクト』程の人気は、『チューンコネクトGuy』には無かった。
「もし、穂高君が良ければなんだが……、君を『チューンコネクトGuy』の三期生として、デビューさせたいと思ってる」
「えぇッ!?」
思っても見ないスカウトに、穂高は思わず声を上げた。
山路の表情はいたって真面目であり、とても冗談を言っているように見えなく、穂高はそんな山路の姿を見て、本気なんだと理解した。
「すぐに答えが欲しいとは言わない。
でも、どうかな? リムの配信を行った上で、配信者として興味があるのなら、ぜひともウチでデビューしてもらいたい」
「――は、はぁ……。
で、でも、俺なんて需要ありますかね? あくまでリムとして、配信していたわけで、ご期待に応えられるとは…………」
配信の腕を買われたのか、穂高は、褒められた事に対してはやぶさかでは無かったが、それでも社長自らお願いして、スカウトされる人材であるとは、到底思えなかった。
「そんな謙遜する必要ないさ!
今までも十分に、期待する以上の活動をしてきたわけだし……、君には過去に、個人で配信していた経験もあるじゃないか。
――それに、企画力のある君の事だ、もう一つ面白そうな配信を思い付いているんじゃないか??」
自分がVtuberデビューする想像まで、思考がいけていない穂高に、デビューする事をイメージさせ、穂高は山路の告げる様に、想像すると、すぐに企画が思いついた。
穂高でなくても、誰でもすぐに思いつきそうなその企画を、穂高は想像させられ、山路が穂高に何を求めているのか、すぐに察しが付いた。
「なるほど……、姉貴との共演。
リムとのコラボをするわけですね」
すぐに自分の意図を見抜いた穂高に、山路はニコリと笑顔を見せ、楽しそうに話し出す。
「そうだ! 実姉弟でのコラボ!
最近行った、君が弟として出演する配信も好評であったし、君がデビューすれば、定期的にやり取りをファンは楽しめる!!
男性Vtuberとコラボしにくい、我が社の女性Vtuberであっても、実の姉弟となれば、ファンも納得してくれるだろう!」
『チューンコネクト』のVtuber達は、アイドルで売っている部分もあり、主な視聴者が男性である事から、男性配信者、男性Vtuberとのコラボは極端に控えていた。
リアルなアイドルグループの様に、大々的に恋愛禁止と謳っているわけでは無いが、人気商売でもある為、男性配信者との配信はご法度となり、暗黙のルールとなっていた。
山路はそのルールを唯一、例外としてすり抜けられるかもしれない穂高に期待していた。




