姉の代わりにVTuber 146
穂高は自分の姉、美絆が『チューンコネクト』のVtuberである事が、春奈にバレている事が分かると、腹を括り、潔く春奈にリムの話題を振った。
穂高が意を決して、話した言葉を最後に、再び春奈と穂高の中で沈黙が流れる事になったが、その沈黙は長くは続かなかった。
「やっぱりそうなんだねッ!?
天ケ瀬君のお姉さんがリムなんだッ!!」
一瞬黙り込んだ春奈に、穂高は嫌な予感を感じたが、その感覚は杞憂に終わり、春奈は今日一番の盛り上がりで、明るく勢いよく穂高に答えた。
てっきり今まで隠してきた事を非難されると思っていた穂高は、春奈の思わぬ反応に、少しだけ面を食らった。
「――あ、いや……、怒らないのか??」
「怒る!? なんで?
確かにもっと早く言ってよッ!っていう気持ちはあるけど……。
事情が事情だしね? しょうがないよ!
――――とゆうか、今はむしろ感動的で、
こんな身近に、憧れの存在が実現してるんだって……。
打ち明けてくれて嬉しい気持ちの方が大きいよッ!!」
戸惑う穂高に対し、春奈のテンションは頂点へと達し、両手を組み、今にも神に感謝の祈りを捧げそうな勢いだった。
「じ、自分の推し……、財前 アリスじゃなくてもそんなに嬉しいものなのか??」
穂高は自分も『チューンコネクト』のファンであるという設定を忘れ、春奈の喜びようから思わず尋ねてしまった。
「そ、そりゃ一番に会いたい、推してるのはアリスちゃんだけどぉ……、そ、それでも『チューンコネクト』っていうだけで凄いよッ!!
――――と、友達のよしみとかでさぁ? さ、サインとかお願い出来たりしないかなぁ……?」
春奈は、穂高の質問に力強く答えた後、今度はしおらしく、穂高の様子を窺うようにして、リムのサインを強請り始めた。
「ゔッ……、ま、まぁ頼めなくはないけど…………。
とゆうか、自分もなるわけなんだから、『チューンコネクト』の一員になって、自分から頼む方が良いんじゃないか?」
「それじゃあ、いつになるかわからないよッ!!
一員になっても、すぐにリムちゃんとかと交流が持てる確証ないし……。
き、緊張とかしちゃって、自分からは中々……」
春奈の自信のなさげな返事に、穂高はそんなことで大丈夫かと心配に思ったが、面接に受かった後、『チューンコネクト』に入った後の、余計な心配事を春奈に持たせない為にも、口には出さなかった。
「まぁ、一視聴者ででしかない俺が言うのもなんだけど、『チューンコネクト』はみんな仲良さそうに見えるし。
色々、誰と誰は不仲だとかそういった噂も聞く事あるけど、姉貴の様子を見てる限りじゃ、そんな風にも見えないしなぁ~~。
気休めにはならないだろうけど、杉崎なんてリアルであってしまえば、誰とでも仲良くなれちゃうんじゃないのか??」
「――え?」
ポツリポツリと話し始める穂高に、春奈は「何故?」といったように声を上げ、そんな春奈に構わず続けて話した。
「学校での杉崎の様子を見てれば一目瞭然だろ?
人気者で、人格者だし……。
容姿端麗で、男子にはもちろん、女子からの人気も高くてモテるわけで……」
「う、う~~ん。
前半は素直に嬉しいんだけど、後半は喜んで良いものなのかな……?」
穂高的には後半、一番最後に答えた言葉が、何より一番重要であるポイントであったが、普段から同性にモテている事は、良しとしていなかった春奈は、少しだけ困ったようにしていた。
「そ、そういえばッ!
リムちゃんの事で思い出したけど、こないだやってたリムちゃんのリアル弟が出てた配信って、あれはやっぱり、天ケ瀬君ッ!?」
「い、嫌なとこ突いてくるな急に……」
リムの話題からそれ始めた会話を、春奈は再びリムの話題へと戻し、思い出したかのように話した春奈の話題は、穂高にとってあまり触れて欲しくない話題であった。
(自分で企画しておきながら、嫌な思い出になるとは……。
俺にとっても黒歴史というか……、地獄の企画だったんだな)
リムの弟である事を、打ち明けるつもりで無かった穂高は、第三者にこの話題を振られるとは考えても無く、いざその状況になると、何とも恥ずかしいような、そんな気持ちにさせた。
「あ、あれってやっぱり専用のスタジオとかで撮影したの?
リムちゃんの事を結構赤裸々に語ってたけど、リアルのリムちゃんって話してた通りなのッ!?」
春奈の興味は完全に、リムの地獄企画と評した配信での話題に移り、配信で話していた事や、それ以外の裏話何かを、穂高に根掘り葉掘り質問した。
そして、そんな興味惹かれる話題を話していると、あっという間に試験会場へと到着をし、話に夢中になっていた為か、春奈は道中で、緊張をぶり返すことなく、余計に精神を擦り減らせる事無く、会場へ到着していた。
「こ、ここが本社ビル……」
何階建てか分からない高層ビルを地上から見上げ、春奈はポツリと呟いた。
(本社ビル……。
lucky先生にリムの入れ替わりがバレて、事情説明の為に来たり、リムの地獄企画の撮影の為にここに来たりと、あんまり良い思い出は無いよな……)
感慨深そうにビルを見つめる春奈に対し、穂高は本社にあまり良い思い出が無い事を思い出し、少し憂鬱な気分でビルを見つめた。
「――じゃあ、俺は適当に試験が終わるまで時間を潰してるから、終わったら連絡くれよ?」
「え……? 待っててくれるの……?」
当然の事の様に話した穂高に対し、春奈は目を大きく開き、驚いた様子で答えた。
「そんな驚かれる事か? 付き添いで来た以上最初からそのつもりだったし……。
――ん? もしかして、迎えは誰か来るとかだったか??
それだったら悪い、余計な事だったな」
穂高は途中から、自分のお節介かと思い始め、付き添いだけを頼んでいた春奈は、穂高の言葉に驚き、返事を返すのが少し遅れる。
「――――い、いやッ! 全然ッ!! 誰も迎えに来る予定なんて無いよ!
む、むしろありがたいっていうか……。
面接終わって、不安のまま一人で帰るのも心細かったし……」
「そうか、じゃあ、喫茶店で時間潰してるから……。
――――思い切ってなッ?」
穂高は最後になんと声を掛けるか少し迷った。
頑張れよと声を掛けても良かったが、今まで春奈が頑張ってきていたのは知っていた為、何よりその頑張りが報われるよう、悔いが残らないように、試験を終えれるよう、その言葉を掛けた。
「うん。
それじゃあ、行ってくる!」
穂高の激励を受け、春奈は力強く答えた後、穂高に背を向け本社ビルへと入っていき、穂高は春奈の背中を見届けると、予定通り時間を潰す為、一先ずその場を後にした。




