姉の代わりにVTuber 103
「噂って……、杉崎も知ってたのか?」
春奈の口ぶりから、穂高は春奈が言わんとしている事を、すぐに察した。
「やっぱり……、天ケ瀬君も知ってたんだね。
ごめん。
天ケ瀬君にはいつも迷惑かけてるよね……」
春奈は今までの穂高との出来事を思い返し、ストーカーの件や、オーディションのアドバイス等、度々穂高に協力してもらったり、負担を掛けさせている事を後ろめたく思った。
「――まぁ、別にそこまで困ってないからいい。
今回の噂も、ストーカーの件の延長線だしな」
「ご、ごめん、ありがとう」
穂高の言葉に、春奈は続けて申し訳なさそうに謝罪し、穂高は、心の中では、もう謝罪しなくても良いと、思ってはいたが、状況と春奈の性格から、素直に自分の言葉に納得するとも思えず、春奈の謝罪に何も言う事無く、素直に受け取った。
「前にも噂されて、一旦落ち着いたからもう無いと思ってたんだけどなぁ……。
武志からも変に勘繰られることも無くなったから、対処しなくても別に問題無い事だと思ってた」
「うん。 私も同じ風に思ってた。
――とゆうより、私はやっぱり彰とかで噂される事の方が多いし……」
(――いっその事、杉崎が誰かと付き合ってるって状況の方が、変に外野に勘繰られなくても済むのかもしれないな……。
いや、彼氏持ちなのに、他の男と一緒に居る方がよくねぇか……?)
穂高は難しい表情で考え込んだが、そう簡単に良い考えが思い浮かぶはずも無く、一旦、打開策を考えるのを止め、他に気になっていた事に関して、春奈に質問を投げかけた。
「なぁ、杉崎はこの件に関して、何か実害があったりするのか??」
穂高は大貫や若月に絡まれた事象があった為、春奈の方にも何か、この噂が原因で起きたトラブルが無いか、気になった。
「――え? ううん。 特に何かあるとかは無いけど……?」
「そ、それならいい」
春奈の言葉に、穂高は一先ず安心した様子で返事を返した。
しかし、穂高のこの質問で、春奈の方が気になる点が思い浮かび、穂高に同じことを尋ね返す。
「え? あ、天ケ瀬君の方は何かあったの!?
そ、その……、私との噂のせいとかで……」
「――――いや、何も?
まぁ、ちょっと杉崎との話を聞かれたくらいだな。
よくある話。
勿論、ちゃんと否定しといたぞ?」
春奈の質問に穂高は一瞬ビクリとしたが、表面的に何か取り乱す事は無く、いたって普通に、淡々とした様子で春奈の質問に答えた。
「そ、そうなんだ……」
穂高の返答に春奈は安心した様子ではあったが、穂高には少しだけ、春奈の様子が残念そうにも見えた。
しかし、穂高はそんな違和感を追求する事は無く、気にした素振りも見せず、話を続ける。
「まぁ、俺の事はとりあえず、そんなに気にするな?
前にも同じ経験はしてるし、杉崎が気にする事じゃない。
それよりも、二次試験。
順調か??」
穂高は春奈に対して一番気になっていた話題をぶつけ、穂高の言葉に春奈は驚いた様子で目を見開いた。
「――え? 二次試験……、まだ手伝ってくれようとしてるの??」
「は? 何言ってんだ? 急に……。
当たり前だろ。
――――それとも、もしかして迷惑か…………??」
春奈の困惑した様子で話す姿に、自信を持って答えていた穂高も、途中から自信を失い、少し焦った様子で春奈に質問を投げ返した。
「え? あ、いやッ!! 全然迷惑なんかじゃッ…………。
そうじゃなくて、ほら、こんな状況だからてっきり、余計に噂が立たないように、協力もしてくれないんだと思って…………。
最近、天ケ瀬君、忙しそうにもしてたし……」
たどたどしく話す春奈に、ようやく春奈の言葉の意味を理解し、穂高は迷惑になっていない事が分かり、少しほっとした様子で、答え始めた。
「あ、あぁ、そうゆう事……。
なんで、俺がそんな噂の為に協力するのを止めなきゃなんないんだ?
杉崎が迷惑だって、ハッキリと言うのならまだしも……」
「で、でもッ、ほら! 学校で変に噂されたり、誤解されたり、迷惑なんじゃ……」
「だから、気にしてないし、気にする事無いって……。
そんな事気にしてるほど、杉崎も余裕ないだろうし、そんな事を気にして、約束を破る気は俺には無い」
穂高のきっぱりとした物言いに、春奈は数日前に言われた穂高の言葉を思い出す。
手伝うよ。 ここまで来たら、最後まで……。
杉崎が『チューンコネクト』のメンバーになるまで!
脳裏に、穂高の声で再生される言葉に、春奈は穂高が、自分の迷惑も顧みずに協力してくれる、そういう人物だったと、改めて思い返した。
「――分かった。
天ケ瀬君がそう言うのなら、もう私も気にしない」
春奈は迷いが吹っ切れたかのような、そんな様子で答え、春奈の姿を見て、ようやく納得してくれたかと、穂高も胸をなでおろす。
「二次面接が受かってメンバーになれば、嫌でも色々と噂される立場になるんだ。
今からその練習だと思えば、むしろ良い環境じゃないか?」
「――ぷッ! あはははッ! なにその考え。
ポジティブ過ぎるよ」
穂高のでたらめな意見に、春奈は思わず軽く吹き出し、余計な悩み事から解放された事から、心からの清々しい笑みを浮かべていた。
「あぁ~~ッ! 天ケ瀬君とハルが、またイチャイチャしてる~~!!」
小声で話していたはずの穂高と春奈だったが、いつの間にか声の音量も大きくなり、瑠衣に二人だけで会話していた事がバレると、なし崩し的に、武志と瀬川も含めたグループでの会話へと変わっていった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ただいま~~」
穂高は学校から帰宅し家に付くと、最近は久しぶりに、再び言い始める事になった挨拶を、誰もいない家に向かって一人呟いた。
「――あ……、そういや帰ったんだ……」
穂高は美絆が病院に戻った事を思い出し、再び癖になりつつあった挨拶を正し、リビングへ荷物を降ろす。
「ふぅ~~~、疲れたぁ~~」
穂高は、武志達と話していた通り、放課後に球技祭の練習があり、それに参加していた為、いつもの学校よりも多く、体力を消耗していた。
(――最近は体育の授業か、彰や瀬川に誘われる以外で、バスケをやってなかったしなぁ~~。
思う様にあんまり動けなかった……。
周りも、経験者ばっかだし……)
穂高はソファへともたれ掛かり、今日の放課後の練習試合に付いての反省を一人行った。
「――でもまぁ、後半は動きも良くなり始めたし、何とか本番は恥を描かずに済むかもな……。
だとしても、ほとんどバスケ部の連中頼みではあるけど……」
本調子を取り戻したとしても、部活として本気でやっている奴らには、足元にも及ばず、球技祭でもおんぶにだっこの状態になる事を想像し、穂高は少し苦笑いを浮かべた。
(まぁ、足を引っ張らなきゃいいだけだしな!
ボールを取られず、彰や瀬川にボールを回してたら、どうにかなるだろ……)
穂高は簡単に反省を終え、ソファから立ち上がり、今日の夜の配信の準備に取り掛かろうとした、その時だった。
穂高が立ち上がると、家のインターホンが鳴らされ、穂高はそのインターホンに呼ばれるまま、家の玄関の扉を開けた。
「あ~~い、どちら様~~?」
穂高の住むマンションには、玄関を開けずとも、来訪した人と話せる設備が完備されていたが、宅配の可能性も感じた穂高は、面倒くさがり、そのまま直で対面する為、玄関を開け放っていた。
「ちゃお~~! 久しぶりねッ! 穂高?」
気だるそうに玄関を開けた穂高に、明るく返事を返したのは女性であり、穂高は目の前に立つ少し派手めな女性に、驚きながらも、その女性に心当たりがあった。
「かあさん…………」
「ただいま~~~ッ!!」
派手な服装に、サングラスまで掛けていた穂高の母、静香は、穂高に認識されると、嬉しそうに返事を返しながらサングラスを外し、満面の笑みを浮かべ、ウィンクをした。




