番外編 最初の魔法 ——side 幼少期のリィト
「ねぇ、リィト。子供の時、私を助けてくれたときのこと、覚えてる?」
「えっ? 助けた? なんだっけ」
「ほら、私が泣いてばかりでどんどん衰弱していたときのこと」
「あ、ああ……あれか。あの時は必死だったからな」
あの日——。
僕とマエリスだけが生き残ったあの日の二日後——。
————
「マエリス、ごはんもらってきたよ?」
「……うっ……うっ」
「ねえ……マエリス——」
マエリスが話してくれなくなった。
何も食べなくなった。
何も瞳に映らなくなった。僕の姿ですら。
ディアトリアの村から一番近い街の孤児院に連れてこられてから、ただひたすらに泣き続けている。
「マエリスちゃん——ほら、お口を開けて——?」
「ぐすっ……うっ……うっ……」
「お願いだから、何か食べて……ね?」
孤児院のクリスタさんが必死にマエリスに食べて貰おうと、スプーンを口に近づける。
だけど、マエリスは食べようとしなかった。
僕たちの両親……ううん、僕たち以外の全ての村の人が亡くなってからマエリスは泣くばかりだ。
僕だって泣きたい。
大きな声を出して、泣いていたい。
でも、僕まで泣いてしまったら、マエリスの涙は永遠に止まらないような気がしていた。
だから、懸命に堪えて我慢する。
両親のことを思うと、また目頭が熱くなる。
ダメだ。
マエリスをなんとかしないと、僕は本当に独りぼっちになってしまう。
僕は目をこすり、マエリスに話しかける。
————
「おや、リィト君。もう平気かい?」
「僕は……大丈夫です」
「……そうかい。マエリスちゃんだっけ? どうだい? 教えたまじないは?」
「まだずっと泣いていて」
僕は、この街に最近やってきたという、まじない師のお姉さんの元に来ていた。
色々と謎めいたこのお姉さんは、僕のためにいろいろと親切にしてくれる。
フードと口の辺りを覆うマスクで殆ど顔は分からない。
後で知ったのだけど僕にタダでくれたものは、魔道具という魔力を帯びた道具だった。
それなりに価値があったらしい。
例えば、怪我を治してくれる【傷治療】の杖とか。
ずっと明かりが灯り続ける【明かり】のランタンとか。
もっとも、それが空腹や衰弱に効いたわけじゃないけど。
「むぅ。そうかぁ。打つ手無しか」
「ねえ、お姉さん」
「おっ、おね?」
「うん。僕に魔法を教えて?」
魔法なら、この状態をなんとかできるんじゃないか……僕はそう思って聞いた。
とはいっても、僕の歳では、魔法を使うことができないかもしれない。
「あ、ああ……。うん……。でもまだ君、お告げがまだなんだろ? その歳で魔法を覚えてしまうと、魔法習得の方向が決まってしまうという話がある。本当かどうか分からないけど、あまりオススメは出来ない」
「でも、今使わないときっと後悔すると思う」
「うーん、その歳だとそもそも魔法が発動しない可能性も高いけど……何の魔法を使いたいの?」
その問いに答えるだけの知識を、僕は持っていない。
でも……。
『……ザザ……【伝言】……』
頭の中に雑音混じりの少女の声が響く。こんなことは初めてだ。
どういうわけか、僕はその声を聞いたことがあるような気がした。
そうか……マエリスに僕の声が届くなら……。
「……【伝言】の魔法」
「それ生活魔法だよ!? 本気? 最初にそれを覚えてしまうと……もしかしたら、ずっと生活魔法しか覚えないかもしれないのに?」
「僕は今、この魔法が使いたい。お願いだ」
いい顔をしないお姉さんに対して、僕は真剣に頼み込む。
マエリスを助けることができるのなら、何だっていい。僕の魔法の方向性なんて、些細な事だ。
「そこまで言うなら……分かったわ——」
お姉さんはぶつぶつ言いながらも本棚から魔術書を持って来てくれた。
その魔術書は埃まみれだ。
【伝言】。
見える範囲にいる人に、短い言葉を伝えることがでる。しかも返事ももらえる魔法だ。
「これね。【伝言】。じゃあ、唱え方はね——」
「【伝言】!」
なぜか、呪文の読み方が分かった。
早速読み上げ、意識を集中する。
頭の中に魔法のイメージが、魔方陣として浮かび上がる。
あとは、これを具現化する——。
『ザ……ザザ……』
ん?
頭の中に雑音が響く。
『……マエリス……を助け——』
「え? 何?」
「リィト君? どうしたの?」
雑音は消えていき、お姉さんの声が聞こえた。
僕はさっそく、【伝言】の魔法で返事をする。
『えっと、これでいい?』
『聞こえる。う、嘘!』
見ると、まじない師のお姉さんが目を見開きつつも、口角を上げ僕の方に駆け寄ってきた。
すごく嬉しそうだ。
「リィト君……すごい! 教えてもないのに魔法を起動してしまうなんて。嘘って聞き返したのも聞こえた?」
「うん。これでマエリスに僕の声が届くかな?」
「届くよ! その歳で……すごい」
僕をぎゅうと抱き締めながら、興奮しているのかぴょんぴょんと跳ねている。
お姉さんはしばらく離してくれなかったのだった。
————
お姉さんから解放されると、お礼を言って、僕は急いで孤児院に戻った。
とりあえず水をコップに汲んで持っていく。
マエリスは相変わらず泣いていた。
もう、声はかすれていて途切れ途切れだ。
残された時間があまりないのを僕は感じ取った。
さっそく、覚えたばかりの【伝言】の魔法を発動させる。
『マエリス。お願い、泣いても良いから……何か口に入れて?』
マエリスの目が見開いて……僕を見た。
悲しみ以外の表情を久しぶりに見たような気がした。
『リィト——』
『うん。僕はここにいるよ』
そっとマエリスの手を取った。
彼女の手は少し熱っぽい。
『要らない……何も……このままお父さんとお母さんと一緒に——』
マエリスは、食べる気力がなかったのではない。
ずっと拒否していたんだ。
無理矢理にでも口に入れたら、食べてくれるかもしれない。
少なくとも僕を認識してくれている。言葉に気付いてくれたんだ。
ごめん。マエリス。
僕は、マエリスに生きて欲しいんだ。
僕自身のワガママかもしれないけど。
絶対に失いたくない。
僕は、そう思った。
コップの水を全て口に含み、マエリスに頭を押さえ、口を僕の口で塞ぐ。
そして、水を流し込む。
「んッー!」
マエリスはまさかこんなことをしてくるなどと思っていなかったのだろう。
驚きで僕を拒否する。
当然のことだと思う。
『マエリス! 飲んで!』
マエリスは呻くけど僕は気にしなかった。
さっきより目を大きく見開き抗議するように僕を見つめている。
ごくっ。
ついに喉が動く。
「んっ……」
わずかに、吐息のような声が漏れると、マエリスが僕の背中に手を回してきた。
『水……こんなに甘いんだ……』
良かった……。
ごくっ、ごくっ。
一口飲み込むと、あとは奪うように僕の口から奪っていく。
『水、まだあるよ』
僕はコップを差し出すけど、マエリスは動こうとしない。
ぼーっとしているようだ。
じれた僕は口に水を含みマエリスに与え……それを繰り返す。
『リィト……』
コップの水がなくなる頃、両手を伸ばしたマエリスが僕の名を呼んだ。
瞳にいっぱいの涙を溜めている。
その瞳には確かな光が灯っていた。
僕は、マエリスの頬に手をやり優しく引き寄せて。
その日の何回目かのキスをした——。
————
「私はね……あの時のことを思い出すと、心が温かくなる。これからどんなことがあっても、あの日のことを思い出して、頑張れる気がするんだ」
マエリスが口元を緩めながら、そう語った。
「あれ? そういえば、あの時ね……魔法のことを教えてくれた声が聞こえたんだ。あれはチコだったのかな」
「えっ? ほんと? じゃあ、私はチコにも助けられたってことかな」
僕たちはすやすやと眠っているチコを見た。
「そうだね。でも、今思い出すと、ちょっと恥ずかしいな」
「そうかな? 私はあの日からずっと、リィトが好きだよ。ちょっと強引だったけど、とても優しい……リィトが」
そう言って、マエリスは僕の唇を奪う。
僕はそれに応えて彼女を抱き締める腕に、力を込めるのだ。
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