表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀泥荘殺人事件  作者: Kan
8/16

7 現場検証

 山岡荘二郎や三田村執事と分かれると、羽黒祐介と根来警部は、エレベーターで三階の現場に戻った。

「さあ、現場検証を始めるか……」

 根来は、闘志に燃えている(まなこ)で、現場をじろりと眺めた。


 あらためてこの部屋を説明すると、ここはほとんど正方形の部屋で、入り口のドアから入って右側に窓があり、その下にベッドが置かれている。杏が一晩中、隠れていたという巨大な衣装箱は、出入り口から見て左奥の隅にあった。出入り口のドアにはシリンダー錠がついておらず、内側から金属の横木をスライドさせるタイプの(かんぬき)がついているだけである。この閂がかけられていたのである。


 萩本の生首は先ほどと同じように、部屋の中央の床に転がっていた。顔のない胴体はベッドの上に寝かされている。部屋は薄暗く、惨劇の匂いが漂っているかのように不気味である。

 ドアの真上にある天窓は、部屋と廊下をつないでいる。ガラス戸の二枚からなる引き戸になっていて、内側からクレセント錠がかかっているようだ。クレセント錠というのは、半月型の金具を締めることで引き戸を開かなくするものである。しかし、それも薄暗い室内である上に、廊下の明かりが逆光になっているためによく見えない。根来は、そのことに不満を感じた。


「よく見えんな、電灯をつけるか」

 根来は、これでは現場検証ができないと考えて、ドアの横についているスイッチを押したが、電灯は点かなかった。

「なんだ、切れているのか……」

 と、根来は首を傾げる。そこでスマートフォンのライトを使って、捜査をすることにした。


 二人は、死体を確認することにした。まずは切断された頭部。苦悶の表情を浮かべたままの生首、灰色になった素肌、床には鮮血が飛び散っている。

「鋸のようなもので首を切断されていますね」

 と祐介は言った。


「死後に切断されたのだろうな。この感じからすると……。しかし、ひでぇな……」

 と根来は忌々しげに言う。正確な死因は分からない。ただ後頭部に僅かなへこみがある。背後から鈍器によって撲殺されたのだろうか。この痕跡がしばらく根来の脳裏に引っかかっていた。

「次は、胴体の方を見てみるか」

 と根来は言って立ち上がる。


 胴体は、青いパジャマ姿だった。首から上が切断されてなくなっている。ここもやはり、鋸によって首を切断されたものと思われる。血肉が剥がれ落ちそうである。白いシーツの表面や、床に払い落とされた掛け布団の裏面には生々しい鮮血がついている。

 祐介はこの時、なにかに気付いた様子であったが、根来にはそれが分からない。


 祐介はその後、衣装箱に小さな血の手形が付着しているのを見つけた。これが杏のものであることは間違いだろう。しかし、祐介はそれ以外の家具を調べ始める。室内にはひとつだけ椅子が置かれていて、その上にはハードカバーの本が積まれていて、そのさらに上に白い封筒が置かれ、さらにその上に長い定規が乗せられている。それを一つずつ、床に置きながら、血の手形がついていないか確認する。そしてついに血の手形がついているのは衣装箱だけだと確信した。これが後に重要な手がかりとなるのである。


「あとは密室の問題ですね。どこか抜け穴があると良いのですが……」

「窓はどうだ?」

 根来に言われて、ベッドの向こう側にある窓を、祐介は確認することにした。

「この窓は内側からクレセント錠がかかっている上に、外側からは面格子がかけられていて、腕を通すことも厳しいですね」

 と言って、祐介は窓からの侵入説を否定する。


「だとすると、分からないな。犯人と被害者は、どうやってこの部屋に入ったのか。そして犯人はどうやって出て行ったのか……」

 と根来は頭を抱えると、怒りが込み上げてきたのか、室内を見まわす。

「くそっ、必ず犯人を逮捕してやるぞ……」


 これに対して、祐介は涼しい顔をしている。いつも以上に淡々とした口調で推理を語り出す。

「根来さん。この場合、密室にしたトリックはそれほど問題ではありませんよ。それよりも、犯人はなぜこのような状況を作り出したのか、これこそが事件解決の最大の鍵です。すなわち、なぜ犯人は現場を「入れない密室」にしようとしたのか、ということです。しかし忘れてはいけないのは、杏ちゃんはまったく偶然に、この部屋に入り、閂を差してしまったのです。それは犯人には予測のできないことでした。

 この部屋に隠れていた杏ちゃんと、死体を発見した星野文子さんの二人に事情聴取をすれば、なにか重大な手がかりが得られるはずです」


 羽黒祐介と根来警部はこのようにして、一通り、現場検証を終えると、殺人事件の死体発見現場から離れて、居間に向かった。

 居間には、この館にいる人々が全員揃っているとされている。山岡荘二郎をはじめとして、死体の第一発見者である星野文子、その息子の諭吉、荘二郎の妻の富士江、娘の楓と杏、三田村執事と料理人の上沼である。


 皆、恐怖に歪んだ顔をしている。そしてその顔で、根来や祐介の顔を食い入るように見つめている。根来が事情を説明しようとすると、文子が震えた声を上げる。

「萩本さんが殺されたって本当なんですか!」

「ええ」

「なんてこと!」

 文子が狂ったように叫ぶ。そして頭を掻きむしると、ヒステリックに何事か叫んで、根来にしがみついてきた。

「誰が、誰かが彼を殺したのですか……!」


「落ち着いてください。本日は吹雪のため、警察はすぐには来れませんが、わたしは群馬県警の捜査第一課の刑事です。そして、隣のこいつはちょっと有名な私立探偵です。我々、二人にまかせていただければ、犯人の好きなようにはさせませんから、ご安心を……」

「そんなことを言っていても、犯人はわたしを殺そうとしたんです! また現れます! あの人はまた現れます!」

 文子は、根来にしがみつきながら喚き散らした。諭吉が恐怖に歪んだ目でそんな母の姿を見つめている。文子の声は居間に響き、不安が伝染し、それまで落ち着いていた楓も凍りついたような表情で彼女を見つめるようになった。


 三田村執事は、頭を押さえ、わあっと叫んで立ち上がった。

「死体は、首と胴体を切り離されていました。そんな猟奇殺人鬼がこの屋敷の中にいるのでしょうか……!」

「落ち着きなさい……」

「犯人は萩本さんの首をちょん切ったのですね。あははは。残酷に殺されてしまったんだ……」

 三田村執事の目には、狂気に似たものが浮かんでいる。ここには杏もいるし、諭吉もいる。これは黙らせないといけない。


「黙らんか!」

 根来が一喝する。その怒号がどどどっと低く地響きのように館内に響くと一瞬にして、周囲の人々は静まり返った。


「あなた方の命は我々が守りましょう。しかし、このような状況だからこそ感情的になってはいけません。こういう状況で感情的になった人間は真っ先に殺される。テレビでも映画でもそうでしょう。それにこうして居間にいれば、狙われることはないはずですよ」

 根来は、不動明王のような表情で周囲に睨みを効かせたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ