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銀泥荘殺人事件  作者: Kan
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5 銀泥荘の惨劇

 五時半頃のことである。星野文子は陰鬱な面持ちで、エレベーターに乗り、三階の展示室の隣にある部屋に向かっていた。それはこういうわけである……。


 彼女は午前五時頃、客室での睡眠中に、奇妙な音が高鳴っていることに気づいて目を覚ました。その音は自分の寝ているベッドの下から聴こえてくるのだった。このままでは諭吉が起きてしまう。文子は、鳴り響いているのが、タイマーのようなものであることはすぐに分かった。

(一体、なにが……)

 これでは寝ていられない、と文子は不満に思いながら、むくりと起き上がって、ベッドの下を眺めた。黒くて平べったいタイマーのようなものが落ちている。しかし、そこには一枚の紙がテープでとめられていた。

(なんだろう、これ……)


 夜中にこんなものを見つけるというのはいかにも薄気味悪いが、館の主人である荘二郎を起こすほどのことでもない。そう思って、文子はタイマーとその紙を拾い上げた。

 ところが文子は、その紙の文面を見て、真っ青になった。否、真っ青になったと表現するのが一般的だが、死人のように血が通わなくなり、肌が灰色になったというのが正確だろう。

 その紙には、数行の文章がしたためられていて、文章の終わりには、三階の部屋に一人で来ることが指示されていた。普通ならば、こんな不気味な指示に従う人はいないのだろうが、文子には従わなければならない理由があったのである。


 このような経緯から、文子が一人でエレベーターに乗り、三階の薄暗い廊下を歩いてゆくと、突き当たりにその部屋はあった。

 物置のような部屋なのだと荘二郎に聞いたことがある。その緑色のドアの上には、ガラス戸の天窓がついており、廊下の明かりが室内に差し込むようになっている。

(この中に何が待っているのかしら……)

 文子の顔は恐怖に歪んでおり、彼女は今に泣き出しそうに、あるいは狂ったように笑い出しそうになっていた。

 彼女は、指示された通り、部屋に入ろうとドアのノブに触れたのだが、鍵がかかっているのか、閂が差してあるのか、それとも内側で物が当たっているのか、ドアは一向に動く気配がない。

(どうしよう……)

 文子が予想していなかった展開に、困惑した。


「はっ……」

 文子はその時、背後に誰かが立っている気配を感じた。背筋が冷たくなった。恐る恐る振り返ると、そこには黒装束にソフト帽をかぶり、銀色の仮面をつけた怪人が立って、こちらをじっと見つめているのではないか。その仮面はニタニタと笑っているようである。文子は、恐怖のあまり叫ぶこともできずに、凍ったようにその場に立ち尽くした。

「あっ……」

 文子がようやく声を出したところで、怪人は、文子になにか嗅がせようと右手に持っている布を顔に近づけてきた。


 文子はそこでようやく血も凍るような叫び声を上げると、元来た廊下を全速力で走った。こうなると人間は速いものである。エレベーターなど使わずに一気に階段を駆け降りると、一階の食堂まであっという間にたどり着いた。そして助けを求める声を何度も何度も狂ったように上げ続けた。


            *


「悲鳴だ!」

 根来は、そう叫ぶのとほぼ同時にベッドから飛び起きて、ドアを閉け、暗い廊下を走りだした。祐介も遅れて部屋から飛び出す。

 一階の食堂から焦っているような声が聞こえてきたので、根来は迷わず、そこに飛び込んだ。そこには文子と楓が抱き合うようにして立っており、文子は息も絶え絶えになっている。

「助けて! 怪人が……」


 根来が二人のそばに駆け寄る。

「何があったのですかな」

「刑事さん! 今、文子さんが……」

 と楓が説明しようとすると、文子は悲痛な声を漏らして、頭を押さえ、椅子に座り込んだ。

「三階の部屋の前で不審者が出たのだそうです」

 と楓が代わりに説明した。

「なんですって。三階ですね。文子さん。その部屋とは一体どの部屋のことですか」

「三階の部屋は、展示室の他に一つしかありません! 廊下の突き当たりにある緑色のドアの部屋です」

 と楓も焦った口調で叫んだ。


 根来警部と羽黒祐介は、顔を見合わせると、すぐに玄関ホールにあるエレベーターを使って、楓に教えられた部屋の前に急行した。そして根来は、ランプの琥珀色の灯りが続いている廊下に異常がないことを確かめると、文子が入ろうとしたという部屋を見た。彼は、ドアを開けようとするが開かない。

「ここに逃げ込んじゃないだろうな」

 根来はドアを睨みつけるとそう呟いた。すると羽黒祐介が、

「根来さん。この天窓から室内の様子が見れるかもしれません。なにか足場になるものはないか、探してみましょう」

 と言った。


 その時、話を聞きつけて駆けつけたらしき、山岡荘二郎と三田村執事の姿がエレベーターの方からやってきた。

「不審者が出たとか……」

 と山岡荘二郎は根来の顔を見ながら言った。

「ええ。このあたりにまだ不審者がいるかもしれません。くれぐれもお気をつけて。ところで、なにか脚立のようなものありませんか? この部屋の中がどうなっているか見たいのですが……」


 三田村執事はそう言われて、すぐにエレベーターに乗って、下の階から脚立を運んできた。根来はすぐさま、脚立の上に飛び乗ると、ガラス窓の引き戸になっている天窓から室内を覗き込んだ。

「ぐえっ……」


 根来が見えた室内は、一部に過ぎなかったが、それでも部屋の半分以上を見渡せた。日頃使わない家具や、荷物が乱雑に置かれている室内。わずかに外の明かりが右側の窓から差し込んでいるだけの薄暗い室内の様子だった。しかし、そこに人間の顔のようなものが転がっているのがはっきりと見えた。それは切断された生首であり、男性のものだった。そして、その右側にはベッドが置かれていて、そこには頭部が切断されてなくなった人間の胴体が寝かされていた。白いシーツは血にまみれている。


「不審者がいるのですか?」

 と山岡荘二郎は不安げに尋ねてくる。

「いや、違う。それよりももっと恐ろしいものだ。人間の生首が転がっているんだよ」

 根来はそう叫ぶと、天窓のガラスの引き戸を開こうとしたが、内側からクレセント錠がかかっているのかぴくりとも動かない。根来は、悔しそうに「くそっ」と呟くと、脚立から飛び降りて、ドアのノブに触れたが、何度触れてもここはまったく開かなかった。


「何かが引っかかっているのか? それとも鍵がかかっているのか。山岡さん。どうやら、本当に人が死んでいるらしいので、このドアをぶち壊そうと思っているのですが、構わないでしょうな?」

「それは仕方ありません。しかし一体誰が亡くなっているのですか?」

「男性です。心当たりは?」

「もしかしたら、小倉じゃないかと思ったのですが……」

「小倉というのは……」

 根来は、山岡荘二郎の顔を睨みながら尋ねた。山岡荘二郎は困惑したような表情を浮かべながら説明を始めた。


「昨日、到着するはずだったわたしの知人なのですが、連絡がつかないまま、ついに昨日は顔を見せなかったのです。なにか事故に巻き込まれたのではないかと心配していたのですよ。だから……」

「百聞は一見にしかず、と言います。わたしが今ここで死者の外見の説明をするよりも、実際に見てもらった方が良さそうです。あまり気持ちのよいものではないが……。このドアをすぐに破壊しますから、斧のようなものを持ってきてください」


「分かりました。すぐに使えるか分かりませんが、よく手入れをしている日本の斧がそこの展示室にあるので、持ってきましょう」

 と山岡荘二郎はそう言って、三田村執事に展示室の鍵を持ってくるよう伝えた。しばらくして、三田村執事は展示室の鍵を持ってきて、その後、展示室から鋭利な斧を一つ持って来た。


 根来は、斧を受け取ると、何度もドアに叩きつけて、ついに穴を空けることに成功した。そこから手を入れて、内側の閂を外した。確かに閂はかかっていたようだ。そしてドアが開いた。

「うわっ……」

 と山岡は叫んだ。部屋の中央の床に、男性の生首が転がっていて、むごたらしい血肉にまみれた切断面をこちらを向けているのだ。右側には、ベッドが置かれていて、そのシーツは真っ赤に染まり、掛け布団もベッドの左側の床にずり落ちていた。そして、そこには首から上がなくなった人間の胴体が横たわっていたのである。

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