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銀泥荘殺人事件  作者: Kan
2/16

1 雪の中の銀泥荘

 ……真実はすべて、雪の中に隠されている。


            *


 銀泥荘(ぎんでいそう)とは、東京在住の美術評論家の山岡荘二郎(やまおかそうじろう)が所有する群馬県の別荘のことである。

 一時、世を騒がせることとなった銀泥荘殺人事件ぎんでいそうさつじんじけんとは、この銀泥荘で起こった猟奇的な殺人事件のことであった。


 死体が発見された時、現場は内側から施錠され、密室と化しており、床には人間の生首が転がっていて、ベッドの上には切り離された胴体が音も立てずに眠っていた。

 事件の幕開けを告げる夜明けには、銀色の仮面をかぶった怪人が出現し、人々を恐怖に落とし入れた。不可解な事実だらけで、解決が困難であったばかりでなく、この事件には一貫しておぞましく陰惨なオーラが漂っていたのである。


 銀泥荘は、山岡荘二郎の別荘に当たるが、それだけでなく古今東西の美術品を収蔵・展示する美術館としての機能も持っていた。そもそも銀泥(ぎんでい)というのは、絵の具のことで、粉末状にした銀を(にかわ)で溶かしたもののことをいう。

 山岡荘二郎は毎年、大晦日になると、この邸宅に客人を招いて、自分のコレクションを公開し、年越しパーティーを行うのが恒例となっていて、事件はこの年越しパーティーの直後に巻き起こったのである。


 さて銀泥荘は、群馬県の山奥にあり、当日は雪が降っていて、日が暮れるにつれ、次第次第に吹雪になろうとしていた。外界と隔離された世界、これはミステリー小説でお馴染みのいわゆるクローズド・サークルという身の毛もよだつ状況であるが、今回の事件もこのような環境の下で起こったのである。


 この難事件を解決したのは東京池袋に事務所を構える名探偵の羽黒祐介であり、群馬県警の根来警部がその捜査協力に当たった。彼らは偶然、この銀泥荘に居合わせたのである。

 羽黒祐介は、いかなる推理で謎を解き明かしたのか、そして、その真相とはどのようなものだったのだろうか、それを今から語るとしよう。


             *


 山岡楓(やまおかかえで)は、白いマグカップを持ち上げ、ミルク混じりのブレンドコーヒーを一口飲んで、ふうとため息をついた。

 居間から窓の外を眺めると、灰色の空の下、あたり一面に白雪が舞い、降り積もっている。山並みも真っ白に染まった世界の中にある。


 楓は、都内の大学に通う女子大生だ。経済学部の二年生で、年齢は二十歳、色白な肌が美しい、可憐な少女だった。肩までかかる黒髪に、インド美人を思わせる大きな黒い瞳が特徴だった。


 彼女は今日の朝、銀泥荘に到着した時から、年越しパーティーのために色々と準備をさせられていた。

 年越しパーティーを開催するには、食堂にしろ客室にしろ、大掃除が必要な状況だった。それが午後三時の現在になってようやく一段落し、楓はコーヒーを淹れてこうして一息ついたところなのだ。


 この銀泥荘は、古風な洋館の外観をしているが、三階建ての現代建築である。三階には、楓の父の山岡荘二郎のコレクションである美術品を陳列する展示室がある。そして、地下にはそうした美術品の収蔵室があるのだ。

 一般の客に展示品を公開するのは、春と秋だけの一定の期間だけだ。その美術品のコレクションは主に、父、荘二郎が知り合いに見せびらかすためのものなのだ。楓は、今宵も父は知人を集めて、コレクションの自慢話をするつもりなのだろうと思った。


 料理人の上沼栄之助(かみぬまえいのすけ)は、昼頃から年越しパーティ―のための料理を準備している。美術評論家の荘二郎は、持ち前の芸術の意識の高さから、料理についても相当に口うるさい。上沼は、父の舌を満足させるために、毎回、工夫を凝らした美味しい料理を振舞っていた。

 午後三時半、そろそろ星野文子(ほしのあやこ)さんとその息子の諭吉(ゆきち)君が銀泥荘に到着する時刻になる、と思って、楓は壁にかかっている時計を見つめていた。


(それにしても、雪降りすぎじゃない? 大丈夫?)

 楓は、窓の外を再度、眺めるとそう思った。

 この銀泥荘は、別荘であるから風光明媚な山の中に建っている。その山という山が、今では雪に白く化粧をされている。大粒の雪が灰色の空から際限なしに落ちてくる。そして今、日本では低気圧による強風が起こっていて、舞い上がる雪も混じり、だんだんと世界が白く染まってゆくので、楓は心配になった。


「吹雪にならないといいけど……」


 と楓は不安げに呟いた。


 その時、銀泥荘のチャイムが鳴った。楓は、客人が到着したことを知り、嬉しそうに椅子から立ち上がって小走りで玄関へと向かった。

 そこにはすでに山岡家の執事に出迎えられている幼稚園児くらいの少年とその母親らしき女性が立っていた。楓は笑顔になるとすぐに声をかけた。

「星野さん!」

 星野文子は、楓の荘二郎の大学時代の後輩であり、その当時も父と共に大学の美術研究会に入っていて、今では荘二郎の関わっている美術倶楽部の会員なのだった。四十代前半の上品な結い髪の女性であり、その美しさはうっとりするほどだった。

 彼女は、執事に挨拶し終えるや、楓に気づいて、あっと声をあげた。

「楓ちゃん! 今日からしばらくの間、よろしくね」


 楓は、子供の頃からこの家族と親しく付き合ってきた。そのため、文子とは仲がいいし、子供の諭吉と会うこともずっと楽しみにしていた。

「こちらこそよろしくお願いします。あら、諭吉君、大きくなったねぇ」

 そう言って、楓は諭吉の頭を撫でる。

 幼稚園児の諭吉は、楓にとっては実に可愛らしいお猿のジョージのような存在で、いつも楓にマスコットキャラクターのような扱いをされている。

 楓は、諭吉が自分になついていて会うなり甘えてくると思っていたのだが、諭吉は、うううっとうなり声を上げて、なにか険しい表情をすると、とうっと叫んで、楓の足を蹴った。


「うわっ、なにすんの」

「こら、諭吉! 楓ちゃんに謝りなさい」

 と文子が怒鳴る。

「オレは、ハイパー仮面だぁ」

 と諭吉は叫んで、楓に飛びついてくる。楓は、どう反応してよいのか分からず、瞬時に攻撃をかわしながら、諭吉を背後から抱きしめる。


「ほんとにこの子はもう……、ハイパー仮面にハマってるんですよ」

 と申し訳なさそうに星野文子は、楓に謝った。

 ハイパー仮面というのは、今放送中の特撮ドラマの主人公である。宇宙飛行士である主人公が飛行中に、宇宙人であるハイパー仮面と衝突し、命を落としてしまう。ハイパー仮面は、宇宙飛行士に我が肉体を提供することで彼の命を救うことにした。二人はそれからというもの一心同体となり、悪の宇宙怪獣と戦うことになるという物語だ。ありきたりな設定だが、小学生の低学年を中心に絶大な人気がある。


「すごいお元気ですね。でも、諭吉くん、ハイパー仮面は、お姉ちゃんのこと、蹴ったりするかな」

「蹴るよ」

 諭吉は、笑顔でそう言うと絡みついてくる。また、わあわあと大騒ぎになる。三人でそのような押し合いへし合いを繰り返している。ただ、それもすぐに落ち着いた。


 しばらくして楓は、執事と共に、この二人を二階の客室に案内することになった。客室は、長方形の部屋にベッドが二つ並び、窓からは外の景色が眺められる。

「雪、大丈夫かなぁ。もう少し落ち着くといいけど……」

 と文子は窓に歩み寄ると、不安そうに言った。


 このようにして、星野文子とその息子の諭吉が、銀泥荘に到着した。日時は、大晦日の午後三時半頃。恐ろしいことにこの時、すでに惨劇は始まっていたのである。


 読者はすでに察せられたと思うが、本編はしばらくの間、女子大生、山岡楓の視点で描かれることになる。そして彼女は殺人事件の犯人ではないことをここにあらかじめ記しておくことにする。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読みながら、「わ、面白……」と声が出てしまいました。 お世辞ではなく本当です。古き良き探偵小説という感じで、古本のめくる感触や匂いが漂ってくるほど。すごく雰囲気があっていいですね。
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