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銀泥荘殺人事件  作者: Kan
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15 銀泥荘の殺人鬼

「分かった。君の推理を聞こう。説明したまえ」

 山岡荘二郎は、祐介を鋭く睨みつける。もう逃げ場がないのかもしれないという予感を感じながら……。


「脱衣所の床に血痕が発見されたことから、地下階に死体があったことは間違いありません。また、上沼さんが浴室に向かった時「使用禁止の札」がかかっていたということから、浴室が死体の切断に使用されたと見て間違いないでしょう。しかし、もしそうだとしたら、時刻的にーーつまり、小倉さんの胴体は十時半以前から三階の部屋に寝かされていたのだからーーそれは小倉さんの死体ではなく、萩本さんの死体だったと言えるでしょう。

 想像できるのは、萩本さんを殺害した現場は収蔵室であり、萩本さんの首を切断した場所は浴場だったということです。そして、切断された首は、あなたが備前焼きを入れていたというあの木箱の中に入れられて、三階に運ばれたということです。備前焼きのサイズが25センチですから、当然、あの木箱には人間の生首が入りますね。

 萩本さんは年越しパーティーの最中に「気分が悪くなった」と言って、自分の部屋に帰ったそうですが、エレベーターには彼の姿が映っていませんでした。彼は、階段を降りて、収蔵室に向かったのでしょう。そして犯人であるあなたと落ち合ったのです。そしてあなたに殺されたのです。

 さて、犯人の行動の動機を考えてみましょう。地下で殺害した萩本の生首を三階に運んで、三階の小倉の胴体と並べるメリットはなんでしょうか? 手がかりは、星野文子さんを脅迫して呼び寄せた、という事実です。

 こうは考えられませんか? 星野文子さんを呼び寄せて、まず三階の部屋で死体を目撃させ、彼女をクロロホルムで失神させた後に、死体を消失させて、地下にその死体を出現させる。さあ、どういう事態になるでしょうか。

 犯人は、死体を三階から地下に運んだということになるのです。ところが、12時以降は、地下室の階段のドアを開けられるのも、美術品用のエレベーターを使用できるのも、鍵の管理人である三田村執事のみです。一般のエレベーターには、防犯カメラが設置されていて、死体が運ばれていないことは明らかな事実になります。この状態で、三階にあった死体を地下に移動したように見せかけると、死体を移動できるのは、三田村執事だけということになり、彼に濡れ衣を着せることができるのです。なかなか良いトリックだと思いませんか?」

「なるほどね。君は探偵をやめて、ミステリー作家になりたまえ。机上の空論を好き勝手並べ立てる三流のミステリー作家にでもなるのだな」

 と山岡荘二郎は、忌々しく思って、饒舌な皮肉を浴びせた。


「お褒めの言葉をありがとうございます。このトリックのポイントは、小倉さんの胴体を萩本さんの胴体に見せかけるところです。そして、あらかじめ地下に萩本さんの胴体を横たえておけば、萩本さんの生首を三階から地下に移動するだけで、一体の死体そのものが移動したように見せかけることができます」

「なるほど。なかなか面白いよ。ミステリー小説を書きたまえ。タイトルは「銀泥荘殺人事件」だな。しかしわたしはフィクションに付き合っている暇はない」

「フィクションではありません」

 祐介が動じることなく、次々と山岡荘二郎が練りだしたトリックを明かしてゆくので、山岡も手に冷や汗をかいている。


「さて、それでは犯人の心理を一つ一つ見ていきましょうか。犯人は、本来の計画であれば、星野文子が失神させ、彼女をどこかに閉じ込めた上で、小倉の胴体を大窓から落としーーすなわち、そうすると死体は大雪に埋もれて隠れてしまう。電話線を切っておいて、自ら、警察を呼びに行くふりをして、車にのせて、山中に捨ててしまうーー萩本の首のみを地下階に運んでしまうというものでした。ところが、犯人が萩本の首を木箱に入れて持ったまま、エレベーターで三階に上がると、部屋のドアは施錠されていて、開きませんでした。犯人は相当焦ったはずです。天窓から室内を覗きこむと、室内に誰かいるとは思えなかったことでしょう。それなのに、このドアは内側から閂をかける他に施錠の方法はありませんから、どう考えてもつじつまが合わないのです。室内でなにかがぶつかっているのかもしれないと思ったのかもしれません。ただ、この状態で小倉さんの胴体が発見されてしまうと、小倉さんが殺されていることが分かってしまいますから、とりあえず計画通りに、死体を萩本さんのものと見せかけるためにも、天窓から萩本さんの首を放り込んだのです。この後、彼が天窓に定規をかけて、施錠されているように見せかけたのは、天窓のみが開いていると、後から首が放り込まれたことが分かってしまうからです。すると胴体と生首は別物であることが判明してしまうのです。さて、犯人がさらに焦ったのは次の段階です。午前五時には、あらかじめセッティングしておいたタイマーが鳴り、文子さんが脅迫状を読んで、この部屋に来てしまいます。もし、そのタイミングで死体が発見されれば、小倉さんの死体を回収するチャンスは永遠になくなってしまう、そう思った犯人は、文子さんが死体を発見する前に失神させてしまうことを思いつきます。ところが、本来の計画ならば、暗い室内で襲おうと思っていたものを、ランプがついている明るい廊下で襲わなくてはならないのです。そこで、犯人は姿を隠す必要が生じ、あの銀色の仮面と黒装束とソフト帽を使おうと考えたのですね」

「なるほど。傑作だね。君は、なかなか焦って血迷っている人間の心理を再現するのが上手いよ。まるでリビングのテーブルの上にボーイズラブの漫画を放り出したまま出かけていった高校生の頃の楓の慌てぶりを思い出すようだ。しかし、それらはすべて推測に過ぎないね」

 山岡荘二郎は、最後の最後まで余裕をかましている。


「この推理にしたがえば、いくつかの疑問点を説明できるのですよ。

 死体があの部屋で発見されたことは、そもそも僕には疑問でした。死体は屋上で切断されたのだと推測した時のことが、あの部屋の前の廊下の突き当たりに大きな窓があることに気がつきました。ここは建物の裏側に当たり、ここから死体を突き落とせば、人目に触れることはありません。ならば、ここから死体を落とし、まわりこんで死体をどこかに捨てにゆくのがもっとも妥当な計画でしょう。しかし、犯人はそうしなかった。その理由が分からなかったのですが、犯人にしてみれば、あの部屋に星野文子さんを呼び寄せて、死体を発見させることがそもそもの目的だったのです。

 また疑問だったのが、犯人は、部屋の向かいにある屋上へと通じる階段で待ち伏せしていたのだと思われますが、ここからドアには5メートルもの距離があり、いくら不意を突こうとしたにしても、クロロホルムを嗅がせるには離れすぎていたことです。そして、実際に怪人は星野文子さんを襲うことに失敗しています。これはつまり、室内に入れなくなったので、隠れ場所を変更したせいなのです。

 また、そのために急遽、怪人の仮面と黒装束とソフト帽が必要になり盗んだために、ずさんな点が目立ったのです。

 ところで、脱いだ仮面や黒装束はどこに捨てたのでしょうか。星野文子さんが叫びながら逃げていった以上、あの場でぐずぐずしてはいられません。おそらく、目の前にあった廊下の突き当たりの大窓から外に放り出したのでしょう。そうすれば、吹雪の中ですから、すぐに雪が隠してくれます。そしておそらく今もまだ雪の中に埋まってことでしょう」

 それは一つの物的証拠になることな間違いなかった。


「しかし、なぜわたしだと言うのかね」

「理由は三つほどあります。第一の根拠は、定規です。死体を発見した時、この定規は現場にありませんでした。ところが、現場にあなたを残して、わたしたちが三田村執事と電話をかけに行ってから、部屋に戻ってくると、なかったはずの定規が増えていたのです。これはいくらなんでも不自然ですよ。あなたはわたしたちがいなくなった隙に、天窓にかけていた定規を外し、クレセント錠をひねってかけたのですね。そしてあの椅子の上の白い封筒の上に定規を投げ出したのですね。

 第二の根拠は、エレベーターの映像を見る限り、生首を地下から三階に運べたのは、木箱を持っていたあなたしかいないのです。手ぶらで移動していた上沼さんではありません。

 第三の根拠は、このトリックはこの銀泥荘の構造に熟知した人間でなければできないことです。それは小倉さん、萩本さん、星野文子さんではありません。そして、容疑がかかるはずだった三田村執事が犯人であるはずはありません」

 

「さて、犯人の心理を一つ一つ理解すると、犯人の未来の行動も自ずと分かってきます。犯人は一貫して、死体の回収に固執しています。必ずや、犯人は部屋に置き去りになっている小倉の胴体を回収し、荻本の胴体と交換しようとしてくることでしょう。吹雪が止んだら、警察が来てしまいます。その前に、あなたが決行することは分かっていました。

 実は、収蔵室の中国の大壺の中に、萩本さんの胴体が隠されていることは気づいていました。あなたは計画が狂いだしてから、すぐに萩本さんの死体を隠すことを考えました。それがあの場所だったのでしょう。しかし、わたしはあえてそれに気づかない振りをして、あなたが動き出すのをじっと待っていたのです。根来さんと打ち合わせて、犯人は今夜中に動くだろうから、睡眠薬を飲まされないように、夕食は取らないことに決めました。そして、三田村執事の部屋の戸棚は破壊され、鍵は盗まれ、美術品運搬用のエレベーターは動きだした。山岡さん、その美術品用のエレベーターのドアを開いてはくれませんか?あるのでしょう、萩本さんの胴体が……」

 山岡荘二郎は、ふうとため息をつくと、美術品用のエレベーターのボタンを押した。ドアはゆっくり開いていった……。

 寝袋のようなビニール袋が置かれていて、その横に楓がうつむいて立っていた。山岡荘二郎は、ふうとため息をつくと、もうどこにも逃げる場所はないことを知ったのである。


「その通りです。なかなか見事な推理でしたな。わたしから答え合わせをしましょうか。わたしは確かに小倉と三田村の共犯に見せかけて、荻本と小倉を殺そうと計画したのです。そのために、三田村のコーラに睡眠薬を混ぜて、彼にアリバイを作らせないようにしました。彼がわたしの言いつけ通り、12時には地下へと通じる階段のドアの鍵を施錠することが計画上必要ではありましたが、彼は仕事が終わった時にしかコーラを飲まないようだから、その点は大丈夫だと考えていました。まさか杏がコーラを飲むとは思いませんでしたがね……。

 小倉はあらかじめ殺害しておいて、屋上で首を切断し、胴体をあの部屋のベッドの上に寝かしておきました。

 また星野文子と小倉の関係は、小倉本人から聞いていたので、脅迫状に使用しました。最初から警察の到着を遅らせるために、電話線を切る予定だったので、脅迫は電話ではなく、手紙とタイマーのアラームを利用したのです。

 そして、わたしは十一時半以降に収蔵室で萩本と待ち合わせていました。彼はわたしをゆすっていましたから、そのことで反対に誘い出したのです。わたしも萩本もエレベーターの防犯カメラに映らないようにと申し合わせて、階段を使用しました。そこでわたしは萩本を絞殺し、すぐに一階に戻ったのです。

 12時が過ぎてから、エレベーターで地下に降り、浴室で萩本の首を切断し、それをビニールで包んで、壺を入れる木箱にしまって、三階に運びました。そして、ここで非常に驚いたのです。小倉の胴体を隠してきた部屋が施錠されていたのです。わたしは、小倉が死んでいることが警察に分かるとまずいと考え、焦って天窓から生首を放り込みました。この時の行動が最大の過ちだったと思うのですが、わたしはさらに生首だけ通る天窓のみ開いている状況では、首と胴体が別人のものとすぐにばれてしまうと考えて、定規を使って、天窓が内側から施錠されているように見せかけたのです。

 問題はここからでした。星野文子があのタイマーのアラームで目を覚まして、死体を発見してしまうと思いました。そうしたら、もう小倉の胴体を回収するチャンスを永遠に失ってしまいます。わたしは星野文子が死体を発見する前に失神させようとしたのです。しかし、そのためにはランプがともっている廊下でも、わたしだと気づかせない格好を用意する必要がありました。その時にわたしが思い出したのが、あの銀の仮面と黒装束とソフト帽です。わたしはあれを持ち出すと、再度、エレベーターで地下に降りていって、萩本の胴体を大壺の中に隠したのです。そして、わたしはどうにか吹雪が止むまでに、この萩本の胴体と小倉の胴体をすり替えようと考えていました。ふたりの遺体は元々すり替えるつもりでしたから、同じパジャマを着せていましたし、血がついたシーツも用意していたので、すり替えはチャンスさえあればできないことはないと考えていたのですが、しかし上手くいきませんでしたな……」

 山岡荘二郎はうつむくと、そう言って悲しげに笑うのだった。山岡荘二郎は振り返って、エレベーターの中に入ると、一人で泣いている楓の頬を触った。彼の手に、涙が伝った。血にまみれている手に悲しみの涙が伝ったのだった。


「楓……」

 山岡荘二郎は、楓に話しかけた。楓は泣きじゃくる。荘二郎はしばらくその顔を見つめていたが、もはや父としてもう娘に語りかけることはできないと思ったのか、それ以上は何も言わずにエレベーターから降りると、祐介と根来の顔をじろりと睨みつけるなり、

「さあ、二人の人間の首を切断したこの殺人鬼をどこにでも連れていきたまえ……」

 と言って、また狂ったような笑い声を空虚に響かせたのだった……。





          「銀泥荘殺人事件」 完

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