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銀泥荘殺人事件  作者: Kan
13/16

12 収蔵室とエレベーターの問題

 しばらくして居間から戻ってきた山岡荘二郎は、羽黒祐介と根来の二人の顔をじろりと見つめる。彼は、少し疲れているらしき顔色になっていた。

「皆には小倉に注意するよう伝えてきました。これからどうしますか」

「じゃあ、防犯カメラの映像を確認させてください」

 と根来は言った。

「わかりました」

 山岡はそう言うと、出口に向かって歩き出した。



 建物の防犯カメラの映像を確認するとーーこれらはインターネットに接続しないでも使える防犯カメラなのであるーーエレベーターの映像には特に変わった人物は誰も映っていなかった。当然、小倉の姿も映っていない。しかし小倉が映っていないということは、小倉が館に侵入していないことを意味しない。

 防犯カメラの映像を前にして、二人はそれを先送りしたり、巻き戻したりしながら、なにか変化が起きる瞬間を見つけ出そうとする。

 まず午後十一時半から十二時にかけての映像である。この間、エレベーターは使用されていなかったようだ。


「奇妙ですね」

 祐介が違和感に気がついて、呟くように言った。

「奇妙、というと?」

 根来が尋ねる。

「山岡さんのお話では、萩本さんは十一時半に居間から出て、二階にある自分の部屋に戻ったというお話でしたが、エレベーターは使用されておらず、彼の姿は映っていません。彼は自分の部屋に戻るのに、エレベーターを使わず、階段を使ったということですね。なぜでしょうか?」

「それは、萩本という男の自由じゃないか?」

 と根来は当たり前のことを言う。

「それは勿論そうですが、不自然でしょう」

「まあ、確かにそうだな。エレベーターが使えるのに、わざわざ階段を登るのは、中国からインドへゆくのにわざわざヒマラヤ山脈を登るようなものだもんな」

 と根来は、深いとも浅いともとれる譬え話をする。


「これが健康な人間ならば、階段を使うことも当然考えられます。しかし「気分が悪くなったから部屋に戻る」と言っていた人間が、エレベーターがあるのに階段を利用するでしょうか……?」

「どういうことだ。これは一体……」

 根来はこの不自然な点をようやく理解できたものの、それをどう考えてよいか分からずに、訴えるように祐介の目を見た。しかし祐介はそれに答えなかった。


 十二時以降になると、まず山岡荘二郎が二階から地下に降りてゆく姿が映っていた。

 一時になると、星野文子が一人でエレベーターに乗ってきて、一階から二階へ移動している。幾分、酔った様子で、エレベーターの中で盆踊りをしている。自室に戻るところなのだろう。

 一時半頃には、山岡荘二郎が地下から美術品用の大きな木箱を抱えて、二階へ向かっている。その木箱に何が入っているのか分からないので、根来が尋ねる。

「この木箱には、何が入っているのですか?」

「備前焼きですよ。展示室でご覧になりませんでしたか?」

 ああ、あれか、と祐介は思った。


 その直後、上沼がエレベーターに乗って、二階から地下に降りてゆき、すぐにまたエレベーターに乗って、一階に向かっている。これが証言にもあった、入浴しようとしたが入れずに戻ったということなのだろうか。つまり、この時には、山岡荘二郎も地下にはいなかったのである。誰もいないはずの地下、しかし浴室にかかっていた「使用禁止の札」……。

 二時十五分には、山岡荘二郎が再び、一階からエレベーターに乗り、地下に降りている。そして三十分後に彼は再びエレベーターに乗り、二階へと向かっている。この時は手ぶらである。

 三時になると、三田村執事が一階から三階に移動している。これは展示室の鍵をかけにゆくところだろう。


 これを羽黒祐介はメモした。



 12:13 山岡荘二郎 (2階から地下階へ)

 01:04 星野文子 (1階から2階へ)

 01:23 山岡荘二郎 (地下階から2階へ)

 01:35 上沼栄之助(2階から地下階へ)

 01:38 上沼栄之助(地下階から1階へ)

 02:15 山岡荘二郎(1階から地下階へ)

 02:48 山岡荘二郎(地下階から2階へ)

 03:02 三田村慶吾(1階から3階へ)

 05:27 星野文子(2階から3階へ)



「もし、小倉氏が誰にも見つからずに、この邸宅に到着していて、誰かの協力によって、館内に侵入していたとします。このエレベーターの防犯カメラに映らずに、三階のあの部屋に向かうことは可能ですか」

 と根来は、山岡荘二郎に尋ねる。

「それは勿論。エレベーターではなく、階段を使えばいいだけの話ですからね」

 と山岡荘二郎は、なにを馬鹿げたことを聞いているのだ、という不快そうな目つきで根来を睨んだ。


「そうですね。ところで、質問なのですが、なぜエレベーターにだけ防犯カメラをつけているのですか?」

「それはこういうわけです。エレベーターで地下に降りると、そこはもう収蔵室になっています。左側には浴室がありますがね。一階から階段で地下に降りる場合には、ディンプルキーの鍵が取り付けてあるドアがあります。これはどちら側からも鍵がないと開かない頑強なドアなのですが、エレベーターにはそれがありません。そこで防犯上、エレベーターにだけ防犯カメラを取り付けたのです。なにしろ、こちらのエレベーターは誰でも使えますからね。勿論、エレベーターも、我々が不在の時期には、停止させております」

 と山岡荘二郎は語った。


「ちょっと待ってください。こちらのエレベーターとおっしゃいましたね。ということは、エレベーターは一つではないのですか?」

 と羽黒祐介が驚いて、質問をする。

「さよう。エレベーターはもう一つあります。美術品を運搬するための大きめのエレベーターです。これは銀泥荘のもっとも奥側に位置していて、地下の収蔵室と、一階のホール、三階の展示室しか停止しないエレベーターになります」

「なるほど」

 祐介は何か考えている様子で、顎に手を当てている。そして自分の推理を語り出した。

「もし、小倉氏が館内に侵入していたとして、この吹雪では、外に逃げたとは到底考えられません。すると、この収蔵室というのは、もっとも良い隠れ場所ではありませんか?」

「それは確かにそうかもしれませんな。確認しに行きますか?」

「ええ、急ぎましょう」

 と祐介は言った。


 三人は、邸宅のエレベーターに乗り、地下に降りていった。地下には、収蔵室と浴室がある。収蔵室は、展示品をしまう棚が並んでいる部屋の他に、大型の美術品が床に置かれている部屋があった。こうした大型の美術品は、美術品用のエレベーターでないと三階に運べないのだろう。

「この中のどこかに、小倉が潜んでいるかもしれない。気をつけるんだぞ……」

 と根来はエレベーターを降りるなり、そんなことを囁いたが、祐介は収蔵室を見渡す限り、そんな気配は微塵も感じられない。


 エレベーターから降りた三人は、一階へと通じる階段があるという方向に向かって歩いていった。そこには、一枚のドアがあり、シリンダー錠の鍵穴が見えている。

「なるほどな。この鍵を開けられるのは執事だけ、というわけか」

 と根来は言った。一階へと通じる階段がある部屋に入るには、このドアを開けなければならないのだが、収蔵室側、階段側のどちらかの側から解錠するにも鍵が必要らしい。つまみがないのである。


 根来は腕組みをしながら考える。

「つまり、三田村執事以外の人物が12時以降にこの地下室に降りてくるには、あの防犯カメラ付きのエレベーターを使わなければならないわけだ。山岡さん。美術品用のエレベーターは人間は使えないのですか?」

「あれは当然、人間も乗ることができますが、あれだって三田村の部屋の戸棚の中にある鍵を使用しないと、運転できない状態にあるのですよ」


「なるほどな。そして、階段と収蔵室との間のドアは12時に施錠されたきり、シリンダー錠は今も開けられていない。ということはやはり、小倉が地下に降りてくるには、あのエレベーターに乗るしかないわけだ」

「そうなりますね」

 それはあくまでも現在、小倉が収蔵室のどこかに隠れている場合だ。防犯カメラの映像を見る限り、小倉の姿は映っていなかったのだから、小倉は現在、収蔵室に降りてきていないことになるのではないだろうか。


「しかし分からんぞ。三田村執事の協力さえあれば、エレベーターに映らずとも、この収蔵室に来ることが可能だからな。羽黒、隈なくこの収蔵室を探すぞ」

「お二人とも、あまり美術品には手を触れないでいただけますかな」

 と山岡荘二郎が厳しい声を上げる。

「中には、貴重なものもありますからな……」


 二人は山岡荘二郎の視線を背中に浴びながら、収蔵室を見てまわることになった。しかし人の姿はやはり確認できない。

 しばらくして、祐介は、ある壺の前で立ち止まった。中国の骨董品らしき壺なのである。巨大な大壺で、1.4メートルほどあろうかと思えるサイズである。しかしいくらなんでも、この狭い壺の中に生きている人間が隠れているとも思えない。


 祐介はしかし、なにかひらめいたようだった。祐介の表情を見る限り、なにか重大な手がかりがこの大壺に隠されているような気がするが、根来はそれがなにかはっきりと分からない。


「そうだ。浴室にも行ってみよう」

 と根来が言って、三人は浴室に向かった。浴室は、何の変哲も感じられない。しかし祐介は脱衣室の隅々まで眺めていると、床に血痕を発見した。この血痕を確認すると、それが被害者のものかどうかは分からなかったが、祐介の中である疑惑が深まる。


「根来さん。もしも、死体を切断するとしたら、この浴室はぴったりだと思いませんか?」

「あんだって。ここで?」

「ええ。上沼さんが浴室に訪れた時、ここには「使用禁止の札」がかかっていたということでしたね。しかし、この時刻に入浴していた人はいないということでしたから、疑問があるわけです……」


 根来はそうかもしれない、と思った。しかしここで死体を切断した場合、それを三階の部屋まで運ぶのはなかなか難しい作業だと思った。

「切断した死体を三階まで運搬するとしたら、普通のエレベーターは防犯カメラがあって使えないのだから、死体を担いで階段を登るか、美術品用のエレベーターを使うしかないな。山岡さん。昨日、美術品用のエレベーターは使用できましたか?」

「いえ、わたし自身、美術品用のエレベーターは使用していませんし、そもそも、あの美術品用のエレベーターは、執事の部屋で管理されている鍵を使用しないことには、運転できないことはもう何度も申し上げている通りです」

 また三田村執事か、根来は、今度は執事に対しても疑いを強めた。小倉犯人説には三田村執事の協力がどうしても必要なのだ、と根来は思った。

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