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銀泥荘殺人事件  作者: Kan
10/16

9 少女と執事の証言

 続いての事情聴取の相手は、山岡杏であった。小学五年生の杏は、室内に入ってくる時、ちょっとぽかんとした表情を浮かべていたが、すぐに目の前の強面の根来を見て怯えてしまった。先ほど根来が人々の混乱を収めた時、杏はまさに猛虎の咆哮を目の当たりにしてしまったのである。

 杏は、体が強張ってどうしようもなく、椅子の上で縮こまる。


「優しいおじさんにすべて話してごらん。隠し事はしないこと、分かったね?」

 と根来は微笑むと、猫撫で声で言った。

「はい……」

「それじゃあ、いくつか、お聞きしようかな。杏ちゃんは、何時にあの部屋の衣装箱に隠れたのかな」

 杏はなんと言ってよいか分からなくなって黙っていたが、急かされることを恐れて、突然、早口で語り出した。


「あ、あの……十時半頃だと思います。諭吉が絶対に見つけられないところに隠れようと思って、あの部屋の衣装箱に入ったんです」

「その際に、部屋には異常はなかった?」

 根来はじろりと虎の(まなこ)で、杏の顔を覗き込んだ。


「い、いえ……電気がつかなくて、部屋の中はよく見えなかったんです。でも床には生首らしいものはなかったし、とにかく隠れられる場所を探してたんです」

「その頃から電灯が切れていたわけだね。なるほど……」

 と根来は頷いて、メモを取る。そして、さらに質問を続ける。

「君がドアの閂をかけたのかな」


「は、はい。部屋の中で隠れ場所が見つかるまで、邪魔が入らないようにと思って、鍵をかけておこうと思ったんです。お父さんに見つかると何言われるか分からないから。でも、その時すごく眠くて、鍵をかけたまま、とにかく衣装箱に潜り込んだところまでは記憶にあるんですけど……」

 さすがに小学生五年生ともなると、物言いがしっかりしている、と祐介は思った。鍵というのは閂のことだろう。


 根来はその話に若干の疑問を感じる。

「なんで、そんなに眠かったんだろうね。まあ、でも十時半にもなると、子供は眠いものか。なるほどね。すると、閂を外すことも忘れて、衣装箱に入ってすぐに眠ってしまったということだね」

 杏の言う通り、午後十時半に、あの部屋が施錠されたのだとすると、被害者の萩本は、午後十一時半まで食堂にいたのだから、当然、彼は現場の室内に入れなかったことになる。それなのに彼はどうして、室内に切断された遺体となって、現れたのだろう。


 それはそれとして、隠れんぼの相手が見つからないまま、それを誰にも伝えずに眠ってしまった諭吉も、子供とはいえ、いかがなものなのか、と祐介は呆れた。


 羽黒祐介は、根来に代わって、杏に質問をした。

「しっかり思い出してほしいんだけど、眠くなる三十分ほど前に、なにか飲み物を飲んだ?」

 杏は、はっとして祐介の顔を見た。杏からみても、羽黒祐介は人類史上最高の美男子なのだから、子供とはいえ、どきどきしてしまう。根来に対する返答とは幾分違う様子で、頬を赤らめると、にんまり笑って、

「お兄さん……お兄さん……。えっとね、冷蔵庫のコーラを飲んだよ」

 と言った。


「コーラ?」

 祐介は首を傾げる。

「そう、三田村が飲んでいたやつ。半分しか残っていなかったけど、冷蔵庫で冷えていたの、それ一本しかなかったから、勝手に飲んだの」

 三田村執事のコーラを飲んでから、三十分後に眠くなったということなのか、と根来は思った。自分だったら、あの三田村執事の唇が触れたペットボトルなんか飲みたくないな、と彼は思った。


「ありがとうね」

 根来は、事情聴取の手応えを感じていた。杏を居間に戻すと、二人は杏の証言について話し合った。


 根来は腕組みをしながら、自分の推理を語り出す。

「三田村執事のコーラを飲んで、杏が眠くなったということは、そのコーラの中に睡眠薬が入っていたということだ。そうだな、羽黒。三田村執事がなぜ、自分のコーラに睡眠薬を入れる必要があったのか。それは簡単な理屈だ。そのコーラを誰かに飲ませるためさ。その誰かとは、被害者である萩本のこと。つまり萩本を眠らせて、後々、殺害するつもりだったんだろう……」


「そうでしょうかね。三田村執事が犯人かどうかは分かりませんが、自分が飲んでいるコーラを誰かに渡しても、その人は普通飲まないと思いますよ。それに、コーラを渡された人が誰かに話したら、誰による犯行によるかはすぐに分かってしまいますからね」

 と羽黒祐介はすぐさま反論した。根来は、祐介に反論されると言い返せるだけの理屈を持っていないので、すぐに折れる。

「それもそうだな。しかし、俺はちょっと三田村執事のことがピリリときたぞ。次は、三田村を事情聴取するとしよう」


 このようなことから、杏の次に呼ばれたのは三田村執事だった。彼は、自分が犯人と疑われていると頭から決めつけているような不機嫌そうな表情で、

「残念ながら、わたしにはアリバイがありません。そうでしょう。皆さんがお休みになるまでわたしは眠れませんでした。つまり、わたしが就寝についたのは、午前三時頃のことであります」

 と語り出したのである。


「それは分かったよ。お前にアリバイがなかったのは分かったが、実のところ、今回の事件では、アリバイを証明できる人間は一人としていないだろう。それよりもだ、ちょっと聴きたいんだが、冷蔵庫に入れていたというコーラ、これについてなにか知っていることがないか教えてくれないか?」

 と根来は一番気になっているコーラについて質問することにした。


「冷蔵庫のコーラ、ですか。あれは不思議でした。わたしの飲みかけのコーラの中身が、いつの間にか、さらに減っていたんです。それで気持ち悪くなって、そのコーラは排水口に流してしまいました」

 そのコーラを勝手に飲んだのは、小学生五年生の杏だったらしいことは分かっているが、問題なのはそのコーラに睡眠薬が入っていた可能性があることだ。根来はこの問題について深く考え込む。

「コーラはよく飲むのか?」

「ええ。ですが、仕事中は飲みません。仕事が終わった時に飲むことにしています。ただ、昨日は冷蔵庫を開けた時に、やたら中身が減っているのが気になったので……」

 と三田村執事は、なぜこんなことを尋ねられているのだろう、とでもいうかのような目つきで、根来をじろりと見ている。


「そのコーラに触れるチャンスは誰にでもあったのか?」

「それはあったでしょうね。厨房には、基本的に上沼さんがいましたが、彼もずっと厨房にいたわけではありませんし……」

「なるほどな。コーラについては以上だ。加えて、質問させていただきたいのだが、被害者の萩本に殺意を持っている人物というのは誰か、心当たりがあるかね?」

「さあ、わたしには分かりません。わたしはあくまでも執事ですからね。旦那さまのお知り合いのプライベートには触れません」

 という彼の口調からは、たとえ何か知っていても絶対に語らない執事魂が感じられた。


「分かった。それじゃ、アリバイはないという話だったが、一応確認させてくれ。昨日の十時半以降の行動を教えてくれ」

「ええ。わたしは午前一時頃まではあっち行ったりこっち行ったり、皆さんのパーティーのために駆けまわっておりました。旦那様のお申し付けで、十二時ちょうどに一階と地下階をつなぐ階段のドアの鍵を施錠することになっておりました。それで、そのためにはエレベーターを使うより、階段を使った方が近いので、階段を降りて、ドアを施錠いたしました。そして、居間のパーティー会場に戻りました。パーティーが解散になった後、わたしは展示室の施錠をしなければならなかったのですが、旦那様のお申し付けで、午前三時まで施錠をいたしませんでした」

「三時まで施錠をしなかった、それはなぜだね?」

「旦那様は、夜遅くまで美術品の展示替えをされていたのです」

 という三田村執事の話を聞くと、展示室の付近にそんなにうろついていたのなら、犯人と出くわしそうなものだ、と根来は思った。


「その時、誰かと会わなかったか?」

「いえ、どなたにも……」

 そう言って、三田村執事はにやりと微笑んだ。

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