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想輝石と奏で手の蛍  作者: 十目六子
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第19話 感覚


 手を伸ばして、ハリは小道具入れの上にいた小さな緑色の石を取り上げた。それを蛍と石琴の前に置く。まるで観客でも配置するように。


「鳴らしてごらん」


 ハリがすり合わせるように両手を合わせた。


「え、これを?」

「そうだよ。この前あたしがやったみたいに」

「いや、いきなり……」

「試しだよ、試し。できなくてもいいけど、できたらすごいじゃないか」

「そんな簡単に……」

「これなら大丈夫だから」


 なにが大丈夫なのか。根拠こんきょのなさそうな物言いに渋々と、蛍は背筋せすじを伸ばす。

 気乗りしない顔はしたが、やってみたい気持ちはもちろんあった。あのときのハリのように、綺麗な音が出るのなら……鳴らしてみたい。


 鍵盤の上に指を置く。さっきの力加減を思い出して、優しく、はっきりと。


(指先は離さない……)


 鳴った音はやはりかすかだ。さっき、ハリが聞こえないと言った音よりさらに少し弱い気がする。


(もう少し強く……か?)


 わからないが、ハリに聞こえるくらいの音のほうがいいのだろうか。少し強く叩くと、今度は音がしない。


 早々ながら、ちょっとくじけそうになる。

 鳴っているのかいないのかもわからないものを、感覚しか頼れない状態で合わせていくとか。長年の技術だとかそういうものが必要な場面ではないのか。


 そう思いながらも、気を取り直すつもりで別の石に別の指で触れてみる。


(このへんとか?)


 感覚しか頼れないなら、むしろ感覚だけでやってみる。

 つまりなんとなくだ。

 指先を置く。


 振動が澄んだ音を奏でた。


「今のはいいね。いい音」


 ハリが囁くように呟いた。


 よかった。小さな安堵に息をつく。だが緑色の石はこれといった反応を見せなかった。

 ハリが石琴を鳴らしたときは、石と石琴の間で音が共鳴するように響いていたし、柔らかい音が聞こえた。それに石の中にほのかな光が浮かんでいた。


 今見える光は、あるのかないのかわからないくらい弱く、ゆっくり明滅している。まどろんでいるときの呼吸を思わせた。

 こいつに起きてもらわなくちゃいけないのだろうかと考える。


 また違う鍵盤へ、指を移動させる。

 音はまた鳴った。さっきより、しっくりくる。

 と……石の中で、ゆったりとまどろんでいた光が、身震いするように震えた。


 音が近いのかもしれない。

 隣の石に指先を置いてみる。音は鳴ったけれど、思っていた音と違う。もっと弱い。もっと高い。場所を変える。


 鳴った。

 石琴もだが。石のほうが。わずかに音を震わせた。気のせいじゃない。なんとなくだが、そう思えた。

 次の音。

 この辺か、と適当な石に触れる。音が違う、こっちじゃない。あちこち鍵盤を移動して、あ、この音……と思ったときだ。


 ――わあ。


 いくつかの音が続けて石と共鳴して、小さな声を見つけ出した。


「……子供?」


 聞こえたのは子供の声だ。おそらく少年の声だろう。幼い声はなにかを喜び、はしゃいでいるようだった。


 もう一度、今なぞったまま同じ場所と同じように鳴らしてみる。

 また同じように石から子供の声が聞こえた。


 やはり不思議と不気味さや恐ろしさは感じなかった。

 空耳のようなものではなくて、記憶の中にいつの間にかあった声を頭が再生している感覚に近いなと、蛍は考えていた。

 頭の中で音や声を思い浮かべているときの感覚によく似ているのだ。


 その先の音を探す。続く音はなぜかなんとなく察しがついた。だからそれに近い音を、石琴にあちこち触れて探していく。


 ――きれい。すごく。きっとよろこぶ。きれいないし。すきだから。


 そこまで聞こえて、蛍は石琴から指を下ろした。


「はー……今の、できてた?」


 自覚なく息を止めていただろうか。思わず深く息を吸い込み、どっと吐き出していた。緊張していた体が一気にゆるむ。


 見上げた先では、うんうんとハリが嬉しそうに顎を引いていた。


「できてたよ、見事なもんだ。上手とは言えないけど、そんなのこれから慣れればすぐに上達する。いいじゃないか。うまいよ、蛍」


 ぱちぱちと拍手までしてくれる。

 べた褒めじゃないかと、蛍は若干身を引いた。子供の遊戯ゆうぎめる大人の悠々(ゆうゆう)さを感じなくもない。卑屈な捉え方だろうか。そうかもしれないけど、まさにその通りな気もする。


「これならきっとやれるよ。あのブレスレット。やってごらん」

「……いいの、本当に?」

「今ので嫌になったんじゃないなら、あたしはもちろんいいよ」

「……うん」


 やってみたい。

 ぼそりと落とすように呟くのが蛍の精一杯だったが、ハリはそれをちゃんと拾ってくれた。


「まずはちょっと休憩しな。石琴は集中力がいるから、ずっとやってると疲れちゃうよ。向こうで一杯お茶でも飲んで……それからだね」

「わかった。そうするよ」


 確かに少し疲労感がある。まだ続けられそうな程度ではあるけれど、ここは師匠に従うべきだろう。

 ハリが緑色の石を再び小さな座布団へ移動させ、立ち上がる。その動作を手伝いながら、蛍は定位置に戻った石を振り返った。


 子供の声が聞こえたということは、子供の気持ちが入り込んでいるという石なのだろう。

 なんだろうか。あの石に、引っ掛かるものを感じる。

 だけどその引っ掛かりがどんな類のものであるのかもわからない。違和感……ではない。既視感きしかん、に近い。


(まあいいか……)


 あれこれ考えるには、少しの疲労がうっとうしい。

 ハリに先導されて、蛍はリビングへと戻った。


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