第12話 後悔
12.後悔
夕食を食べさせてもらって、蛍は帰路につく。
時間は午後八時半すぎ。
自転車に乗って感じる夜気はかなり冷たい。そろそろマフラーの準備をしたほうがいいかもしれない。
街灯の明かりが次から次へと、視界の端を通り過ぎていく。
冷たい空気に息を潜めながら、蛍は思考する。
というより、勝手に思考が脳から滲み出してくるのを、止められずにいる。
(ばあちゃん……傷ついたり、してないかな)
夕食の時も、そのあとも、ハリはいつもと変わらぬ様子だった。にこやかに話し、穏やかに食べ、朗らかに笑う。
藍もまた、特にいつもと違う雰囲気を見せなかった。
食事中であってもハリへの返事が頷くばかりで、あまりにも静かだったが、蛍へ気遣うような視線を投げることはなかった。
だから気にすることじゃないのかもしれない。
ハリも藍ももう忘れているのかもしれない。
けれど蛍の胸に引っかかるのは、自分が発した『気味が悪い』という言葉だった。
(あんな言い方しなくたってよかったよな。断るだけなら、別の言い方でもよかった。なんて俺が言っても、ばあちゃんはたぶんあの箱を引っ込めてくれただろうし……)
言われて嬉しい言葉ではないはずだ。
自分だったら嬉しくない。ムカッとするより前に、悲しい気分になるだろう。
それを自分の仕事に対して言われるのって、どういう気持ちだろう。
孫に言われるのって、どういう気持ちだろう。
想像したら、悲しくなった。
言われたのは自分ではないのに。
言ったのは自分なのに。
苛立ちでも焦燥でもない、けれどどちらにもよく似た思いに急かされて、蛍は自転車を漕ぐ。速度はぐんとあがった。夜風が冷たい。
真っ直ぐ家に帰るのは気が退けた。
父尾はともかく、母はもう帰っている時間だろう。
なんでもなような顔をして「ただいま」と顔を合わせる準備ができていなかった。
十字路で信号に捕まった。
本当なら真っ直ぐ進むそこを右折して、蛍は見かけたファミリーレストランの看板にすがることにした。
安くイタリア料理が食べられるレストランだ。
この店舗には初めて訪れた。
以前まで蛍がアルバイトしていた店とは系列も名前も違う。だからなんだか安心できた。
自転車を停めて中に入ると、どこの店舗に行っても同じ、馴染みのある雰囲気が迎えてくれる。
ひとりだけど、平日の夜なせいもあってとても空いていたため、四人掛けのボックス席を使わせてもらった。
注文したのはドリンクバーとフライドポテト。これさえあれば五時間くらい粘れるけれど、今夜はさすがにそんなに粘るわけにはいかない。
適当な時間で帰らなければ、母も祖母も心配するだろうから。だから今夜は、少しだけ。
温かいコーヒーを入れてきて、フライドポテトを一本かじる。
かじりながらまた少し後悔した。
系列も名前も違うけれど、ファミリーレストランという場所はやっぱりどうしても辞めたばかりのバイトを思い出させた。
それになにより、さっき祖母に向けて言い放った言葉が、蛍のそう遠くでもない記憶をざわつかせる。
――気味悪いですよね。
前にも言ったのだ。そのときは祖母へ向けてではなく、同じバイトの先輩にだ。
もちろん直接面と向かって言い捨てたわけではない。そんな度胸は蛍にはない。
だけど面と向かっていうよりも、ひどい言葉の吐き方だったと思う。