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村を焼かれた私が魔女として王になるまで  作者: たにし
Ⅰ はじまりのはじまり
9/15

9 子供の世界

 私は「しょうかん」について調べることにした。どこにあるのか、どんな子供なら働けるのか。手っ取り早く、「しょうかん」について話していた夫婦に聞くことにした。


「あの、しょうかんって何?」

「ああ? 子供が知らんでもいいとこだ」

「私、働きたいの。働けるとこがあるなら教えて」


 眉をひそめた男が、しっしと手を払って追い払おうおしたが、女の方が前のめりに寄ってきた。値踏みするように上から下まで見られる。

 教会で汚れは落としてきたから、そのあたりにいる孤児よりは汚くないはずだ。


「あらそう? 連れて行ってあげましょうか」


 この女はさっき、「捕まえて売る」と言っていた。連れていかれたら、お金はこの女のものになる。それじゃだめだ。私たちの代金は私たちが貰わなきゃ。


「いらない、自分でいく」


 アーシジルがこの女に見つかったら、問答無用で連れていかれそうだ。彼は背中に隠れてじっとしている。私の気持ちをわかってくれていて嬉しい。

 断った私に鼻白んだ女が吐き捨てた。


「自分から娼館に行くなんて馬鹿じゃないの。あそこは借金があるやつか、誰かに売られてきた奴しかいないの」


「ふーん。わかった、他を探す」


「そうしろそうしろ」


 もう少し話を聞きたかったけれど、距離の近い大人は苦手だ。手を伸ばせば捕まえられる距離で話されると落ち着かない。話を終わらせるために他をと言うと、男のほうがほっとしたように私たちを追い払った。


 彼らから見えないところまで行って、ほっと息をついた。子供でも働ける場所、自分を売れる場所というのが気になって仕方がなかった。

 売ったら他人のものになるのだろうか、アーシジルも誰かのものになってしまう? 意味がわからない。


「アー、どうしよう……」


 途方に暮れていると、アーシジルが通りすがりの女性を捕まえていた。町にいる他の人たちよりも、少しだけ身なりが良いように見える。服は丈夫そうだし飾りも多い。


「しょうかんってなあに?」

「え? 娼館っていうのは、女の人が体を売るところよ」

「こどももうるの?」

「子供はお手伝いするだけよ。大人になってからしか身体は売れないもの」

「ありがとー」


 アーシジルに興味を抱いたようだったが、彼はしゃがんで顔を覗こうとする女性からするりと抜け出して、私のところに帰ってきた。

 上手に抜け出してきて偉いねと褒めると、ぎゅっと抱き着いてうふふと笑っている。アーシジルと一緒なら何でもできる。

 体を売るの意味はわからないけれど、子供はお手伝いをするだけという言葉に希望があった。大人になる前に逃げ出せばいい。それまでに出来ることを増やせば。


「アー、聞いてくれてありがと」

「ソリスがいやなこと、アーがする!」


 アーシジルが抱き着いてくるのは、もしかして抱きしめられているのかと思い至った。いつの間にか、アーシジルは私を助けたいと思ってくれるようになったのだ。この子を辛い目に合わせたりしない。


「行こう、アー、しょうかんに」

「うん。どこにあるの?」

「……探そう」


 まだお金は尽きていないし、健康状態の悪そうな町の孤児たちに負ける気もなかった。私たちは三日ほど街の片隅で野宿をして、身なりが汚れきる前に娼館にたどり着いた。


「行くなら一番おおきなとこにする」

「おー!」


 わかっているのかいないのか。アーシジルは見るもの全てが新しく、楽しいようだ。私のほうが怖気(おじけ)付いているのを隠すのが難しかった。

 だけど、物怖じしないアーシジルのおかげで前向きな気持ちになれるのも事実だ。



 娼館通りは、孤児のいた通りからすぐのところにあった。孤児たちは、親が娼館で働いているものも多いらしい。すぐそこにいるのに会えないし、なんの庇護も受けられないことが、私には不思議で仕方なかった。


 初め、新入りの孤児だと知られて縄張りを主張する少し大きな少年に絡まれたけれど、外で狩りをしていた私はけっこう強かった。大ぶりな動きで殴り掛かってきたのを簡単に倒してしまうと、一目置かれるようになったのだ。アーシジルを捕まえようとするやつもいたけれど、彼も簡単には捕まらなかった。


 町に出ることに不安があったけれど、何とかうまく溶け込めてほっとした。私の赤い髪も、みんなが薄汚れているから気にならないらしい。

 ほとんどが親の顔も知らないぐらい幼い頃に捨てられて、うまく年長者が守ってくれたものが生き残っているという。私達の関係と一緒だった。ひとりでは生きられない。


「ソリスは娼館に行ってもだめかもしれないけど、アーは喜ばれそう。こんなきれいなの、アメシンディのリディナみたいだ」


 喧嘩して仲良くなったイチがアーシジルの顔を見ながら言う。

 彼は孤児の中でもリーダー的な立場の人間だ。普段は誰のことも助けたりしないけれど、死にそうに飢えている子には食べ物を分けている。彼の左腕には酷い痣があって、指先はうまく動かない。幼い頃に食べ物を盗んで熱湯をかけられたそうだ。


 片手が不自由にもかかわらず、器用に通りすがりの人から財布を盗る。彼がお金を持っていると盗んだ金だとばれるから、道端で物乞いをしている子供にお金を渡して買い物をしている。

 私が勝てたのは、彼の片手が不自由だったからと、彼が私を年下の女だと舐めてかかったからだ。今喧嘩したら絶対に負けてしまうだろう。


 町に関しては彼はとても詳しい。娼館についてもいろいろ知っていた。


「アメシンディのリディナ?」


「アメシンディは一番大きな娼館。リディナはそこで一番の娼婦だ。どこかの国のお姫様だったって噂。おれも一回しか見たことないけど、生きてるのか不思議だった」


「アーは、そんなにきれい?」


 確かに綺麗だと思うけれど、私にとっては見慣れた顔だ。ほかの人がどう思うか分かっていなかった。


「うん。リディナと同じ感じ」


「ふーん」


 アーシジルは男だから娼婦になれない。でも、イチも誰もかれも彼を女の子だと思い込んでいる。娼館のひとも騙せるかもしれない。

 大人になったら娼婦になるなら、体を売る前に逃げ出してしまえばバレない。それまで働いて、屋根があってご飯を食べられるなら、それでいい。



 せいぜい三つ程度しか歳が変わらないのに偉そうなイチがいない隙に、私達は娼館通りに足を踏み入れた。昼間の娼館通りは静かで、私と変わらない年頃の子供が荷物を持って歩いたりしている。

 特徴のある布を目立つように身につけていて、あれがイチの言っていた目印だと分かった。


 娼館ごとに決まった絵柄があって、娼館に属する人間はみんな見えるように身につけるという。それがあると、一人で外に出ていても攫われない。

 娼館には用心棒と呼ばれる強い人がいて、もし娼館の誰かが他所の人間に危害を加えられたら、大変なことになるらしい。


 娼館通りは手前から安い店があり、いちばん奥にお城のような大きな店がある。そこがアメシンディだ。

 いかにも強そうな用心棒が何人もウロウロしているし、中から出てくる大人は、服も靴もピカピカで、上から下までお金持ちそうだ。


 竦みそうな足を地面につけて、私はマナハいちだと聞いた娼館アメシンディの扉を叩いた。



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