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村を焼かれた私が魔女として王になるまで  作者: たにし
Ⅰ はじまりのはじまり
8/15

8 マナハの教会

 屋根があり獣の心配のない寝床はありがたく、久しぶりのまともな食事と相まって私たちはぐっすりと眠ってしまった。

 夜中に私達の部屋に侵入した者が消えてしまったなどということは、全く知らなかった。



「ソリス、あさだよ」


「んー……あっ、痛っ」


 起きようとして身動いだが、寝台の下ということを忘れていて、したたかに頭を打ち付けてしまった。アーシジルが痛いの飛んでけ、とふうふうしてくれる。

 小さな窓から朝日が入って、照らされたアーシジルは天使のように美しい。


 これはまずいのではないか。

 綺麗にできるのが嬉しくて、昨日はついアーシジルを特にぴかぴかにしてしまった。現に夕飯を持ってきた女性の視線はアーシジルに釘付けだった。


 昨日買った服をよく見ると、アーシジル用のもう一枚にはフードがついていた。


「アー、こっちに着替えて。それで、フードは絶対取っちゃだめよ? アーはね、すごく可愛いの。盗まれちゃうかもしれないからね。盗まれたらもう会えないかもしれないの」


「やだー。ソリスといっしょがいい」


 アーシジルが慌てて服を変えて、フードをしっかりとかぶった。ここは見られてしまっているから、早く逃げ出そう。


 入り口をそっと開けたけれど、慌ただしい気配はあっても誰もいない。私達はそっとひと気のない方へ向かった。

 見たこともない大きな建物は、あちこちに扉があってどこが外に繋がっているのか見当もつかなかった。なんとなく向かっていくと、突然空間が広がって外に出た。外といってもぐるりと建物に囲まれている外だ。

 そこには、シジルの木が立っていた。


「シジル……」


「アーの木?」


「そう、これが神の木。だからここに神殿があるのね」


 帯にくくりつけた枝が、私たちをここに導いたのだろうか。

 この木には実がなってない。アーシジルに食べさせてあげたかった。


「おい、そこで何をしている」


 振り向くと、槍を持った大人の男が私たちを見ていた。別のところからも集まってきていて、逃げられそうにない。

 アーシジルを抱きしめて男を睨んでいると、困ったように頭を掻いた。


「べつに怒ってるわけじゃないぞ? この木はシジルだ。折ったりしたら枯れてしまうかもしれないからな、守ってるんだよ。どこから来たんだ?」


「昨日、女の人に泊めてもらったんです。お金もちゃんと渡しました。ちょっとしかなかったけど……」


「ああ、孤児が頼ってきたのか。ちょっとしかない金を受け取った? ……そのお金は君たちの大事なお金だ。ちゃんと返すからどれだけ渡したかわかるか?」


 槍を後ろに置き、膝をついて私たちと視線を合わせた男の表情は穏やかだった。怒りも嫌悪もない。対応に戸惑っていると、アーシジルが答えた。


「これだけだよ!」


 片手を開き、もう片手は指を一本立てている。


「銅六枚か。よく覚えてて偉いな」


「うん、アーはわすれないもん」


「そりゃすごい。おい、ちょっと俺はこの子たちを送ってくる」


 後ろに来ていた男たちに槍を預けて、彼は私たちを先導して歩きだした。


「ほら、こっちが大聖堂。すごいだろう。シジルの木を模した飾り窓だ」


「きれいー、ソリス、きれい」


「うん」


 アーシジルはすっかり男に懐いて、いつの間にか手を繋いでいる。そうだった、悪い大人ばかりじゃない。大人に対しての警戒心がなさ過ぎてもいけないけれど、受けられる親切を受け取れなくなるのも損になってしまう。


「おじちゃんもな、君たちぐらいの息子がいるんだよ」


「むすこってなにー?」


「男の子ってことだ」


「ふーん?」


 アーシジルは男女の区別がよくわかっていない。私もわからないけれど、男は乱暴なものが多くて人を殺すと思っていた。でもアーシジルは乱暴じゃないし、私のほうが乱暴だ。父も男だけれど、力が強くても誰も傷つけずに母と私たちを守っていた。でも、村を襲ったのは男たちで……ああ、こういうことは私には難しい。


「こっちが宿舎でな、おじさんたちが住んでいるところだ。ちょっと待っててな」


 男はたくさんある扉のひとつに飛び込んで、何かを持って出てきた。私に手を出すように言うと、銀のお金を一枚置いた。


「おじさん、銅が足りなかったからこれで許してな。銅十枚分だから足りるはずだぞ」


「多い」


「妹ちゃんに菓子でも買ってやりなさい。おじさんも女の子が欲しくなったよ。男の子も元気で可愛いけど、女の子もいいなぁ」


 いつの間にかアーシジルはおじさんの腕に抱かれている。ちゃんと返してくれるのか不安になったけれど、ちゃんと教会の外まで連れて行ってくれた。アーシジルがいつも通りに私の帯の端を掴んでほっとする。


「どこか行く当てはあるのかい?」


「働きたい。住むところも欲しい」


「まじか。うーん、ちょっと待って。どっかないかな……女の子二人か」


 この際だから甘えまくろうと思ったが、そううまくはいかないようだ。二人まとめて働ける場所が少ないようだということは理解した。


「いいよ、自分で探す。ありがとうございました」


「ありがとー」


「あっ、おい、待て」


 時間がもったいないと思った。優しい人に触れて、町にいることに希望が生まれていた。私は浮かれてアーシジルの手を引いて町中を探検することにした。



 教会から四方に大きな道があり、その道沿いには大きな石造りの建物が並んでいた。どこも綺麗で、夢の国のようだった。教会から離れていくにつれて建物は小さくなり、次第に木造になって粗末になっていった。台の上に物を置いただけの店のようなものもあって、昨日の私たちのような見た目の子供がじっと見ている。彼らは店の主が目を離した隙に盗もうとしているのだ。盗んだ子供は棒で滅多打ちにされて、命からがら暗がりに消えていく。そのまま動かなくなっているものもいた。


 家がない私たちもああなるしかないのだろうか。毛皮はもうない。多少持っている銀のお金も、少しずつ食べ物を買えば一日一枚はなくなってしまう。浮かれていた気持ちに冷や水を浴びせられたようだったが、現実に戻るのが早くて良かったと思った。


「ったく、浮浪児どもめ。あいつらとっ捕まえて娼館に売ったら多少は金になるんじゃないか」


「娼館だってあんな汚い子供はいらないだろ。まともに働く気のない奴らなんて、どこだってお断りだよ」


 子供を棒で叩いていた男が、暗がりに逃げ込んだ子供を見て吐き捨てた。それに妻らしい女がため息交じりで応じている。

 しょうかん? 子供が働ける場所だろうか。


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