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村を焼かれた私が魔女として王になるまで  作者: たにし
Ⅰ はじまりのはじまり
4/15

4 厳しい冬

 よちよち歩きの子供を連れて歩くのは大変だった。仕掛けのあるところに行くだけでも普段の何倍もの時間がかかってしまう。だけど彼の食べられるものをどうにかして用意しなければいけない。ユーリスよりも食べられるものは多そうだったけれど、硬いものは食べられないから気を付けている。

 彼の迎えは季節が二つ過ぎても来なかった。子供は私の名前を覚えた。


「そーり」

「ソリス」

「そーりゅ」

「ソリス」

「そーりゅりゅ」


 子供の名前はわからない。籠や布に書いてあったとしても読めない。仕方ないから赤ん坊という意味の「アー」と呼んでいる。


「アーは、どこのから来たのかな。お父さんやお母さんのこと、覚えてる?」

「そーりゅ!」


 嬉しそうに私の名を呼ぶアーは、親を恋しがるそぶりを見せなかった。誰もいないのは耐えられないようで、私が見えないと探し回るだけだ。

 毎日山を歩き回っているために、アーも幼児にしてはよく歩くようになった。ただ、最近は魚が捕れにくくなってしまったから、肉はまだうまく食べられないアーのための食事を考えなければならない。山の芋や、木の実の季節が終わってしまった。



 ふと思い立って、アーを伴って村に下りてみた。あれから一年ほど経っているから、荒れた雰囲気もずいぶんましになっている。

 家はみんな焼けてしまったけれど、畑の脇に生えていたシジルという果樹が実っている。下の方は獣が荒らした形跡があったけれど、登れば無事な実がとれたからほっとした。

 シジルはもいでからも長持ちするから重宝されていた。手間をかけてもうまく育たない変わった木で、自然に生えてきた木に手を加えないようにすると実るらしい。作物が豊作の時にはあまり実らず、不作になるとたわわに実をつける神の木だと聞いていた。


「アー、この木は神様の木でね、シジルっていうの。山の中にもたまに生えているんだって。困ったときはこの木をさがすといいのよ。歌があるの。シジルの花はきたむき、シジルの根っこは大地を守る、シジルの葉っぱは魔除けになって、その実はひとを守る。っていうの。お母さんがよく歌ってくれたわ」

「しーる、しーる」

「そう、じょうずね」


 アーにシジルの歌を教えて一緒に歌う。母の声を思い出しながら、アーの声を忘れないようにしようと思った。私はもう、ユーリスの声を忘れてしまったから。




 食糧を取るのにも二人の生活にも慣れてきた頃、いつもより厳しい冬が来た。あとから振り返れば、その前の年の冬が驚くほど温かかっただけだった。洞窟の入り口はすっかり雪で塞がれて、私達は多くはない食糧を少しずつ食べて春が来るのを待っていた。


 食糧が尽きてきて、あと数日ぶんもあるだろうかというとき、アーが熱を出した。私の腕の中で細い腕が必死に縋ってくる。水を飲むのすら苦しそうで、私は何故冬の間だけでも村に下りておかなかったのだろう。村なら少なくともシジルがあったはずだ。あの木は冬の間でも実をつけるのに。

 そうだ、アーが動かせないなら取ってくればいい。夜なら私の時間だ。夜の闇の中なら何故か私は迷わない。


「アー、まっててね。すぐに戻ってくるから」

「そー……」


 眠っていると思ったアーが私の名を呼んだけれど、ぎゅっと抱きしめてから洞窟を飛び出した。転げ落ちるように山を下る。雪があるから下りるのは簡単だった。真っ直ぐにジジルの木を目指して、一つだけ実をつけているのを見つけた。

 高い位置の細い枝の先に輝いているように見えた。神の木は私を、アーを見捨てていない。下は雪だ実が取れたら落ちても大丈夫、不安定な枝への不安を心に押し込めて木に登った。


 あと少し、手を伸ばした先を掴んだ瞬間に落ちた。雪のお陰で衝撃は優しく、私はすぐに跳ね起きた。手にはジジルの枝を掴んでいて、実もついている。

 これならアーも食べられるはずだ。


 山に向かおうとした時、私は方角を見失った。まだ夜なのに、洞窟の場所がわからない。


 ——ジジルは神の木、神の枝。実もいいよ。葉っぱもいいけど、枝を折ってはいけないよ。木を倒せば厄災がが来て、枝を折ったら幸せ逃す——


 幸せ、幸せなんかじゃない。アーは死にかけてる。それの何が幸せなの。生きていても幸せになれるかなんて知らない。子供だけでいつまで生き延びていられるかわからない。

 神なら小さな子供を守る力をくれてもいいじゃない。私は見失わない。二度と失いはしない!


 頭によぎったシジルの歌の続きを振り払った。その瞬間、洞窟の場所がわかる。シジルの枝と実を懐に入れて、私は駆け出した。手足は氷のように冷たいけれど、アーはもっと寂しがっている。すぐに戻ると言ったのだから、待っている。


 時間の感覚はなかった。


「アー! 戻ってきたわ。シジルよ……アー……!? 何!? いや!!」


 地に伏すアーの周りに闇が凝ったような靄が纏わり付いていた。駆け寄って振り払おうとしたけれど、いうことを聞かない。

 お前は私の・・・のはずなのに!!


「いうことをききなさい!!」


 かっとなって叫ぶと、靄が霧散した。

 必死でアーを揺らすと、ふーっと息をした。弱々しく瞳を開いて私の名前を呼ぼうとした。そこにシジルを割って果汁を垂らすと、喉がこくりと鳴った。


「もっ」

「うん、大きな実だからね、大丈夫まだあるわ」


 もっとと言う声に生きる意志を感じてほっとする。シジルの果汁を飲み干して、穏やかな顔で再び眠るアーにほっとした。息をしているし、温かい。

 先ほどの靄を恐ろしいとは思わなかったけれど、アーにとっては危険な気がした。あれは何だったのだろう……。

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