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村を焼かれた私が魔女として王になるまで  作者: たにし
Ⅰ はじまりのはじまり
13/15

13 お使いと再会

 私はアーシジルにリディナが母親だと言えなかった。彼女の刺繍がアーシジルを包んでいた布にあったことを知っているのは私だけなのに。

 あの布は旅の間になくなってしまった。着る服にさえ困っていたから、大事だからと取っておけるものはなかった。だから、寸分違わず同じだったかは分からない。リディナと同じような風習の地方の子供かもしれない。

 確証のないことを伝えても辛いだけだ。親子だとわかったところで、アーシジルやリディナが嬉しく思うのかもわからない。


「考えるのは苦手よ……」


 リディナの着物を洗いながら、こういう身体を使う作業は得意なんだけど、とため息をついた。私は体を動かしている方が性に合っている。考えることは苦手だ。

 二人に事実を話してしまえば楽になる。だけど、ただでさえ仲のいい二人から、私が仲間外れにされそうで怖い。そんなことをする二人じゃないけれど、人の心は簡単に変わるのをいくつも見た。


 この娼館で働いたおかげで、知った人の心の儚さ。毎日熱烈な愛を囁いて大金をはたいて娼婦を買っていた男が、ある日突然来なくなる。ふと外を見ると、向かいの娼館に笑顔で入っていく。「よくあることさ」と嘯いた娼婦は翌日部屋で首を吊っていた。それもまた「よくあること」と片付けられる。


 こんな環境でも心を失わなかった優しい人から死んでいく。リディナも優しい。

 きっと自分の子(アーシジル)に娼婦をしているなんて知られたくないに違いない。自分の子供のように思うのと、本当の子供とは違うはずだ。黙っていなきゃ。せっかく今が穏やかなのに、変わってしまうことが怖い。


 いつも難しい問題はアーシジルに丸投げしてしまうから、自分の中でぐるぐると問題が回り続けていて面倒臭い。


 私の水揚げの話も、みんながピリピリしている。大きな問題じゃないのに。娼館の娘はみんな通る道なのだから、私だけが耐えられないなんてことはないはずだ。


 アーシジルが水揚げするのは許せないけれど、そもそも彼は男だから店には出られない。男を売る店もあると聞いたけど、そういう店では女のような外見の男は必要ないだろうし。わざわざ男を買いに行く人間はきっと男らしいタイプが良いのだろう。きっとそうだ。私のアーシジルは酷い目に合わない、はずだもの。


「ソリス、それボロボロじゃないの。何年ここにいるんだい。洗濯もまともにできないの」


 アーシジルを従えたリディナに指摘されて手元を見ると、丁寧に洗わなければならない薄物がぐしゃぐしゃになっている。火熨斗を使ってもこれは戻らないだろう。考え事をしていたせいで失敗をしてしまった。

 これはリディナの馴染みの客がプレゼントしたものだ。あの客が来るときは必ずリディナは身に着けていた。初めての大きな失敗に、ぐっと口を引き締めた。水揚げをすればお金が入るはずだから、それで許してもらえるだろうか。私の水揚げにリディナの薄物一つ分の価値があるだろうか……。


「ふぅ、それは同じものがないから、お詫びの品を用意しなきゃ。ソリス、金を預けるから町の東の端にある工房に行って、お客様が好みそうなものを買っておいで。ケチって私の顔を潰さないでよ」

「え……一人で?」

「暇なのはあんた一人よ。アーシュを置いて逃げたりしないでしょう?」

「逃げないわ!」


 アーシュ、アーシジルがリディナの陰から心配そうに見ている。いろんなことが分かるようになって、アーシジルは私に対してとても心配症になった。私なんかが目を付けられるはずがないのに、客の前に出たら襲われると信じている節がある。


「アーシュ、ちょっとお使い行ってくるわね」

「ソリス……気を付けてね」

「山猿みたいでも穴があるってだけで襲う男もいるから、大通りから行くのよ」

「ソリス」

「山猿はすばしっこいのが取り柄だから大丈夫」


 リディナの憎まれ口に、アーシジルの不安が高まったようだ。これは早く用事を済ませて帰らなくては。

 私にそう思わせるためのリディナの策略だろうか。彼女は頭がいいから、何もかも見透かされて手の上で転がされているような気になる。

 悔しいけれど、リディナがアーシジルを気に入っている間は守ってくれるだろうから、私は逆らわない


 アーシジルの細い腕、細い足、まだ、二人で生きていくには弱々しい。彼がもう少し大きくなるまではここで守りたい。そのためには、私が娼婦として店に出ることなんて些細な問題だ。命を失うわけじゃないんだから。




 リディナに持たされたのは結構な大金だった。町の中央にある店で特別な糸で織られたチーフを受け取るらしい。チーフひとつで安い娼婦が見受けできる額だ。

 アメシンディから店は少しだけ距離がある。私は懐に隠した大金を気取られないように、つとめて何でもないような顔で足早に店に向かった。


「お前、ソリスじゃないか?」


 不意に声をかけられて、思わず振り向いてしまう。

 そこにいたのは、成長したイチだった。孤児のリーダーだった彼も無事に成長できたらしい。私よりも少し背が高いだけだったのに、今は頭一つぶん以上も背が高い。私だって背は伸びたのに。

 彼の声に反応したことで、私が昔馴染みだとばれてしまい、物陰に引っ張っていかれてしまう。一瞬、大声を出して助けを求めたほうがいいか迷ったが、見知らぬ大人よりはイチのほうが話が通じる気がした。

 人目を避けているけれど私の逃げ道を塞ぐやり方ではないから、大丈夫だろう。体格差がないときは互角だった私たちだけど、今は勝てる気がしない。相手の力量を見誤ってはいけないとダラスからも教わった。


 イチは周囲に視線を巡らせて、私たちに意識を向けていることがないことを確認してから口を開いた。


「お前アメシンディで働いているって聞いてたけど、年季が明けたのか?」

「あんたには関係ないでしょ」

「……アーはどうした。あいつを売ったのか」


 カッとなってイチの股間を蹴り上げようとしたが、当たらなかった。


「あっぶね。お前な」

「私がアーを売ったりするわけがないじゃない」

「ははっ、変わってねぇ」


 下からにらみつけると、イチが鼻の頭を指で撫でながら笑った。楽しい時の癖は変わらないらしい。一緒にいたのはほんの少しの間だったけど、イチとは気が合った。


「アーが待っているから早く帰りたいの。あの子は心配性だから」

「あいつも元気なんだな。ソリス、俺も昔と大して変わらないけど、町外れの家をねぐらにして、前よりはいい暮らしになってる。抜けたくなったらいつでも来いよ。俺が二人とも守ってやる」


 思いがけない言葉だった。私は自分がアーシジルを守らなければならないと思っていたけれど、私たちを二人とも守る……? 


「いらないわ。早く帰りたいから――? なに?」


 町の外のほうから妙な叫び声が響いた。悲鳴のような……嫌な記憶が蘇る。

 イチと一緒に路地から飛び出して、声の方向を見上げると煙が上がっている。煙の上がっている方向から逃げるように人が走ってくる。あちらにはアメシンディがある。


「なんかやばそうだな、ソリス、逃げたほうが……ってお前! 何でそっち!」


 イチの声を無視して私は走り出した。すぐだ、アメシンディはすぐ。今度は守り切る。井戸の中に浮いていた弟が脳裏によぎる。あんな悲しい思いは御免だ。

 あの時より私は強くなった。だから、アーシジル、お姉ちゃんが迎えに行くから。




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