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村を焼かれた私が魔女として王になるまで  作者: たにし
Ⅰ はじまりのはじまり
12/15

12 偶然ではなかった類似

 アメシンディに来て四年が経った。私の水揚げをどうするかなんて話が出始めて、アーシジルが二人で話したがるのを避けている。

 アーシジルはすくすくと育って、同じ年代の子よりも大きくなった。男だからかもしれない。

 リディナといつも一緒にいるから仕草が似てきて、色気に満ちた子供になってしまった。背が高いからと、歳を誤魔化して店に出される日が早まりそうで心配だ。


 いくら大きめでもまだ十に満たない。二人で平原を抜けて行く先もない。

 きな臭い話題が増えていて、二つ先の町まで戦火が広がっているというものだ。この町から逃げても、女と子供では兵士に囲まれたらおしまいだろう。


 リディナは事後の片付けは私にさせる。アーシジルにもやらせるけれど、たいていは私を指名する。アーシジルは子供だけど、男だから嫌な時もあるんだろう。リディナはアーシジルが男だと初日に気付いたらしい。


 年齢を感じさせないリディナがいくつなのか、誰も知らない。彼女を魔女だと言う人もいるけれど、食べるものにも手入れにも気をつけているからだと思う。


「ソリス、あなたは綺麗にならないわね。また傷作って……。アーシャのほうが余程娘らしいわ」


 昨日足を引っ掛けられて思いっきり転んだから、膝に大きな傷ができてしまった。寝そべったままのリディナに見えてしまって、呆れたように呟いている。


「……すいません」


 ここでリディナの世話になっているということは理解している。水揚げの時に傷があるのがまずいのもわかる。だから嫌がらせを受けたのだけど……。


「リディナ、さんの水揚げはどうだったの?」


 どこかのお姫様だったというのは、本当のようだった。リディナは十年ほどこの娼館にいると聞いている。


「私? 派手だったわ。すぐ妊娠して大騒ぎだったけど」


 娼婦達は子供かできないために、薬を飲んだり色々な対策をしている。それでも出来てしまって、泣く泣く子を里子に出すばかりだ。

 お金がなくて娘を売ったような家に赤子を戻しても、育てて貰える保証がない。だから、子を産んだ娼婦は、産んだ子を赤子専門の人買いに売るか、実家に送るかを選ばされる。

 人買いに売れば少し借金が減り、実家に送ると借金が増える。どちらにしても苦しみしかない。

 リディナは子を家に送ったのだろうか。人買いに売って自分の借金を減らすような性格ではない。


「まだ小娘だったから、今なら人買いのほうだったって、わかるけどね……」


 弱いところなんて見せないリディナが、うとうととしながら呟いた言葉が胸に刺さる。知らないということは、弱みになる。ここに来て知ったたくさんのことは、私とアーシジルを守るだろう。


 そのままリディナは眠ってしまった。

 彼女に布団をかけて、汚れたものを回収して部屋を出る。

 ふと、隣の部屋で眠るアーシジルの寝顔を見つめた。

 確信はないけれど、疑っていることがあった。リディナが子を産んでいたなんて知らなかったけれど、知ったらそう(・・)としか思えない。

 アーシジルはリディナの子だ。少なくとも血縁ではないかと思っていたから、そうだとすると辻褄が合う。

 証拠がないから、リディナはもちろん、アーシジルにも言えない。それに、二人にそれを言ってしまったら私がひとり、家族でなくなる。


 可能性でも、アーシジルを拾った時のことをリディナに教えたら喜ぶかもしれない。だけど言いたくない。リディナはただでさえアーシジルばかり傍に置きたがる。

 私はリディナが好きというわけじゃないけど……。お互いに反りが合わない感じで、当たらず触らずといった距離感がちょうどいいのだけれど。アーシジルを取られそうで不安なのか、リディナの関心が完全にアーシジルだけにしか向かなくなるのが寂しいのか、自分の気持ちがわからなかった。



「ソリス、どうしたの?」

「なんでもない……。アーこそ、何してるの?」

「これ? リディナに刺繍を教えてもらったんだ。綺麗に縫えるようになってきたから、ソリスの水揚げまでには一人前になれそうだよ」


 嬉しそうに見せられた刺繍の絵は、どこかで見たような絵だった。どこだっただろうか。リディナがアーシジルに教えたのなら、リディナの私物にこんな刺繍があった? 

 ずいぶん大きくなったといっても、私よりもまだ頭一つ分小さなアーシジル。長く伸びた銀髪はリディナより少しだけ色が暗いだろうか。睫毛も長く小さな顔は、黙っていると人形のようだ。


 美容を意識させるために、この娼館の部屋には大きな鏡が必ず設置されている。そこを見ると、赤い癖のある髪を無理やり結わえた野獣のような私がいる。化粧でどうにでもごまかせると聞いているけれど、このきつい顔立ちは化粧でどうにかできる範囲を超えているような気がする。


「化粧品なら横の箱に入れてあるよ」

「まだ店に出るわけじゃないから化粧なんてしなくていいでしょ」

「ふふ、そうだね。……ソリス、いつ」

「今日は疲れちゃったから寝るわね。刺繍出来上がったら見せて」

「……うん」


 アーシジルが言いかけたのは、いつ店から出るかという話だろう。私が店に出るのを彼が一番嫌がっている。逃げだしても生きていける技術を、彼なりにリディナから盗んでいるから。

 物事を知れば知るほど、私は己の無力さを思い知る。アーシジルは美しい。きっと外に出たら男だろうが不埒な輩に目を付けられるに決まっている。守りたくても守り切れないかもしれない。私は弱いから。今でもダラスに一撃も食らわせられないし、鍛えてもいない禿の罠に気付かずに転んでしまった。


 寝返りを打つふりをして、刺繍をするアーシジルを盗み見る。

 弟の死体を見つけたときの絶望は忘れられない。アーシジルを幸せにするにはどうしたらいいのだろう。知識がまだまだ足りないから、私が店に出るとしてもここにいたほうが安全だと思う。

 そんなことをうとうとしながら考えて、意識が落ちる寸前、刺繍を見た場所を思い出した。


 ……あ、あの模様、アーシジルを見つけたときに包まれていた布に刺繍されていたやつだ。


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