11 アメシンディの生活
リディナの禿は仕事が多かった。アーシジルも頑張って覚えようとしていたが、リディナが彼を気に入って芸事を教えるようになったから、私が全ての雑用を担うことになった。
元はどこかの国の姫だったという噂は本当なのか、リディナの教養のレベルは高かった。アーシジルも吸収が早く、文字や物語を私が教えてもらうようになるのはすぐだった。
「ソリス、それは『山』だよ」
「……アーがわかってるなら、私が覚えなくてもいいじゃない。体を動かしてるほうが性に合ってる」
「勉強も面白いよ?」
一年で大人顔負けの話し方をするようになったアーシジルに、街に来て良かったと思う。
リディナの禿になったことで、ほかの禿たちには妬まれて意地悪をされたりもするけど、私には気にならないものだった。叱られても殺される訳じゃない。あるはずの場所から物を隠されて見つけられないなら、隠した奴が悪いのだし。
獣を狩った経験もあったから、意外に腕っ節も強いと認められてからは、用心棒にこっそり戦い方を教えてもらっている。
「ソリス、お前ら借金がないんだから、店に出る前にここを出て行けよ? お前の器量じゃ客も選べないしな。店主はお前らが来てからリディナの機嫌がいいって喜んでるけど、そこまで悪人じゃねえから」
誰よりも悪人面した用心棒のダラスが、お前は俺の息子だなんて頭を撫でてくれるようになった。子供扱いはするけれど、女扱いはしない。
どこかの国で兵士をしてたけど、この顔のせいで冤罪を着せられて流れ着いたんだと言っている。どこまで本当かわからない。顔は恐ろしいが、規則を守る子供には優しいことを知ることができた。
「いまはリディナが隠してるけど、アーシャが目を付けられるのも時間の問題だろうし」
「十五になるまでは客は取らなくていいんでしょ?」
「ああ、でも目をつけておいて、水揚げに大枚をはたいて、そのまま身請けするってやつもいる。いろんな奴を相手にしなくていいから、それを狙ってる禿も結構いる」
アーシジルのことはアーシャという名で呼んでいる。ここでは女らしい名前のほうがいいからだ。彼はリディナに娼妓としてのいろいろなことを教わっている。私が外向きの雑用をしているから、必然的に彼がリディナの相手をすることになるのだ。
外に出られない生活は耐えられないから、いい役割分担だと思っていたけれど……。
「だからな、ソリス、お前が十五になる前にアーシャを連れて出ていくといい」
「ダラス、どうしてそんなに親切なの?」
「……俺は兵士だった。今でもやってることは変わらないが、命令されればなんでもしなきゃならなかった。それだけだ」
村を焼いた奴らを思い出した。両親の遺体をこっそり弔ってくれた兵士たち。殺しておいて弔うなんておかしいと思ったけれど、ダラスもあんなことをしたのだろうか。
「武器を持たないひとを殺したの」
自分でも感情の抜けた、平坦な声だと思った。ダラスに期待していたわけじゃないけれど、いや、私は父を重ねてしまっていた。違うのに。ダラスは殺したほうだ。
「……殺せなかった。だから逃げてここにいる。誰にも言うなよ?」
厳つい顔が歪んで、ダラスが笑ったようだった。顔が怖すぎて、笑おうが怒ろうが怖さは変わらない。この顔だけでやましい客はもちろん、やましくない客も娼館アメシンディに手を出すのを諦めるんだという。
私は彼が理不尽な暴力も振るわないし、話し方も穏やかだから怖いと思ったことはない。アーシジルも、顔は怖いけどいいひとだと、飴玉をもらって笑っていた、
ダラスの言葉を信じていいか、私にはわからない。とりあえず言われたことをアーシジルに話そう。今の話を忘れないように。
考えるのはアーシジルのほうが得意だ。私はダラスを信じたいと思っているけれど、その気持ちが真実を覆ってしまうかもしれない。アーシジルからの受け売りだけど、好きや嫌いの気持ちと、本当か嘘かは別にして考えなければならない。
アーシジルは、リディナから色んなことを教えて貰っている。リディナは、アーシジルの飲み込みがいいから教えるのが楽しいらしい。
娼館主はアーシジルをそばに置くことで、リディナの機嫌が良いから喜んでいる。私たちに借金を負わせようとあの手この手を使ってくるけれど、リディナとアーシジルが受け流してくれている。
「ダラス、私に戦い方を教えて」
「護身術と言え。娼妓候補にんなこと教えたなんてバレたら俺が叱られる」
「言葉なんてどうでもいい」
いつ何があるかわからない。この町に来た目的は
安全な寝床と知識。私は何かに急かされるように、少しの時間も無駄にしたくなかった。
私たちはリディナ付きだから、ほかの禿たちとはほとんど交流がない。
親に売られた子供たちと聞いていたから、同情していた部分があったけど、そんな可愛らしい子供じゃなかった。容姿に自信があり、リディナの地位に憧れて似合わない真似ばかりしている。
子供のくせに胸元を大きく開けてみたり、リディナはむしろきっちり着込んでいる。彼女の肌を見られるのは、彼女の一晩を大枚はたいて買った客だけだ。
その客たちの中には、彼女との会話だけを求めている者も少なくない。何度か隣の部屋で聞いていたけれど、難しすぎて私には理解できなかった。アーシジルは理解して、笑いを堪えていたり、ぷんぷん怒っていたり、ここに来て表情が豊かになった。
時折、アーシジルが本気になったら、男でもリディナのようになれるんじゃないかしら。でも、なって欲しくはない。ただ、アーシジルが十五になるまでは、ここにいてもいいと思い始めた。
この娼館の客層は良いらしい。娼婦のことも、まじめに仕事をするなら大事にしてくれる。
身寄りのない女が街角で客を取るより、余程安全だ。狩りをしなくなって何年も経ってしまったから、野山に出て、勘を取り戻せるか不安もある。
私が守りたいものはアーシジルだけだから、彼を守るためなら何だってできる。




