感想は、斯くして描かれる
吾輩は猫である。名前はねこちゃん。
人間は吾輩のことを好き勝手に呼ぶが、まともに返事をしてやるのは二つだけだ。
一つは、ねこちゃん、吾輩の真名である。
もう一つを、ゲーテと云う。
この呼び名は、以前までは吾輩に食事を献上する者だけが使っていた。
最近では、吾輩によく顔を見せにやって来る者達が好んで使っているようである。
こうした輩は、食事を献上してくることが無いので、吾輩が返事をしてやることは少ない。
さらにはその挨拶の仕方も奇妙なもので、こちらに目を合わせて威嚇してきたかと思えば、妙に高い声で“ゲーテ”と鳴く。
その際に、“ヤーン”だとか、“カワイイー”などと、妙な奇声も一緒に発するため、余程のことがない限りはそうした人間には近寄らないようにしていた。
時折しつこく呼び続ける者もいるが、そうしたときは吾輩がひと鳴きすると、怯えてやがて静かになる。
実に愚かである。
しかし、どうやら今日も、吾輩をゲーテと呼ぶ、物好きな人間がやってきたようであった。
窓際の、日が当たってぬくいソファから、吾輩は首を伸ばして外を見遣った。
吾輩の家の前に、低く唸り声を上げる黒塗りの車が止まっている。
ここから先に起きる展開を、吾輩はよく知っている。
まず黒服の男が降りてきて、後ろのドアを開ける。
すると、男に比べて小さく細身の娘が降りてくる。
その娘は、よくこの辺を朝夕に通り掛かる、カバンを背負った若い娘達と同じような格好をしている。
だから吾輩には、姿形ではほとんど違いは分からない。
やがて開け放たれた窓から聞こえてくるのは、いつも定番のやり取りだ。
「シュー……いえ、シャルロッテお嬢様。では、御夕食の頃に、お迎えに参ります」
「えぇ、お願いね」
そうして車を降りてきた娘は、当然のように吾輩の家に入ってくる。
扉に付けられたベルが鳴ると、続けて小気味良い娘の鳴き声が耳をくすぐった。
「ご機嫌よう」
これは、娘がいつも一番に発する鳴き声であった。
それに対して、吾輩の食事係も同じように鳴き返す。
「いらっしゃい」
そして、また――
「マスター、いつものをお願いしますわ」
「はいよ」
いつもと同じやり取りを終えると、娘は決まってわが家の一番奥にあるソファに座る。
人間達は、なぜかこう何度も吾輩の家にやって来ては、いつも決まって同じ様なやり取りを繰り返す。
人間とは、実に愚かな生き物である。
吾輩が日を浴びながら目を細めていると、娘がこちらに目をやっていた。
娘の顔は、机に広げた手帳の方を向いていると云うのに、目線だけがこちらを向いているのである。
されど、こちらに視線を向けることはあっても、他の人間と違って妙な奇声で威嚇してくることはない。
人間にしては、実に賢明である。
故に、吾輩はこの娘を気に入っていた。
何度もこちらに目を向けるので、今日も気まぐれに娘の近くへと行ってやることにする。
そして、同じソファの近くに尻を向けて座ってやると、娘がうやうやしく吾輩を撫でてくる。
吾輩はいつも仕方がなく、それを受け入れてやっているのだ。
「よしよし、ゲーテ……。お前は、本当に可愛いですわね」
その囁くような娘の鳴き声に、吾輩はゴロゴロと喉を鳴らして答える。
他の人間にも、この娘と同じ撫で方ができればと思うのだが、そうできない者がほとんどであるところを見ると、そもそも愚かな人間には難しいのであろう。
そうして、しばらくすると、娘はいつも決まって撫でるのをやめる。
おそらくは、吾輩を十分に撫でて満足したのであろう。
机の下からは、吾輩の食事係の足が覗いていた。
「お待たせ。今日は天気が良いね。少し暑いくらいかな」
「えぇ、そうですわね。私の通う学校でも、もう衣替えの時期ですわ」
そう何度か鳴き合っては、吾輩の食事係が去っていく。
首を伸ばして机の上を覗いてみれば、娘は食事係の出した苦いお湯に、ミルクと甘い粉を混ぜている。
人間は、なぜあんなにも苦いお湯を飲むというのか、理解に苦しむ。
しかし、娘がそれを飲むと、ホッとしたような吐息を漏らした。
吾輩は、これが嫌いではなかった。
「さぁ、今日もやりますわよ」