第9話 王様
「ほぉ、これはまた可愛いニンゲンが来てくれたものだな」
お前たち鬼が無理やり連れてきてるくせに、よく言うよ。
俺だってフロラが生贄になるとか言わなかったら、こんなところ来なかったし。
駄目だ駄目だ。不快な顔見せて何か勘づかれちゃったら元も子もない。平常心で行くぞ、俺。
まだ王も俺を女だと認識してるみたいだな。
俺は横をちらりと見やり、長身の眼鏡鬼の様子を窺った。
銀髪を伸ばした鬼は、王が居る方を見つめて姿勢を正していた。
こいつとは超至近距離で出会ったけど、俺のことを「生贄」と認識してからは何も言ってこないし、おそらく俺が男ってことには誰も気づいてない。
今の段階では。ここからは俺にかかってる。ボロを出したら終わりだ。気を引き締めないと。
「どれ、もっとよく顔を見せてくれ」
そう言う声と共にズシン、ズシンと地響きが起こる。でも暗闇のせいで王の声しか聞こえない。
「お、王!」
その瞬間、長い銀髪の鬼が王に向かって叫んだ。細い目を見開いているせいで二倍くらいの目の大きさになっている。何か焦ってるみたいだな。問題でもあるのか?
「お、おっといけない」
低い声が、銀髪の眼鏡鬼の叫びを聞き入れたように答える。まだ姿は見えないままだ。一体何をしてるんだ?
というかまず、何かしてるのか?
俺がそんな疑問を抱きながら、銀髪の眼鏡鬼と目の前に広がる暗闇を睨み付けていると、王が声を発した。
「ふーむ、確かに可愛いな。べっぴんだ、えへへ」
えへへって何だよ、ちょっと悪寒がしたぞ。
壁にかけられたろうそくに照らされてその姿を現したのは____。
…………ん?
俺は勿論王を見上げるつもりで、天井に近いところを睨み付けていた。しかし上に王は居ない。ということは____。
い、居た。
小さい鬼が。これ、オグルやオグレスよりも小さいんじゃないか?
何だよこの鬼。というか王はどこなんだ。
俺がキョロキョロと辺りを見回していると、
「ドラコス王」
そう言って、眼鏡鬼が床に片膝をついて畏まった。
「おう、ラルヴァ。さっきは忠告ありがとな。お前のおかげで助かった」
小さく短い手をニュッと上げ、小鬼が眼鏡鬼、ラルヴァに声をかける。
「はっ、有り難きお言葉」
ラルヴァは床に片膝をついたまま、手を胸に当てて忠誠を誓っているようなポーズを取り続ける。
一方、俺は目の前の状況を飲み込めずにいた。勿論、今の会話を聞く限りでは誰が鬼の王なのかは明白だ。だけど……。
納得がいかない。何で王がこんなに小さいんだ?
生贄台に座ってた時も、さっき遠巻きに声を聞いた時も、確かに王の声は上から響いてきた。だからてっきり鬼の王という奴はものすごく巨体だと思っていたんだ。
だが実際見てみればどうだ。オグルやオグレスよりも確実に小さいと分かるくらいの背丈の鬼が、王だって?
俺にジト目で見られていたことに気付いた王ドラコスは、目を細めて笑い後頭部に手をやった。
「いやぁ、そんなに見つめないでくれ。勿論この姿は擬態だぞ。女は本当の妾の姿を見ると決まって腰を抜かすからな。生贄と会う時は、こうやって小鬼の姿になって会うことに決めたんだ」
短い両手を広げてドラコスはそう説明した。
なるほど、それでこんな小鬼の姿になってるってことか。人間に配慮してるなんて、案外優しいのかもな……。
って! 何考えてるんだ俺! そんなわけないだろ!
こんな話も全部全部嘘っぱちだったらどうするんだよ!
ていうか嘘っぱちの可能性大だし。何せ俺達は敵同士だからな。俺もこいつらを騙してるわけだし、向こうも俺を騙しにかかってても不思議じゃない。
「そうなんですね、とてもお可愛らしいですよ、ドラコス王」
俺がそう言って笑顔を作ると、
「ほ、本当か!? いやぁ、良かった。実はこの姿で出会った生贄はお前が初めてなんだ。効果は絶大ってことだな」
小さい手を丸めてガッツポーズをし、うんうんと頷きながら顔を輝かせるドラコス。
……俺、実験台にされたってことね。
「よし、じゃあこれからはこういうスタイルに決定だ」
もう「これから」は無いんだけどな。
「お前、名は何と言うんだ?」
「お……私はレノンです。よろしくお願いします」
危ない、またいつもの癖で「俺」って言うところだった……!
「レノンか。良い名だな。妾はドラコスだ。この国の王をしている。まぁ、王だからって偉そうな奴にはなりたくないんだけどな、あはは」
まぁ、お前には関係ない話だけどな、とドラコスはまたヘラヘラと笑う。
ていうか、敵の名前を誉めてくれるなんて意外だな。予想してなかった。嘘の可能性もあるから全部は信用できないけど。
「挨拶も済んだことだし、ラルヴァ」
「はっ」
今度は立ち上がったラルヴァが、胸に手を当てたままの姿勢でドラコスの命令を待つ。
「レノンをあそこに案内してやれ。疲れているだろうし、たっぷりと休ませてやるんだぞ」
「承知しました、ドラコス王」
ラルヴァは軽く会釈をすると、俺に向き直った。
「レノンとか言ったな。俺についてこい」
「分かりました、ラルヴァさん」
ラルヴァは俺の返答に訝しげに眉を寄せたが、すぐに背を向けて王の部屋を出ていった。俺も大人しく後を追う。
「じゃあな、レノン」
まるで親友のような馴れ馴れしさで、ドラコスが手を振ってきた。本当の小鬼が別れ際、友達に手を振るかのような眩しい笑顔で。
俺は首だけで振り返ってペコリと頭を下げてから、またラルヴァの背を追った。
しばらく廊下を歩いていくつか角を曲がったりしていると、先を歩いていたラルヴァが足を止めた。思わずぶつかりそうになったが、後ろに体重をかけて何とか耐える。
「着いたぞ、レノン」
そう言って、ラルヴァはドアを開けた。ドアの先は明るい光に包まれており、外との明るさの差が大きい。
俺はその差に目を慣らすことが出来ず、目をしばたかせた。
「ここが貴様ら生贄の部屋だ」
ラルヴァはそれだけ言って背を向け、去っていった。
「レノン……くん……?」
俺が部屋に入ると、俺の名前を呼ぶ高い声がした。
「う、ウィンディー!?」
たくさんの女の子が居る中で、驚いたような顔をして俺を見つめるのは、元々生贄に決められていた少女____ウィンディーだった。