第8話 小鬼たちの案内
「オグルにオグレスだな、よろしく」
敵に対して律儀に挨拶するのもどうかと思ったけど、相手はまだ子供。ここは大人の対応をしないと。そう思って、俺は素直に挨拶をした。
俺の前に居るのは二匹の小鬼だ。
一匹は青髪の小鬼・オグル。白い着物の下に青色の袴を履いている。もう一匹は桃髪の小鬼・オグレス。白い着物の下に赤色の袴を履いている。
二人とも俺の腰辺りの身長で、人間で言うところの8歳か9歳くらいの年齢だろうと思う。
「あなたのお名前は?」
オグレスが、胸元に手を当てて俺に尋ねてきた。
「俺はレノンだよ」
「へぇ、レノンって言うのか」
俺の顔を覗き込むように下から見上げて、オグルが納得したように言った。
「ん? ていうか、今『俺』って言わなかったか? ここに来るのは女だけのはずなんだけど」
眉を寄せて、オグルは斜め上を見上げながら首を捻る。
や、ヤバイ! いつもの癖でつい『俺』って言っちゃった……!
ここでは女なんだから『私』じゃないと駄目なのに!
「ちゃ、ちゃんと『私』って言ったよ。聞き間違えたんじゃないの?」
ここは女口調でやり過ごすしかないな……。頼むから気付かないでくれよ……。
俺の言葉を聞いて、オグルは首が回るかと思うくらいに再度捻って『ん~?』と唸った後、
「まぁ良いや。おれの聞き間違いだな。だって王様が男と女を見間違うなんてあり得ねぇもん」
後頭部に両手を回し、オグルは歯を見せて笑った。
こいつら、本気で王様って奴のこと信頼してるみたいだな。俺達にとってはこいつらも敵だけど、こんなに純粋な奴らを倒さなくちゃいけないって思うと、来て早々だけど躊躇っちゃうな。
そんなことは置いといて、まずは可能な範囲での情報収集だな。
「王様? 王様が居るの?」
俺の推測が当たってるなら、そいつが俺達の村を襲ってる黒幕ってことになるけど……。
俺が尋ねると、オグルは素直に顎を引いた。
「ああ。王様はすっげぇ偉いお方なんだぜ」
と、得意気なオグル。
「ね、ねぇ、オグル。このひとのこと、早く王様の所に連れていかないと」
オグルの袖を二本指で摘まみ、オグレスがおどおどしながら言った。
オグルは彼女に言われて、何かを思い出したような顔をした。
「あ、そうだった! いっつもなんだよな~おれ。ニンゲンは面白くて大好きだから話し込んじゃうんだ」
後頭部を掻きながら、オグルはまた明るく笑った。それから俺のことを見上げて、
「なぁ、今から王様の所に案内するから、おれたちについてきてくれよ」
「あ、うん、分かった」
オグルの小さな手に引かれながら、俺は部屋を出た。
良かった、一瞬一人称を間違えたせいでバレたかと思ったけど、まだ女だと思われてるみたいだ。
今までは自分の女みたいな顔に嫌気が差してたけど、今回ばかりは女顔に大感謝だな。
薄い金色の壁紙が貼られた壁と、赤い絨毯が敷かれている床。それらを見回しながら、俺がオグルに手を引かれるまま廊下を歩いていると、
「あのね」
俺の後ろをちょこちょこと歩いていたオグレスが口を開いた。
俺は首だけで見下ろして、オグレスに尋ねる。
「ん? どうしたんだ……」
じゃなくて。
「どうしたの?」
「わたしもニンゲン大好きだよ。みんな優しいから」
そう言って、オグレスは顔をほころばせた。おそらくオグルが『ニンゲンが大好き』と言ったのを聞いて、人間である俺に『自分も同じだ』ということを伝えたかったのだろう。
本当にまだまだ純粋無垢な子供なんだなぁ。可愛い奴らだ。
つられて俺も自然と笑顔になる。
「そうなんだ。ありがとう」
俺がお礼を言うと、オグレスは恥ずかしそうだけど、それ以上に嬉しそうな笑みを浮かべた。
「着いたぜ、ここが王様の部屋だ」
オグルに言われて俺が前を見ると、目の前には長方形の茶色いドアがあった。
ここか。俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
このドアの向こうに、黒幕がいる。俺達の村を襲って、村の女子たちを次々と奪っていく『鬼』が。
そう思うだけで、全身がよだつような寒気が襲ってきた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だぜ」
俺の様子に気付いたのか、オグルがそう言って笑いかけてくれた。
「あ、ありがとう」
「王様、ニンゲンのことちゃんと大切にされてるよ。嫌なことはされないから」
後ろからオグレスもひょっこりと顔を覗かせて、口角を上げた。
うーん、こいつらの話を素直に信じて良いものか。たった数分だけでも接してきた感じでは、嘘をつくような奴らには見えないけどなぁ。
でもこいつらの純粋無垢な感じが全部演技だったとしたら……!?
ヤバイことになる、確実に絶対に。
俺はそっと腰に挿した剣に触れた。剣は幸いまだ奪われておらず、俺の手元に残っている。
もし仮にオグルとオグレスが俺を騙していたとしても、これで防御すれば問題ない話だ。
よし、いける。
「王様ぁ、入っても良いですかぁ?」
オグルがコンコンとドアを叩き、そして耳をつけて中の様子に耳を済ませる。
と、中からの返答も無しにドアがひとりでに開いた。
「おわっと! あっぶねぇ」
ドアに耳をつけていたせいで、オグルが前のめりになって転けそうになる。しかし素早い反射神経で体勢を整えた。
ドアの先に居たのは長身の男だった。眼鏡の奥の細い目で俺達を見る銀髪の男は、
「来たか」
低い声で一言そう口にして、ドアを最後まで開け放った。
「貴様が生贄だな」
鋭い視線を突きつけられ、俺はそいつの顔をちらりと見ながら頷く。多分こいつも俺を睨んでいるわけではないと思う。でも睨まれてる時と変わらないくらい視線が鋭い。
多分、俺とは気が合わないタイプの人間……いや、鬼だな。
何せ、俺は無駄にキツい性格の人間がどうも苦手なのだ。それは相手が鬼であっても変わらない。
「中に入れ。王に挨拶をしろ」
そう言って、長身の銀髪眼鏡男は俺に背を向けるとその部屋の奥へと歩いていった。
部屋の中は予想以上に奥行きがあった。電気という電気はつけられておらず、壁に距離を取って設置されたろうそくが炎を灯して光を放っていた。
「お前が今回の生贄か」
正面から、生贄の儀式で聞いた声と同じ低い声がおどろおどろしく響き渡った。
こいつが鬼の王ってやつか。俺はもう一度息を呑み、コクりと顎を引いた。