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最終話 平和な世界

フロラ視点です!ついに最終話!

 ――どれくらい泣いていたんだろう。


 あたしはふと目を開けた。目の前には真っ暗な闇が広がっていて何も見えない。でも両手にはふわふわの枕の感触がある。

 自分の部屋で、いつの間にか寝てしまっていたみたい。


 気分が晴れないままゆっくり身を起こすと、家の扉がコンコンと叩かれた。


「フロラ、私だけど……。そろそろ夜ご飯よ?」


 扉の向こうから、ウィンディーの声が聞こえてくる。


「ごめん、今日はいいや」


「今日はって……ここのところ、ずっとそうじゃない」


 あれ、レノンがいなくなっちゃってからもう何日も経ってたんだっけ。もう曜日感覚がないや。『今日』が『昨日』なのか『今日』なのか、はたまた『明日』なのかも分からない。そんなのどうでもいいけど。


 家に帰ってきたお父様に『レノンは?』って聞いても、曇った顔を背けるだけで何も言ってくれない。


 ちゃんと言葉にして言ってよ。レノンはもういないんだって。


 そうしたら、あたしだってちゃんと現実を受け入れられるから……。


「フロラ、元気を出してください! レノンくんはきっと帰ってきます!」


 励ましてくれるのは嬉しいよ、アテナ。アテナがあたしのためを想って声をかけてくれる、その気持ちは分かる。

 でも、もういいの。レノンは帰ってこない。ちゃんと分かってるから……。


「フロラ、朝ご飯は?」


「……いらない」


「流石に三日連続でご飯を食べないのは駄目よ。早く出てきて。じゃないと無理やり引きずり出すわよ」


 ウィンディーは怖いなぁ。お母さんみたい……。


 そんなことを思っていると、扉が勢いよく開いてウィンディーが入ってきた。


「ウィンディー、朝ご飯はいらな――」


 パン! と風船が割れたような音がして、あたしの頬に痛みが走る。力なく触れると熱かった。


「いい加減にしなさい! 今は昼よ! いつまでも塞ぎ込んでないで! 今がいつなのかも、当たり前に時間が過ぎていってるのにだって、全然気付いてないじゃない!」


「だって、レノンはもう――」


「レノンくんは生きてるわ! まだ死んでない!」


「……え?」


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 信じられなくて顔を上げると、ウィンディーが泣きそうな顔で怒っていた。


「彼が……レノンくんがそんなに弱いはずないでしょう? 鬼族の屋敷から私達のことを助け出してくれて、ちゃんと自分も生還した人よ?」


 あたしが黙ってウィンディーに叩かれた頬に触れたままでいると、ウィンディーはあたしの腕を掴んで玄関まで進んで、


「――ちゃんと自分の目で確かめて!」


 扉を開けて、あたしの背中を押した。


 眩しく光る白色――外の景色に目が慣れず、あたしは顔を背けて瞬きをする。


 もう一度光の中を見据えると、そこに『黒』が浮かんできた。『黒』は丸みを帯びていて、その下に『肌』がある。

 鼻、口、目……。そうして出来上がった輪郭は人型を形作る。


 黒髪の少年だった。でも男の子っぽくない、女の子みたいな顔。それでも少しだけ凛々しくなっている気がする。


「レノン!」


 あたしは黒髪の少年――レノンを目にするや否や、彼の胸に飛び込んだ。

 レノンは驚いたように目を丸くして、


「ふ、フロラ……! ちょっと、勢いよすぎじゃ……うわっ!」


「きゃっ!」


 レノンが仰向けに倒れるのに引っ張られて、あたしもレノンの上に倒れ込んでしまう。

 カサッと、緑色の芝生が音を立てた。


「いててて……。あっ、フロラ、大丈夫か!? 怪我してないよな!?」


 首を起こし、あたしの二の腕を掴んで体のあちこちを見回してくるレノン。


「大丈夫。レノンがクッションになってくれたもん」


「あ、あはは、良かった。フロラが無事ならそれでいいんだ」


 ――フロラが無事ならそれでいい。


 そうだよね、レノンはそういう人だ。

 自分のことは後回しで、いつも『あたしのため』に動いてくれる。たまには自分を優先してもいいのに、レノンが一番に気にかけてくれるのはいつもあたしだ。


「……フロラ? どうした? 急に黙って」


「レノンの馬鹿」


「えっ!? 何で!?」


 レノンがあからさまに傷付いたような顔をする。涙まで出ちゃってるし。


「だ、だって、死んじゃったかと思ったじゃない! 毒が塗られた刃物で刺されたんだから……。それに『残念ですが』なんて言われたら、もう助からないこと決定じゃない……!」


「そ、そんなこと言われたのか?」


 あたしが黙って頷くと、レノンはあたしの頭に手を置いて、


「泣くなよ、フロラ。俺はこうして生きてるだろ?」


「そうだけど……」


 目を伏せたあたしの目に映ったのは、光を受けて輝く立派な鎧兜(よろい)だった。


「ねぇ、この鎧兜どうしたの?」


「ああ、これ。リッターさんとシュヴァリエさんに貰ったんだ」


「……騎士団の鎧兜を?」


 ちょっと何言ってるか分からない。何で二人がレノンに鎧兜をくれるの?


「うん。目を覚ましたら騎士団の訓練所のベッドの上でさ。俺の怪我もリッターさんとか町の医者が治してくれたんだって。それからリッターさんとシュヴァリエさんが言ってくれたんだよ。『騎士団に入団しないか?』って」


「えっ!? レノンが騎士団に!?」


「そ、そうなの? レノンくん!」


「す、すごいです……!」


 驚きのあまりレノンの上から飛び退いたあたしだけじゃなくて、遠くで見守ってくれていたウィンディーとアテナも驚いて駆け寄ってきた。


 そんなすごいことをサラッと言っちゃうなんて……。レノン、事の重大さをちゃんと分かってるのかな。


「いや、まだ正式決定じゃなくて、お試しっていうか見習いみたいな感じだけど……」


「じゃあその見習い期間が終わったら、レノンは町に行っちゃうの?」


「ううん、行かないよ」


「え?」


 レノンは身を起こし、あたしを見つめて言った。


「俺は、自分の村を護る専属騎士」


「ってことは……」


「ずっとこの村にいるよ。フロラの隣に。まぁ、見習い期間中は町に通って、剣術と魔法の訓練だけど」


「頑張って! レノン! レノンなら大丈夫だよ!」


「うん、ありがとう」


 レノンは笑顔で頷いてから、


「っと、報告も勿論だけどこれがメインじゃないんだ……」


 と言いながら、身につけていた鎧兜を脱ぎ始めた。


「こ、こら! 何してるの! 女子の面前で!!」


 思わず両手で目を覆うあたし。あたしだけじゃなくてウィンディーもアテナもいるのに……!


「ちゃんと下に制服着てるよ。裸なわけないじゃん」


 呆れたようなレノンの声が返ってきた。


「うっ……、そ、そうだよね。冗談よ冗談」


「全く、相変わらず可愛いなぁ」


 レノンはあたしをからかうように笑って、『ちょっと待ってて』と言って家に駆け戻っていった。

 数秒もしないうちに、小さな鞄を肩に担いで走ってきたレノン。


「フロラ」


「何よ」


 恥ずかしい間違いをした直後で、なかなかレノンを直視できずに拗ねたような口調になってしまう。

 ちらりと見上げると、レノンが手を差し出していた。


「デートしよう」


「で、デート!?」


「うん。約束しただろ?」


「……覚えてくれてたんだ」


「当たり前じゃないか。忘れるわけないだろ?」


 さも当然と言わんばかりに小首を傾げるレノン。


「忘れてたら、レノンの夜ご飯トマトの大盛りにするつもりだったのに」


「や、やっぱりそんなことだろうと……」


 レノンが顔をひきつらせる。


「まさか、トマトのために忘れなかったんじゃないでしょうね!」


「そんなわけないだろ! 何でことごとく俺のこと疑うんだよ!」


 やけになって叫ぶと、レノンもやけになって返してくる。


「だ、だって、まだ信じられないんだもん……。レノンが生きてて、生贄制度もなくなって、人喰い鬼もいない、こんな平和な世界になるなんて……。もしかしたら、全部あたしの夢なんじゃないかって――」


「夢じゃないよ」


「ひっ!」


 レノンの唇があたしの頬に当たり――すなわち頬にキスをされ、あたしはすっとんきょうな声をあげてしまう。


「あ、あれ? もっと喜んでくれると思ったんだけどな」


「び、びっくりしただけ! お返しよ!」


 あたしは嬉しくなって、レノンの唇に思い切り自分の唇を押し付けた。多分、過去最長のキスだったと思う。


 どちらからともなく唇を離し、レノンの顔を見つめて思い切り抱きつく。レノンもあたしを強く抱きしめてくれた。


 ――夢じゃない。


 まだ少しだけ信じられないけど、この幸せがだんだん当たり前になっていくんだ。

 そうだとしても、あたしは忘れない。


 この村に生贄制度があったこと。

 あたしの彼氏が鬼族の屋敷に女装して潜入し、命懸けで鬼族から生贄の女の子達を取り戻してくれたこと。

 でも本当は鬼族も悪いヒト達じゃなくて、残存していた人喰い鬼から人間を救おうとしてくれていたんだってこと。

 そして、鬼族の皆が人喰い鬼の討伐に命を尽くしてくれたこと……。


 幸せが当たり前になって、幸せだと思う気持ちが薄れてしまった時。これらを思い出して、あたしはまた幸せだと改めて思うだろう。

 ずっとずっと、忘れない。ちゃんと未来に繋いでいくから――。


「行ってらっしゃい、フロラ、レノンくん」


「美味しいハンバーグ作って、二人の帰りを待ってますね」


 ウィンディーとアテナが、笑顔で見送ってくれる。


 『ハンバーグ』という言葉を聞いて、レノンが子供みたいに顔を輝かせた。


「ああ、ありがとう。ウィンディー、アテナ」


「行ってきます!」


 二人に手を振ってからその手をレノンと繋ぎ、あたしは約束(デート)の場所へと向かった。


「生贄に手を挙げた俺の理由を聞くなよ?」完結です!

ご愛読ありがとうございました!

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