第71話 フロラの気持ち⑩
月に一回の物資を配給しにきてくれたはずの騎士――エグザ・レベンがお父様を殺そうとした。
あたし達――正確にはレノンが一番頑張ってくれて、最終的にはリッターさんとシュヴァリエさんがエグザを確保してくれた。
その直後のことだった。レノンが地面に崩れ落ちたのは。
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「レノン! レノン、しっかりして!」
倒れたレノンの背中に手を置いて揺らし、あたしは何とかレノンの目を覚まそうとする。
それでも体が揺り動くだけで、レノンは目を覚まさなかった。
「フロラ、あまり揺らしすぎたら駄目よ」
ウィンディーが駆け寄ってきて、あたしの肩を掴む。
「ヒルス村長が仰ってたわ。……レノンくん、目覚めないわよね」
あたしがコクリと頷くと、
「じゃあ人工呼吸に切り替えましょう。下手に体に衝撃を与えるよりも、ずっとマシなはずだわ」
「う、うん、そうだね……」
あたしとウィンディーは二人で力を合わせてレノンを仰向けにした。レノンの胸に両手を置くと、あたしは深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
――大丈夫。レノンは絶対に息を吹き返してくれる。
「疲れたら交代して。私もやるわ」
「わ、私もやります!」
ウィンディーとアテナに頷いて、あたしはレノンの心臓マッサージを始めた。
「レノン、頑張って! 絶対に死んだら駄目だからね!」
あたしは目を瞑ったまま動かないレノンに呼びかけながら、腕の限界がきてもなお、心臓マッサージを続けた。
「フロラ、そろそろ――」
「大丈夫。ありがとう」
「フロラ、休憩してください。かれこれ五分は――」
「ありがとう、アテナ。でもまだまだよ」
ウィンディーが、アテナが、あたしを心配して声をかけてくれるけど、その両方ともを丁重に断る。
レノンの彼女として、彼氏を目覚めさせてあげなきゃ。これがあたしの使命だ。それに、どんなときもレノンを支えるって誓ったんだから。
――また、一緒にデートしようって約束したんだから!
「フロラ、やめなさい」
お父様が制止を促してきたけど、あたしは無視した。
「フロラ!」
レノンの心臓をマッサージしていた腕を掴まれ、上に上げられる。
「ちょ、ちょっとお父様!」
「わたしが診る。何か分かるかもしれない」
お父様の顔はいたって真剣だった。
「……分かりました」
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あたし達はすぐにレノンを家のベッドまで運んだ。
レノンは、エグザを止めようとして脇腹を小型の刃物で刺されていた。
刺された場所が悪かったのかもしれない。でもお父様曰く、急所は外れてるらしい。
それでもレノンは目を覚まさない。
その理由は、お父様でも分からないみたいだった。
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翌日、約束通りにリッターさんとシュヴァリエさんがやってきた。そして騎士団のうちの一人が村の長を殺そうとしたというとんでもない失態を、心の底から謝罪してくれた。
別に二人が悪いわけじゃないのに。
リッターさんは、エグザがお父様を殺そうとしたことについて『魔が差した』と説明してくれた。
数年前にこの村から追放されたエグザは、剣術の腕を磨いて騎士団への入団を志望し、試験を受けて無事に合格した。面接の時に『何故自分が村を出て騎士になろうと思ったか』を話してくれたそうだ。
だからリッターさんとシュヴァリエさんも、エグザが村外追放されたことを知っていたらしい。
それからのエグザは真面目に剣術の訓練に励んだのだそう。己を鼓舞し、どんなに辛くて過酷な訓練でも決して弱音を吐かなかったという。
ここからはエグザ本人から聞いた話だそうだ。
辛くて過酷な訓練に邁進していたある日、ふと夢に村を追放された時のことが出てきたという。
お父様に水魔法で水をかけられて『今すぐここから立ち去れ』と言い放たれた。
追放された理由については、エグザ自身も見当がついていたらしい。
生贄として打ち合わせで決められていた少女の父親――エグザ自身の友人に『生贄の少女を変えてくれ』と懇願されたことだ、と。
村に古くから伝わり、受け継がれてきた掟として『村の会議で決まったことは、たとえ偉い立場の人間であっても覆せない』というものがあった。
それでも友人の頼みだからと生贄の変更を行おうとお父様に掛け合ったエグザは、掟を破ったとしてお父様に村外追放を命じられたのだそう。
お父様の言った通り、エグザ自身も自分が追放された理由については理解していた。それでもお父様を殺そうと村まで押しかけてきたのは『納得がいかなかったから』だそうだ。
自分が追放された理由も理解はできる。頭では分かっていても納得できずに『魔が差して』怒り、憎しみの矛先をお父様にぶつけてしまったのだそう。
リッターさんとシュヴァリエさんからの謝罪ではなく、エグザ本人からの謝罪が欲しかったあたしは、エグザがどうして直接謝りに来ないのか尋ねた。
返ってきた答えはこうだった。
エグザは殺人未遂を働いたことにより謹慎処分となり、自宅から一歩も外に出てはいけないことになっている。
だからたとえ謝罪目的と言えど、家から出て村に行くことは許されていないのだそう。
幸い、お父様は怪我がなかったから良かったけど。
良かった? ううん、良くない。お父様を守ろうとして、エグザに刺されたレノンが意識不明の重体だ。
そのことを伝えると、すぐにリッターさんとシュヴァリエさんはレノンを診てくれた。
騎士団の中には訓練中に想像もしないほどの重傷を負う騎士もいるらしく、そのためにある程度の医療知識は頭に叩き込まれているのだそうだ。
レノンの脇腹を刺した刃物はエグザ自身が持っているから、あくまでもレノンの傷口を診ての判断になると前置きをしてから、リッターさんは重い口を開いた。
――レノンの傷口に、液性の毒が付着していた、と。
そのせいでレノンが目を覚まさない可能性があるらしい。信じられなかった。
直接刺すだけでも死ぬリスクが高いのに、刃物に毒を塗っていたなんて。
エグザは確実にお父様を殺そうとしていたんだ。
『魔が差した』なんてほどのものじゃない。怒り心頭に発するあまり、我を忘れて憎悪の心だけを膨らませて――それがエグザに殺人未遂を起こさせたんだ。
――このままレノンが目を覚まさなかったらどうしよう。
そんな考えが頭をよぎり、私は慌てて首を横に振った。
――大丈夫。レノンは絶対に死なない。必ず目を覚ましてくれる。
「ヒルス村長、残念ですが――」
リッターさんが、暗い顔をしたままお父様に何かを告げていた。
あたしはその続きを聞きたくなくて、急いでレノンの家から飛び出し、自分の家に駆け込んだ。
――残念ですが。
その後に続く言葉なんて、容易に想像できる。
もう駄目なんだ、レノンは……。
「うっ……レノン……っ!」
あたしはベッドにうつ伏せになり、枕に顔を埋めたまま声をあげて泣いた。




