第7話 鬼達との出会い
それから、俺はふと目を覚ました。いつの間にか意識を失っていたようだ。
……何だ、ここは。暗くて何も見えない。だが、何とか鬼に連れ去られるのには成功したみたいだ。ひとまず安心だ。
さて、これからはちゃんと生き延びることを考えないとな。鬼達のアジトに潜入出来てもそこで早々に殺されるんじゃ意味がない。フロラに悲しい思いもさせて、デイルさんやヒルスさんにも協力してもらった。みんなの思いを無駄にするわけにはいかない。
ちゃんと生き延びつつ、確実に鬼達を倒す方法を考えなくちゃいけない。
それにしても鬼達も馬鹿じゃないな。俺達の村からどうやって鬼達のアジトに向かったのか、その道順を俺に悟られないように俺の意識を無くしてから運んだみたいだ。
村の生贄台に立ってから鬼の声が頭の上で響いていたところまでは覚えている。でもそこからの記憶がなく、気付いたらこんな真っ暗な場所にいたってわけだ。俺を連れ去るときに鬼達が俺の意識を奪った以外に考えられない。
「あっ!」
俺は突然思わず小さく叫んだ。あることを思い出したからだ。というよりは急に不安になったと言うべきか。
俺は慌てて手探りで腰の辺りを確認する。村にいたときからずっと腰に付けていた俺の相棒の安否が知りたかったのだ。
よし、大丈夫だ。硬い鞘に触れることが出来た。つまり、まだ俺の愛刀は鬼達に奪われていないということだ。気付かなかったのか、わざと持たせてくれてるだけなのか。それは分からないが。
それにしても暗すぎる。これから何をしようか考えるにも、周りが暗くちゃすぐに行動に移せない。俺の視覚を奪うためにわざとやっているのだろうか。これも全てあいつらの計算のうちだったりして。
そんな嫌なことを考えてしまい、慌ててその考えを振りきるべく首を横に振る。
大丈夫だ。ここまで来れたんだから。あとはしくじらないように慎重に動けばいいだけ。
ガチャッ。
そんなことを考えていると、不意にドアが開くような音が響いた。ということはここは部屋の中だったってことか。もしくは俺が外に放り出されてて、鬼が家の中からドアを開けたか。
でも風とか外にいるときに感じるようなものは何も感じなかったし、おそらく俺が外に放置されているという状態はあり得ないだろう。
それにしても確かにドアが開いたはずなのに光の1つもないって変だな。普通なら外からの電気の光が漏れてきたりするようなものだと思うが。まさかあいつら、家の中でも電気つけない習慣があるとか?
待て待て、いくら何でもぶっ飛び過ぎてる。それはあり得ない。
目や口、それから手足に外部からの感触はない。つまり、今の俺は自由の身ってことだ。生贄として連れてこられたはずなのに、目隠しもされてなければ口も塞がれていない。それだけじゃなく、手足も縛られてないとは。
不意に一番近くでドアが開く音がした。それと共に暗闇の中に一筋の光が差し込んでくる。俺は1つ勘違いをしていた。おそらく、さっき聞こえたドアの開く音は別の場所のドアを開いた時の音だったんだ。鬼達のアジトの仕組みはよく分からないが、たくさんのドアがあるとかその辺りだろう。
だが今はそんなことを考えている場合じゃない。帯のような細さだった光がやがて大きく開いていき、俺がいる部屋のドアが完全に開かれた。
____「鬼」だ。来る!
俺はとっさに身構えた。腰を低くして左腰の剣の柄に手をかける。もしあいつらが攻撃してきてもすぐに防御の姿勢に入れるように。
パチッ。
スイッチのような軽い音がしたかと思うと、不意に電気がついた。突然の光に、俺は思わず目をしょぼしょぼさせてしまう。
しまった! これがあいつらの作戦かもしれないのに!
相手の視界を塞いで食い殺す。そんな戦法だってあり得るのだ。
俺は急いで光に慣れようと瞬きを繰り返した。視界が急に明るくなっても剣の柄に手はかけたまま。
いつでもかかってこい。俺が斬りかかってやる。
「あ! 起きてる!」
……と思っていたのだが、次の瞬間、俺の耳に入ってきたのは、陽気で可愛らしい声だった。
ま、待て、可愛らしい声で油断させる作戦かもしれない!
俺はそう思って、
「おりゃあぁぁぁ!!!」
まだ明るい場所に慣れない目を瞑ったまま、刀を抜き取ってブンブンと振り回した。それもその場にずっと立ったままではなく、適当な見当をつけて右に左に走り回ったりしてみたのだ。
そうすれば、時間はかかるし敵も見えない中でもいつかは俺の剣が鬼の体に突き刺さってくれるに違いない。
だが、いつまで経ってもそれらしき音は聞こえない。
「ちょ、ちょっとちょっと! ストップ!!」
さっきの陽気な声がまた聞こえてきた。
可愛い声で油断させようたって、そうはいかない!
俺はそんな見え透いた罠には引っかからないぞ!
「お、オグル、一旦出よう……」
ん? 何か別の声……女の子か?
随分気弱な声だな。さっきの元気そうな声とは正反対だ。
「う、うん、そうだな。こいつ、ちょっとヤバい」
こいつって俺のことだろ! 何がヤバいだ!
俺達の村から女の子ばかりをさらっていくお前らの方がヤバいのに、何考えてるんだよ!
バタン。
そう思って苛立ちを募らせていると、ドアが閉まる音がした。
「あ、あれ? 本当に出ていったのか?」
とりあえず剣を鞘に仕舞って、俺はしょぼしょぼする目を擦って何とか見える状態にした。
電気は点けっぱなしだけど、さっきの声の主らしき気配は感じない。
本当に出ていったんだな……。
ってことは、案外鬼の討伐も難しくないかもしれないな!
いや、待て待て、油断するな!
そんなことを考えているのも全てあいつらの思惑通りだったらたまったもんじゃない。油断は禁物。いつだって緊張感を持たなくちゃな。
「あ、あのー」
そう思った矢先、目の前の茶色いドアが数ミリだけ開いた。
お、鬼か!!
俺は反射的に剣の柄に手をかけて身構える。
「き、きゃあ!! あ、あの、本当に大丈夫ですから、剣を振り回さないでくれますか?」
ドアの隙間から微かに聞こえる気弱な少女の声。
まさか、本当に女の子が……?
鬼達に捨てられても、せっかくの計画が水の泡になるだけだし、いっそここは信じてみるか。
「わ、分かった。悪かったよ。もう剣は出さない」
「ほ、本当ですか……?」
声とともに、ドアの隙間からひょっこりと顔を出す少女____いや、鬼。子鬼だ。淡い桃色の髪に、それよりも薄い桃色の角が一本、額に生えている。それから口からは小さな白い牙が二本覗いている。
そして続けてもう一匹も部屋の中に入ってきた。淡い青色の髪に、それよりも薄い青色の角と口から覗く白い歯が二本ある小鬼だ。
「はぁ、本当に気が狂ったのかと思ったぜ。急に剣なんか振り回すからよー」
そう言って、青色の子鬼はテクテクと効果音が鳴りそうなくらいに小さな足を一歩ずつ踏み出して、俺の方に近づいてきた。
「あっ、待て、間違っても剣は出すなよ?」
小さな両手を突き出して『待った』のようなポーズを取る青い子鬼。えらく上から目線だな。絶対俺より年下だろ。
その後から怯えながらもついてくる桃色の小鬼。俺の顔色をチロチロと窺っているようだ。
二匹は俺に近付くと、白い牙を覗かせる口を開いた。
「おれはオグル。よろしくな!」
腰に手を当てて、誇らしげに胸を張る青色の子鬼・オグル。
「わ、わたしはオグレスです。よ、よろしくお願いします……」
そしてもう一匹____桃色の小鬼・オグレスは、手を胸の前に当てて怖がりながらもペコリと頭を下げた。