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第64話 決着

 人喰い鬼が、デイルが落ちていく。


 俺の槍とフロラの矢がデイルの胸を貫くのに合わせて、ウィンディーも風魔法を解除して突風を起こすのを止めてくれたのだ。


 デイルは頭から真っ逆さまに地面に向かって落ちていく。

 その途中で、その光のない瞳が俺を力なく見つめた気がしたが、その真偽を確かめる猶予もなかった。


 デイルの身体が、ドラコスや他の人喰い鬼達、鬼騎士達と同じように薄くなり、花が開くように眩しい光を放って消滅したからだ。


 デイルが持っていた大太刀だけが、鈍い金属音を立てて地面に落下した。


「――デイル、あたし達のこと、見たよね」


 どうやら、弱々しいデイルの視線をフロラも感じていたようだ。


「ああ。少なくとも俺は、あいつに見られた気がした。でも――」


 デイルの視線は、恨み辛みが宿った憎悪の視線ではなかった。むしろ『デイル長老』の時のような優しい瞳で、感謝や応援などの気持ちが宿っていたように感じる。


 尤も、デイルの口角が弱々しくも上がっていたからそう思っただけだ。少々都合が良すぎる解釈だろうか。


 俺の中にも、まだ人喰い鬼デイルを人間の『デイル長老』と認識してしまう甘さが残っているようだ。


 ――情けは無用。


 そう思って、今まで戦闘を続けてきたのに。


 男らしさ、とはまた違うかもしれない。

 だが、人喰い鬼デイルを人間の『デイル長老』だと思いたい気持ちを捨てないと、自分にも敵にも甘いナヨナヨした俺が出来上がってしまう。


 ある程度の情は捨てないと、今までの行動と今抱いている気持ちが矛盾しておかしなことになる。ともかく、


「これで仇は討った。今までデイルに殺された人達も、これで浮かばれるといいな」


「うん、そうだね」


 フロラの声が震えていたような気がして横を見ると、彼女の目尻に少し涙が溜まっていた。俺は思わず息を呑んだ。


 まさか、フロラも……?


「あっ、ごめん。やっぱり『デイル長老』の時のあいつを思い出しちゃって。あの姿もあの時の言葉も全部、あたし達を騙して鬼族に対抗するための手段だったっていうのは分かってるの」


 フロラは俺の視線に気づくと慌てて目を擦り、誤魔化したような笑いを浮かべた。


「何なんだろうね、これ。デイルのことは同情の余地もないくらいに憎んでたはずなのに、いざ本人が消滅したら……色んな思い出が甦ってきちゃって……」


 言葉は、最後まで言葉にならなかった。フロラは嗚咽を漏らしながら泣き崩れてしまった。その場にしゃがみこみ、口元を両手で覆って肩を小刻みに震わせる。


 俺は同じように膝を折り、フロラの背中を撫でてやることしか、とっさの行動が思い付かなかった。


「……大丈夫だよ。俺も同じだから」


 脳裏をよぎるのは、『デイル長老』の笑顔。『デイル長老』の村を守りたいといった言葉。生贄の儀式の日、俺に全てを託してくれた『デイル長老』の強い眼差し。


「そ、そっか、レノンも同じなんだ……。良かった……あたしだけ、薄情な奴なんだって思ってた」


「そんなことない。むしろ厚情だよ、フロラ」


 顔を上げたフロラの瞳をまっすぐに見つめ、俺は首を振って彼女の両肩を抱いた。


「レノンさん、フロラ、ウィンディーさん、お疲れ様でした」


「よくやったな」


 そうしていると、後ろからビアンカとラルヴァ、それにリッターさんとシュヴァリエさんも歩いてきた。


「ビアンカ、ラルヴァ……。リッターさんにシュヴァリエさんも」


「ドラコス王と双子の仇、討ってくれて感謝する」


 ラルヴァの言葉と同時に、ビアンカも深々と頭を下げてくれる。だから二人には見えていないだろうが、俺は首を横に振って、


「俺の方こそ、お前に生き残ってもらえて嬉しいよ。他の鬼族は全員消滅しちゃったけど、それでもありがとう、ラルヴァ。生きていてくれて」


 何となくラルヴァに対しては敵対心……というか、ライバル心が芽生えていたような気がするのだが、間違いなくラルヴァは強い。肉体的にも、精神的にも。


 王を、ドラコスを失ってしまったら、俺でもその後を追って命を絶とうとするだろう。それをビアンカの言葉で思い直し、見事デイルと向き合って、剣を振ることが出来た。


 その結果は間違いなく、ラルヴァの強さがあったから導かれたものだ。だから、俺の胸にもラルヴァに対する尊敬心のようなものが芽生えていた。


「ふん」


 眼鏡を細い指で直しつつ、ラルヴァはプイとそっぽを向いた。前言撤回。


 と、そんなラルヴァの腕に抱きついた者がいた。ビアンカだ。


「ほらね、ラルヴァさん。ラルヴァさんが死ぬ必要なんてなかったんです。私達みんな、ラルヴァさんに生きていてほしかったんですから」


「ビアンカ……。ありがとう」


 俺とビアンカで扱いが天と地ほどの差があるのは、この際だから目を瞑ろう。種族の違いが目に見えて現れている証拠だろう。

 それ以外の理由が――ラルヴァの個人的な好みによる理由があるなんて、これっぽっちもあるはずがない。うん、きっとそうだ。


「――レノン!」


 不意に、切羽詰まったような声でラルヴァが俺を呼ぶ。それと同時に肉が裂けるような音がして、俺を突き飛ばしたラルヴァの身体が大きく傾いた。


「ラルヴァさん!」


 地面に沈んだラルヴァの身体を、ビアンカの細い腕が抱き上げる。ラルヴァの背中を貫通した大太刀。紛れもなく、人喰い鬼デイルのものだった。


 持ち主はとっくに消滅している。それなのに、武器が勝手に動いた、ということになる。だが現実問題、そんなことはあり得ない。デイルが何か魔法を仕組んでいたのか……?


 魔法……いや、この場合は――!


 くそっ、少しでもデイルに対して情を抱いた俺が馬鹿だった……!


 デイルの口角が上がっていたのは、俺達に対して感謝とか応援とか、プラスの意味合いの気持ちがあったからじゃない。

 武器の大太刀に怨念を籠めて、それで俺を殺すことができる確信があったからだ。

 デイルが少しだけ笑っていたのは、俺を狙うことでラルヴァを殺すことができると分かっていたからだ。


 ラルヴァなら、身を呈してでも誰かを守る。デイルはそんなあいつの正義感を利用したんだ……!


「ビアン……カ……」


「はい……!」


 虚ろな瞳で、ラルヴァはビアンカを見つめる。ビアンカの目から大粒の涙が溢れ、ラルヴァの頬に落下していく。


「お前は……ニンゲン……だ……。だから……これからは……こいつらと……一緒に……生きてくれ……」


「えっ……?」


 ビアンカが、驚いたように目を見張った。その拍子に、またしても涙の水滴が空中で弾ける。


「前から……ずっと……考えていた……。レノン、にも……打ち明けて……いたことだ。ニンゲンは……ニンゲンの村で……住んだ方がいい……。王も……王の秘書も……いなくなった……あの屋敷は……もう……使い物には……ならん……からな……」


「そ、そんな……!」


「ビアンカ……新たな名を……つけてもらえ……。『ビアンカ』は……鬼としての……お前の名だ……。だから、ニンゲンとしての……お前の名を……つけてもらうんだ……」


 ラルヴァがゆっくりと消えかけの手を伸ばし、ビアンカのクリーム色に近い白髪に触れる。

 どこか安心したように口角を上げたところで、ラルヴァの身体は白い光に包まれて、花が開くように光粒を散らして、完全に消滅した。


「ラルヴァさん――!!」


 まだ早朝の青い空に、ビアンカの泣き叫ぶ声が響き渡った。

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