第49話 作戦会議(後編)
「で、でも……」
俺の反論を聞いてもフロラは納得がいっていない様子だったが、フロラが何かを口にする前にオグルがぶーたれた。
「あーあ! いつもなら、今日が生贄の日だったのになー」
「そっか。レノンくんが帰ってきた日から、生贄の儀式が週一回から月一回に変わったから……」
俺を見つめ、ウィンディーが言った。俺もハッと気付く。
ウィンディーとフロラがデイルに襲われたり、生贄制度の真実を知ったり、色々とあって忘れていたが、本当は今日が生贄の儀式の実施日だったのだ。
あとでフロラから聞いたことだが、前にデイルとヒルスさんが話し合っていた通り、週一回だった生贄の儀式が月一回に変更になったらしい。
俺達がこうして作戦会議を立て、デイル達人喰い鬼の討伐について考えていられるのも、生贄の儀式の実施期間が延びたおかげだった。
「妾は全然週一回でも良かったんじゃぞ? まぁ、ここに居るだけで可愛いニンゲンをいっぱい拝めるから文句無しなんじゃが。イヒヒ」
「お、王……」
鼻の下を伸ばして不気味な笑みを浮かべるドラコスを、慌ててたしなめるラルヴァ。
でも、そんなドラコスの態度がシュヴァリエさんの心の琴線に触れてしまったようだ。
彼女は腰の鞘から双剣を抜き、素早く立ち上がる。
「くっ! 何たる侮辱! この場で切り捨てて____」
ここで止めなければ、今すぐにでもドラコスに切りかかりにいくだろうと容易に想像できるほどの怒りの形相。
ドラコスを睨み付け、歯を食いしばるシュヴァリエさんの肩を引き、リッターさんが急いで引き止めた。
「ちょ、ちょっとシュヴァリエ、落ち着いて。今は仲間割れしてる場合じゃない」
「仲間ではありません。あくまでも協力関係を結んでいるだけで……」
リッターさんの言葉にすぐさま反論するシュヴァリエさん。
一方のドラコスは体が小さいのを良いことに、長身のラルヴァの背に隠れている。
小賢しい奴だ。今こうして協力関係になかったら、俺がすぐにあいつの頬を叩いていたことだろう。
何せ、心から愛しているフロラをいやらしい目で見られたのだから。俺とて黙っていない。
「オッホン!」
そんな最悪の雰囲気を一新するように、ヒルスさんの咳払いが響いた。
シュヴァリエさんはハッと我に返ったように目を見開き、双剣を鞘に納めて正座をした。
「も、申し訳ありません。私としたことが取り乱してしまいました。……この鬼が挑発したせいで」
頭を下げ、非礼を詫びたシュヴァリエさんだけど、ドラコスへの怒りは収まっていなかった。炎が具現化したような赤い瞳でドラコスをギロリと睨み付けている。
にもかかわらず、ドラコスはシュヴァリエさんが切りかかってこないことに味を占めたのか、
「え? 妾のせいなのか?」
自分を小さく短い指で指し示し、キョトンとして身に覚えがないと言わんばかりの表情をしている。
「王、これ以上の発言は控えてください。火に油です」
「はーい」
だが、ラルヴァにたしなめられ、そんなドラコスの化けの皮はあっさりと剥がれる。のんびりと返事をした後で、ドラコスはチロリと舌を出したのだった。
全く可愛くない。悪寒がするだけだ。
「ねぇ、お父様。これを機に生贄制度を廃止できない?」
と、フロラがヒルスさんにこう提案した。
提案された方のヒルスさんも、娘の質問に驚いている。
「どうした、急に」
「だって、今もこうして鬼族とは仲良く……じゃないけど、上手い具合にやれてるじゃない。だから、このまま生贄制度は廃止にして、この村と鬼族と独自に交流していくっていうのは____」
「駄目だ」
ヒルスさんに一蹴され、フロラの笑顔が少し引きつる。
「どうして? 今は長老の立場の人も居ないんだし、お父様の言うことなら皆聞いてくれる____」
「いい加減にしろ!」
決して広いとは言えない小屋の中に、ヒルスさんの大声が響き渡った。
「村長の権限を振りかざすようなことはせんと、前々から言っておるだろ! 昔から伝わっている規則を変えると、誰であろうと村外追放は免れん! お前はわたしに村から追放されろと言っているのか!」
「ち、違っ……! あたしはただ____」
立ち上がった父親に指を差され、フロラは気圧される。それでも言葉を紡ごうとするが、やはり遮られてしまう。
「鬼族と今後どうやって関わっていくかなど、考えるのは今ではない。今はいつ襲ってくるか分からない人喰い鬼のことを考えるんだ」
「は、はい……」
肩をすくめ、シュンとうなだれるフロラ。
一方のヒルスさんは、『全く』とため息をついて勢いよく腰を下ろし、あぐらをかいた。
「と、とりあえす、改めて今後の方向性も見えてきたわけですし、今日はこれでお開きにしましょう。……明日からも人間と鬼族との合同訓練をするから、各自ゆっくり休んで明日に備えてくれ」
リッターさんがヒルスさんに、それから俺達全員に向かって言い、作戦会議は終了した。
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「まただ……。あたし、またやっちゃった……。またお父様のこと怒らせちゃった……」
作戦会議終了後、俺、フロラ、ウィンディーの三人は俺の家に集まっていた。理由は勿論フロラとヒルスさんのことだ。
「仕方ないわよ、フロラ。これからのこともあるし、村長も先々のことまで今は頭が回らないんだと思うわ」
フロラの肩に手を置き、ウィンディーが慰めの言葉をかける。それでもフロラの表情は晴れないが、
「うん、そうだよね。分かってたはずなのに……」
フロラはまたため息をついてから、少しだけ頬を緩ませる。
「ああやって言い合いしながらもワイワイ楽しくやってるのを見たら、ちょっと期待しちゃってさ。これから、種族なんて関係なしに人間と鬼が協力し合っていける世の中になるんじゃないかなって」
「フロラ……」
そんなこと考えてたのか。確かに種族の垣根を越えて仲良くしていけたら、それが一番だけど。今は____。
「まだ人喰い鬼のことも倒せてないのにね」
「いや、明るい未来を望むのも悪いことじゃないよ」
自嘲ぎみに笑うフロラに、俺は言った。不意に頭に浮かんできたことをそのまま口に出したから、ほぼ独り言のようなものだけど。
「えっ?」
「だって、そうじゃないとやる気も湧いてこないだろ? これから苦しいことがあっても、明るい未来を想像してたら、それを目標に頑張ることだってできるじゃないか」
フロラは希望を抱いている。
俺達人間とドラコス達鬼族が仲良く暮らしていける未来を。だからこそ、ヒルスさんに生贄制度の廃止を申し出てくれたのだ。
デイル達のことがなければ、ヒルスさんだって少しは考えてくれたかもしれない。でも現実問題、それは上手くいかなかった。
かと言って、希望を抱き明るい未来を望むのが間違っているわけじゃない。
少し、時期が早かった。タイミングが悪かった。ただそれだけのことなのだ。
「レノン……。そうだよね、ありがとう。あたし、もっともっと強くなるよ。人喰い鬼なんかケチョンケチョンに倒しちゃって、早く平和を取り戻そう」
フロラは吹っ切れたように両の拳を交互に突き出してパンチを決め、そう意気込んで笑顔を見せたのだった。




