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第45話 ビアンカの気持ち②

 日が暮れ、夕食の準備をする時間になった。私はフロラさんの家にお邪魔して、彼女と一緒に『ハンバーグ』というものを作っている。


 『牛肉』というものを潰してこねて、グルグルと楕円形に固めた後は中心に指で窪みを入れる。そうして出来たものを何個も作って『フライパン』というもので一気に焼いていくらしい。


「ビアンカは、向こうで何してたの?」


 不意に、フロラさんが『牛肉』をこねながら尋ねてきた。


 彼女と私の両手には『ビニール手袋』というものが装着されている。フロラさん曰く『牛肉で手が汚れてしまうのを防ぐため』だそうだ。


「お屋敷で、ですか?」


 私も牛肉を両手でこねつつ聞き返す。


「うん」


「お屋敷では侍女を……皆さんの身の回りのお世話をしております」


「そうなんだ! 大変だね……」


 フロラさんは目を丸くした後、眉尻を下げて私を労ってくれた。でも私は、手元の牛肉に視線を落としたまま首を横に振る。


「いえ、むしろ私は誰かの役に立てることが嬉しいので、侍女として雇って頂けて、ラルヴァさんやドラコス王には感謝しています」


「屋敷で暮らすまでの生活、大変だったの?」


 フロラさんの眉尻が下がる。きっと聞きづらいと思っているのだろう。


「私、捨て子だったみたいなんです。赤ちゃんの頃にラルヴァさんが拾ってくれた、と聞いたことがあります」


「えっ、鬼でも赤ちゃん捨てたりするんだ!」


 体をのけ反り、あからさまに驚くフロラさん。


「そ、そうみたいですね……。でも私の両親くらいだと思いますよ」


「ひどいなぁ。皆の役に立ってる優しい今のビアンカを見たら、親御さん、絶対にビアンカを捨てたこと後悔するね」


 ぷうっと頬を膨らませてから、フロラさんはまた手元の牛肉をこねる作業に戻る。


「ありがとうございます。……私、今まで誰かと一緒に料理をしたことがなかったんです。ですので、フロラさんとこうしてハンバーグを作ることが出来て本当に嬉しいです」


「そう? 良かった。あたしも久しぶり。誰かと一緒に料理したの」


「色々と教えてくださって、ありがとうございました」


 私が頭を下げると、フロラさんは慌てたように両手をブンブンと振って、


「そ、そんなに畏まらないで! あたしはそんなに偉い人じゃないから!」


「で、ですが、ヒルス村長の娘さんですよね」


 村長の娘さんともなれば、今の村長さんの次に村長を任される立場だと思う。


 そんなお方が、私なんかと一緒にこうして『ハンバーグ』を作ってくれているのだ、と思うと、私は今とても貴重な体験をしているのだなぁ、と改めて実感する。


「まぁ、そうなんだけど……。でも、あたしは普通に皆と仲良くなりたいの。だからビアンカも『さん』付けなんてしないで、『フロラ』って呼び捨てにしてもらって大丈夫だよ」


「お、恐れ多いです……。そんな、呼び捨てだなんて……」


 フロラさんの笑顔に、今度は私が両手を振る番だ。


「大丈夫だよ。お屋敷では侍女だったかもしれないけど、ここでは違う。ビアンカはビアンカだよ」


「私は私……ですか?」


「うん! 侍女じゃない、ただのビアンカ」


 嘘偽りない、心の底からだと感じられるフロラさんの言葉。屋敷での私と、ここでの私が違うだなんて、あまりピンとこないけど……。


「わ、分かりました……。あ、ありがとうございます……! ふ、ふろ……ら……」


 唇をすぼませ、『う』と『お』と『あ』の形を順に作って発音し、何とかフロラさん__いや、フロラの名前を呼ぶことが出来た。


 私がフロラの名前を呼ぶと、フロラはパアッと顔を輝かせた。


「ほら、言えたじゃん! やったあ!」


 ピョンピョンと跳び跳ねながら、私の両手を握ってくるフロラ。でも牛肉まみれのビニール手袋を重ね合わせているので、


「あ、あの、フロラ、『牛肉』が……」


 私達の掌に揉まれ、こびりついた牛肉がぐちゃぐちゃになってしまった。私の注意喚起を聞いたフロラは、ハッと握っている手に視線を落とし、


「あっ! そうだった! 良かったぁ、ビニール手袋つけてて」


 そう言ってペロリと舌を出すフロラ。私はおかしくなってプッと吹き出してしまう。それにつられたかのように、フロラも恥ずかしそうに笑う。


 それから私達はひとしきり笑った後で、ハンバーグ作りを再開した。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「い、いかがでしょうか……」


 数時間後、私は心臓の鼓動を抑えつつもドキドキしていた。目の前には、椅子に座ってハンバーグを頬張るドラコス王がいらっしゃる。


 夕食であるハンバーグが出来上がったので、誰よりも先にドラコス王に召し上がってほしかったのだ。本当は色々とお世話になったレノンさんでも良かったんだけど、フロラさん曰く『レノンのは最後にとびきり大きいの作るから』とのこと。


 小さくなられたドラコス王はモグモグと口を動かして、ゴクリと飲み込む。


「うん、旨い! お肉も柔らかくて噛みやすいし、何よりこの『そーす』とやらがよく合っておるな!」


「ドラコス王、こちらは『ケチャップ』というものだそうです」


「けちゃっぷ? 何だか可愛い名前だな、ははっ。ともかく旨いぞ! これなら毎日食べても飽きんぞ!」


 ま、毎日は流石に……。ドラコス王だけならまだしも、お食事を召し上がるのはラルヴァさんやオグルさん、オグレスさん、他の鬼騎士の皆様もだから……。


「作り方をしっかり覚えて、お屋敷でもお作り致しますね」


 毎日食べても云々のところはスルーして、私は微笑んだのだった。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 結局、ハンバーグは大好評だった。オグルさんとオグレスさんは勿論、ラルヴァさんのお口にも合ったみたい。


 皆の笑顔を思い起こして幸せな気持ちになりながら、私はテント内の布団にもぐった。


 傍らには、オグルさんとオグレスさんが眠っている。オグルさんが布団を蹴飛ばしてお腹を出していたので、そっと布団をかける。


 オグルさんの気持ち良さそうな寝顔に、見ているだけの私まで微笑ましくなる。


 それからふと、彼の頭に目が行った。彼の頭には、当然ながら二本の短めの角が生えている。


 鬼族なら誰しも生えている角。それが、私には生えていない。物心がついた時にはもうあのお屋敷に居たから、私は鬼のはず。それなのに、私には角が生えていないのだ。鬼族なら誰しも生えているものが。


 今までも少なからず疑問に思ったことはあってラルヴァさんに尋ねてみたのだけど、『そのうち生えてくる』とか『気にするな』の一点張りだった。


 でも、明らかに私だけおかしい。ひょっとしたら、私は鬼族じゃないのだろうか。フロラは『お屋敷での私とここでの私は違う』と言ってくれたけど、あながち間違ってはいないのではないか。


 少なくとも、『私は鬼とは違う』という点においては。


 __ラルヴァさんにお聞きしよう。


 私は密かに決意を固めた。

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