第4話 村長の娘
「おお、フロラ、帰ってきたか」
村に着いた俺たちを息を切らして走ってきた村長が出迎えてくれた。
「ただいま、お父様」
「ただいま戻りました」
俺とフロラは村長に挨拶をする。息を切らした村長もとい自分の父親にフロラは尋ねた。
「それよりお父様、そんなに息を切らしてどうしたの?」
「あ、あぁ、実はだな……」
言いかけた村長はそこで口ごもり、決まり悪そうに俺たちから目を逸らす。
何かあったのか?
俺も心配になる。愛娘にも言い難い事となるとよほど何かヤバいことが起こったんだろう。
「お父様?」
フロラも不安そうに村長を呼ぶ。
「じ、実は、明後日生贄に捧げるはずだったフォーレスの娘が急に倒れてしまってな」
「え⁉︎」
突然の報告に俺もフロラも驚きの声を上げる。
村では生贄に選ばれる事は死を意味している。おそらく昨日の打ち合わせの後に知らされてショックのあまり倒れてしまったのだろう。
「う、ウィンディーは大丈夫なの?」
フロラが心配そうに尋ねると、村長は手を顎に当てて気難しい顔をしながら
「どうだろうな。まだ意識が戻ってないらしいんだ。明後日までに目覚めてくれるといいんだが」
想定外の出来事にだいぶ参っているらしく、大きなため息をついている。
「じゃあ生贄の子を変えればいいんじゃない? 仮にウィンディーが明後日までに目を覚ましても、病み上がりの状態で鬼に連れて行かれるなんて可哀想よ」
フロラがそう提案してみたが、村長は首を横に振った。
「いや、ダメだ。打ち合わせで決まったことは何があっても原則変更できん」
「お父様は村長じゃない。村長の命令なら皆聞いてくれるわよ」
「村長の権限を振り回すような行為はダメだ!」
村長が声を張り上げる。フロラはハッとして村長を見つめたまま立ち尽くした。
村の打ち合わせで決まったことを変更することはたとえ村長や上の立場の人間であっても決して許されていない。
もしその権限を利用して変更を行えば立場や役職を失い、最悪の場合は村から追放されてしまう。それが村の掟で定められているのだ。
かつて、上層部の立場を利用して変更を行った村人が村外追放されたという事例を俺自身も耳にしていた。
勿論フロラもだ。
俺の横で立ち尽くすフロラは、きっと掟や事例の事を思い出したのだろう。
「ごめんなさい、お父様」
俯きながらポツリと謝罪の言葉を口にするフロラ。俯いていて表情は見えにくいがその口元はキュッと結ばれていた。
「意見は求めていない。あくまでも報告しただけだ。フロラ、村長の娘がそのような風でどうする。もう一度掟を頭に叩き込んでおきなさい」
村長に冷たく言い放たれてフロラの目から涙が溢れた。頬をつたいいく筋もの涙が水の道を作る。
村長は俺たちに背を向けて打ち合わせのためか、小老人・デイルさんの藁小屋に入っていった。
「フロラ」
肩を震わせながら立ち尽くすフロラに俺は思わず声をかけてしまう。今彼女が一人になりたいと思っているはずなのについ声をかけてしまった。
「……はぁ。ダメだね、あたしってば。ちゃんと掟の事も分かってたはずなのにお父様にあんな事……」
その続きを声には出さず悔しげにフロラはまた俯いた。俺の前だからか二度と涙がこぼれないように我慢しているようだった。
「とりあえず、俺んち来るか? いっぱい歩いて疲れただろ?」
「……いいの?」
「ああ!」
俺はさっきまでの嫌な話を吹き飛ばすべく笑顔で応対した。
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「さっきの事だけどさ」
家に着いて二人でベッドに腰かけ、俺は話を切り出した。
「気にしなくていいと思う。確かに村長の娘としてならちょっとヤバイかもだけど、フロラとしてなら何も咎められる事じゃないし。俺がフロラでもああいう風に言っただろうし」
村長が無理にでもウィンディーの回復を願ったとき、俺はフロラと全く同じ思いを抱いていた。
無理してウィンディーを捧げようとしなくても、まだ他に嫁入り前の女の子はたくさんいる。少なくなってきてると打ち合わせでも言っていたけど、まだ大丈夫なんじゃないか、と俺は密かに思っているのだ。
「レノン……」
フロラが目にたくさん涙を溜めながら俺を見る。
「まぁ、大した慰めにはなってないと思うけど……」
「ううん、そんな事ないよ!」
俺の言葉を遮ってフロラは首を横に振った。涙を拭い、両手で拳を握りしめて俺を見上げる。
「ありがとう、レノン。レノンがそう言ってくれて嬉しかったよ。それにちょっと落ち着いた」
そう言って笑顔で笑った。
ああ、やっぱり。やっぱりそうだ。こうじゃなきゃ。
「フロラは笑ってないとな」
「えっ……えええ⁉︎」
急に顔を赤らめて叫ぶフロラは、俺の肩や胸の辺りに連続攻撃をお見舞いしてきた。
「え、ちょ、フロラ、痛い痛い痛い痛い……」
「そんなこと言わないでよ! レノンのバカ!」
えぇ!? 怒られた……。嘘でしょ? 褒めたつもりだったんだけど……。やっぱり女の子の扱いは未だによくわから……。
「照れちゃうじゃない……」
フロラが急に連続攻撃をやめたと思ったら、さっきより顔を赤らめて視線を床にやりながらベッドの上にちょこんと座っていた。
……うぶっ。彼女の可愛さに彼氏死亡。
「お、お仕置きよ!」
え? お仕置き? まだ怒ってる? ごめんごめんごめ……。
ぶちゅー。
……………んんんんん?
前が、前が見えない。完全にフロラで視界が塞がっている。というかそのフロラ自体もあまり見えない。見えるのは愛くるしいおでこ。
そして唇にはあの柔らかい感触。しかも強い。息できないくらい押し付けられている。あと密着しすぎてフロラの……フロラのが……俺に……!
そのまま時間は経過して______。
「ぷはっ」
やっとフロラが離れて、俺の体に空気が入ってくる。
「フ、フロラ……!」
でも当の俺は、顔というより首まで真っ赤っかになっていた。あんなに長いことキスしたのは初めてだ……。
「あんな事言って私を照れさせたお仕置きよ! あと色々嫌なこと忘れたかったから! あとデートのお礼!」
フロラの方も顔が真っ赤で、目を閉じてベッドに正座しながら早口で三言続けた。
「そ、そっか……」
またまた突然のプレゼントで気が動転してしまったが、やはり彼女からのキスは最高だ。
「ありがとな、フロラ」
「も、もう当分しないから! やっぱり勇気いるし恥ずかしいんだもん」
今のだけで充分だよ。俺は心の中でトマト顔のフロラにそう言った。
その「当分」が「永遠」になるのを知らないまま。