第39話 戦闘訓練
デイルや他の人喰い鬼に襲われてから数日後。傷も塞がりつつあり、体を動かしても大丈夫になってきた俺は、ヒルス村長に槍の稽古をつけてもらっていた。
場所は勿論、家の前の少し開けた砂庭だ。
この間は炎魔法だけで戦ったのだが、そもそもそうしなければいけなかったのは、俺が家に武器である槍を置き忘れていたからだ。いわば、自業自得なのだ。
「レノン! もっと脇を閉めろ! 安定しないぞ!」
「はい! ヒルスさん!」
槍の稽古。具体的に言うと、ヒルスさんの持っている太刀に槍で攻撃して、その場で色々と教えてもらうというものだ。
「腕力が弱い! そんな振り方じゃ、せっかく当たってもダメージには繋がらないぞ!」
「はい! すみません!」
当てようと思ったものに、槍をぶつけることは出来る。だが、俺の致命的な欠陥は、ぶつけた槍が相手にダメージを与えるほどの打撃にならない、というところにあった。
それもこれも、俺の腕力が弱いせいだ。腕力がついて槍を今よりも強くぶつけることが出来れば、相手に確実に致命傷を負わせることが出来る。
そのためにも、この稽古で腕力を鍛えなければならないのだが……。
「はあっ!」
「っ!」
俺の喉元に太刀の刃先が迫り、俺は一瞬息を止めてしまった。自分の腕力を強めることに集中しすぎて、ヒルスさんからの攻撃が来るということを忘れてしまっていたのだ。
ヒルスさんの素早い太刀捌きに圧倒されるとともに、自分の無力さが情けなく感じる。
ヒルスさんは目にも止まらぬ速さで俺の喉ギリギリに太刀の刃先を向けてから、少しして呆れたように息を吐き、低くしていた腰を戻して背筋を伸ばす。
「ハァ……。全く、やはりまだまだだな」
「す、すみません……」
「少し休憩だ。しっかり休んで再開後の訓練に備えろ」
腰に挿した鞘に太刀をしまい、ヒルスさんは自分の家へと戻っていった。
「はい! ありがとうございます!」
ヒルスさんが見えなくなるまで頭を下げる俺。次に頭を上げた時に目の前に居たのは、ヒルスさんの娘・フロラだった。
「お疲れ様、レノン」
「フロラ。ありがとう」
「汗だくね。ほら、タオルで拭かないと風邪引いちゃうよ」
フロラは俺を労いつつ、ふわふわのタオルを手渡してくれた。
「ご、ごめん。ありがとう」
俺がタオルを受け取って汗を拭いていると、家に戻ったはずのヒルスさんがもう一度戻ってきた。
「あ、そうだ、フロラ!」
「はい、お父様」
「午後はお前も訓練に入れ。身体を動かしてないと鈍ってしまうからな。レノンと魔法の打ち合いだ」
「分かりました!」
フロラは元気よく返事をした後、再び家に帰っていく父の背中を見送りながら、
「……あたしも他人事じゃなくなっちゃった」
と、肩をすくめた。
「はは、そうだな。……怪我の方は大丈夫なのか?」
「うん、大分マシになったよ。もう畑仕事もやり始めてるし」
二の腕で力こぶを作り、元気アピールをするフロラ。
「そ、そっか。無理だけはするなよ」
畑仕事は鍬を動かす際に、身体中の筋肉を使う。怪我をしていれば、それだけ激痛が走る仕事だ。
俺が不安になっていると、フロラはコツンと俺の腕を肘で小突いてきた。
「レノンにだけは言われたくないかなー」
「だ、だって……」
「ふふ、嘘だよ。ありがとう。その代わり、レノンもだよ」
「ああ、勿論」
二人で並んで砂庭の上に腰を下ろして水分補給をしていると、唐突にフロラが口を開いた。
「それにしても、生贄制度が一ヶ月に一回になって本当に良かったよね」
「ああ、そうだな。まだ完全に消えてないのは残念だけど、期間が延びただけでもまだマシだ」
村の男全員で話し合い、何度も協議を重ねた結果がついに実ったとも言える。
だが、そこで俺はある違和感を抱いた。
「待てよ……。今まで生贄制度のことを色々と決めてたのは、確かデイルだったよな!」
「……と、お父様のはずだけど……ハッ!」
俺の言葉を引き継いだフロラは、俺と同じ見解に至ったようで、何かに気付いたかのように目を見張った。
それに頷き、俺は自分の見解を口にする。
「この間の様子から考えると、生贄制度の期間が延びたのは、俺達の村のことを想っての情なんかじゃない。それにあいつの正体は人喰い鬼だ。何か……何か他の理由が……」
フロラや俺を襲う際に、デイルやその仲間達は極度の飢餓状態に陥っていた。
今まで人間のフリをしてやり過ごしていたとしても、さすがに主食である人間を食べなければ空腹を我慢出来なくなったのだろう。
そんな彼らが、生贄の期間を延長した本当の理由と言えば____。
「生贄制度とは別に、自分達で女の子をさらって食べてた?」
「いや、あの屋敷に居た生贄の皆は、俺が全員救い出した。本来は生贄に選ばれていたのに、あの屋敷には居なかったなんて子は一人も居なかったぞ」
「そ、そっか……。じゃあ違うね」
「でも、もしそうだとしたら……」
「えっ? それはおかしいんじゃ……」
人喰い鬼の本当の真理を脳内で必死に整理しつつ、俺は一つ一つの事柄を確かめるように口に出していく。
「人喰い鬼が何の考えもなしに、自分達が食べたい人間の生贄を確保するわけがない。デイルが急に本性を現したことと、生贄制度の期間を延ばしたのと、この二つには何か関係があるはずだ」
「じゃ、じゃあ、生贄制度で鬼に連れていかれた子とは別に、デイル長__デイル達に食べられた子が居るってこと!?」
「考えたくはないけど……。隠れてコソコソ人間を食べてたのに味を占めて、ウィンディーやフロラを襲ったってことなら、辻妻が合うよ」
「そんな……! 誰にも知られないで食べられて殺されるなんて……そんな悲しいことある?」
フロラは手で口を覆い、瞳からポロポロと涙を流した。
「フロラ……」
「ねぇ、もしそれが本当なら大変じゃない! あたしみたいに倉庫とか、家からは見えない場所に連れ込まれたら、あたし達も気付きようがないよ!」
俺の腕を強く掴み、フロラは少し激しく揺らしてくる。
「ああ、そうだよな。とりあえず、ヒルスさんに__」
「そのことなら、あなた達が心配する必要はありませんよ」
急に真横から声がして、俺は本気で驚いてしまう。
「うわっ! ビックリした……シュヴァリエさんか……」
胸を撫で下ろしていると、町の騎士団の女騎士・シュヴァリエさんは、怪訝そうに眉をひそめた。
「人をお化けや怪物みたいに言わないでください、レノン・コンフォ。……デリカシーの欠片もない」
「ご、ごめんなさい。それで、俺達が心配する必要はないって、どういうことですか?」
「言葉通りの意味です。騎士団長と私も二人と同じ結論に至ったので、騎士団長が村の見回りをしてくださっているのです」
「そ、そうなんですね! ありがとうございます!」
さすがリッターさんとシュヴァリエさんだ。俺達よりも早く、デイル達が生贄制度に便乗して少女達を食べていたかもしれないという仮説に辿り着いたんだな。
「礼なら、言う相手が違いますよ。騎士団長に言ってください」
腕を組んだまま正面を見据え、シュヴァリエさんはにこりともせずに言った。
「……頑張っているようですね、戦闘訓練」
その言葉は俺にとって予想外のものだった。まさか、シュヴァリエさんが俺を気遣うような言葉をかけてくれるとは思わなかったから。
「はい! 今度、もしデイル達が村を襲ってきても勝てるように」
嬉しくなって意気込むと、シュヴァリエさんは俺のことをチラリと見やって頷いてくれた。
「レノン、フロラ、訓練再開だ!」
「「はい!!」」
ヒルス村長が家から出てきたのを確認すると、シュヴァリエさんは組んでいた腕を下ろして言った。
「では、私も見回りをしてきます」
去っていくシュヴァリエさんを暫く見送ってから、俺はフロラに向き直った。
これからはフロラと魔法の打ち合いだ。
「よし、フロラ、頑張ろう!」
「そうだね!」
俺達はやる気を出して、魔法の打ち合いに臨むのだった。




