第37話 自制心と反省
俺が目を覚ました時、隣のベッドのフロラはまだ目を覚ましていなかった。
俺もだが、フロラの包帯もかなりの数だ。俺が駆けつけるまでにもデイルに襲われていたんだし、それは当然なのだが。
ひとまず、ここに寝かされてるってことは俺もフロラも大丈夫ってことだな。本当に良かった……。
俺が安心していると、部屋のドアがガチャリと開いてリッターさんが入ってきた。
「あ、あの……」
俺が痛みに耐えながら何とか体を起こしていると、リッターさんは慌てて俺を寝かせてくれた。
「起きなくて良いよ。まだ疲れが溜まってるだろうから」
「デイル達は、どうなりましたか」
もう一回横になった俺が尋ねると、
「大丈夫。全員倒せたよ……って報告できたら良かったんだけど……。ごめん、あと一歩ってところで逃げられちゃったんだ。でも子分の何匹かは倒したよ。だいぶ仲間は減ったはずだ」
悔しそうに赤髪を掻きつつ、リッターさんは言う。
「そうですか……。ありがとうございました、また助けてもらっちゃってごめんなさい」
シュヴァリエさんも家に入ってきたが、俺とリッターさんが話しているのをチラリと見ただけで、まっすぐにフロラのベッドの方へ向かった。
俺は一応リッターさんとシュヴァリエさんの両方に頭を下げたつもりだったのだが、シュヴァリエさんには華麗にスルーされてしまった。
「村の人達を守るのが、騎士である僕達の責務だからね。お礼を言われるなんて滅相もないよ」
「フロラ・ブリランテの方も無事に目を覚ましました。騎士団長」
シュヴァリエさんから報告を受け、リッターさんは嬉しそうに顔をほころばせる。
「おっ、そうか、良かった」
シュヴァリエさんに言われるまで気付かなかった俺は、急いでフロラのベッドの方を見た。
「フロラ!」
「レノン……大丈夫……?」
フロラはまだ目を覚ましたばかりなのもあるのか、どこか虚ろな目で俺を見つめ、尋ねてくれる。
「俺は全然平気だ。それよりフロラは?」
「大丈夫だよ。ありがとう」
「良かった」
俺とフロラが微笑み合っていると、シュヴァリエさんが呆れたように息を吐いた。
「レノンもフロラも自分の力を過信しすぎです。何故すぐに大人を呼ばなかったのですか」
「シュヴァリエさんって、俺達のことフルネームで呼ぶのか名前で呼ぶのか、たまにあやふやになりますよね」
俺がにやけながら言うと、シュヴァリエさんは氷よりも冷たい視線で俺を射抜いてきた。
「話を逸らさないでください」
「す、すみません」
「もう、レノンったら」
肩をすくめる俺を見て、フロラが吹き出す。
何だか俺も照れくさくなって、笑ってしまう。
「あ、あはは、ごめん」
「それで、何故すぐに大人を呼ばなかったのですか」
やはり、シュヴァリエさんは甘くない。このままスルーできそうな質問でも、ちゃんと答えを聞くまでは忘れない性格らしい。
「呼ばなかったって言うより、呼ぶってことが頭になくて」
俺が言うと、シュヴァリエさんは怪訝そうに眉を寄せた。
「フロラが喰われそうになってたから、とりあえずフロラを守らなきゃって思ってそれしか頭になくて……」
「二人とも命拾いをしましたから生きていますが、もしどちらか、または両方が死んでいたら____」
「まぁまぁ、シュヴァリエ、落ち着いて。そんな不謹慎な話はするべきじゃないよ」
ガミガミと説教しようとしたシュヴァリエさんを、リッターさんがなだめてくれる。
でも、そこで大人しく引き下がるシュヴァリエさんではない。
「ですが、二人には自制心というものが欠如しています。騎士団長からもきつく叱ってください」
リッターさんは、今度は困ったように赤髪を掻いて、
「二人をこっぴどく叱れるほど、僕は偉くないんだけどなぁ。ヒルス村長から連絡をもらったんだけど、村長はフロラちゃんが報告しに来てくれたって仰ってたよ。ちゃんと大人を呼んでるじゃないか」
怒るどころか、俺とフロラを褒めてくれた。
俺は、リッターさんにまで説教されずに安心していたが、納得がいかないのはシュヴァリエさんだ。
「私が言っているのは、人喰い鬼を見つけた直後、という意味です。大人である私達でも完全討伐は出来なかった。子供ならもっと危険だったはずです」
「これからは大丈夫じゃないか。僕達もここに常駐出来るようになったんだし」
「えっ、それってどういうことですか?」
「ああ、そうそう。レノンくんとフロラちゃんには、ちゃんと説明しておいた方が良いよね」
リッターさんは思い付いたかのように手を打ち、
「僕とシュヴァリエが、ここの村に常駐することが決まったんだ。人喰い鬼討伐の任務でね」
「そうなんですか⁉︎」
「勿論。上に人喰い鬼のことを報告したら、その流れで決まったんだ」
「そうですか。良かった……」
実際に戦ってみて分かったが、やはり俺やフロラだけじゃ、人喰い鬼を一匹倒すことも出来ない。
人喰い鬼を殲滅するには、騎士団の二人の力が必要不可欠だ。
「フロラ! レノン! 大丈夫か!」
俺が安堵していると、乱暴にドアを開けてヒルス村長が入ってきた。
「お父様!」
「ヒルスさん」
「本当に痛くて怖い思いをさせたな……。本当に申し訳ない……!」
フロラを抱きしめ、肩を震わせるヒルス村長。
「お父様は悪くないでしょ? それに、レノンが助けてくれたから、あたしは大丈夫だよ」
フロラの言葉にヒルス村長は嬉しそうに微笑むと、俺に向き直った。
「レノン、フロラを助けてくれて本当にありがとう。君にはみっちり稽古をつけると言っておきながらこんな状態になってしまって、本当に申し訳ない。なるべく大人が相手をする予定だったんだ……」
それは俺も聞いていた。でも、そんな約束をした次の日のことだ。
「大丈夫ですよ、ヒルスさん。あんな所じゃ、早朝ですし誰も気付けませんって」
「だ、だが、現に君は鬼に襲われていたフロラに気付いて、助けてくれたじゃないか」
「俺とフロラ、今日デートする予定だったんです。それでフロラのことばかり考えてたからだと思います」
「そうだとしても、この村を守らなければいけない立場として、あるまじき失態だ」
申し訳なさそうに頭を抱えるヒルス村長に、俺は言った。
「俺、もっともっと強くなりたいです。だから俺に稽古をつけてください、ヒルスさん!」
「ああ、それは全然構わないが……」
「よろしくお願いします! あっ、痛い……!」
勢いよくお辞儀をした拍子に、デイルに噛まれた二の腕が痛み、俺は顔を歪めてしまう。
「もう、レノンってば」
フロラを筆頭にリッターさんやヒルス村長が笑い出し、珍しくシュヴァリエさんも顔を反らして肩を上下させていた。




