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第35話 餓えた鬼

 遅いなぁ、フロラ。


 俺は珍しく朝早く起きて、身だしなみを整えつつフロラを待っていた。

 フロラの方が俺の家に来てくれるみたいだから、こうして待ってるんだけど……。


 何かあったのか? フロラにしては珍しいけど、寝坊して慌ててるのかな?


 そんなフロラを想像したら、可愛くて俺は思わず笑ってしまう。


 とりあえずフロラと仲直りできて、本当に良かった。あのまま気まずい関係が続いていたらと思うと、ゾッとする。


 確かにフロラの気持ちを考えなかったのは俺の落ち度だから、今度からは相手の気持ちを考えた上での言動を心がけないといけないな。


「きゃあっ!」


 俺が呑気にそんなことを考えていると、いきなり叫び声が聞こえてきた。


 この声は……フロラ!?


 俺は弾かれるように外へ飛び出した。


 家を出てからキョロキョロと辺りを見回しつつ、さっき叫び声が聞こえてきたはずの左手側に向かって走る。


「ふ、フロラ……!?」


 そこには惨状が広がっていた。

 フロラとおぼしき長い茶髪の少女が仰向けに倒れていて、彼女に馬乗りになりながら牙を立てている怪物がいる。


 フロラが、鬼に襲われていたのだ。


「うっ! ぁっ! れ、れの……ん……!」


 肩や腕が血まみれになりながらも、必死に鬼に対抗しているフロラは、首を上げて俺を見た。


「フロラから離れろ!」


 デートのつもりだったから、剣は家に置いている。

 ここで鬼に対抗できるものと言えば、俺の炎魔法しかない。


 俺は叫び、鬼に向かって炎魔法を何発も放った。


「ウグアッ!」


 顔に炎魔法をぶつけられた鬼は、熱そうに目を瞑りながら後方に飛んだ。

 俺の炎魔法が鬼に効力を示したのだ。


「ふ、フロラ、大丈夫か!?」


 俺は鬼が吹っ飛んでフロラから離れた隙に、フロラへ駆け寄って彼女を抱き起こす。


「あ、ありがとう……レノン……」


 フロラは俺に抱きつくと、声をあげて泣き始めた。


 当たり前だよな。俺が呑気にフロラを待ってた間にも、フロラは食われそうになりながら必死に抵抗してたんだから。


「ご、ごめんね……せっかく……デートだったのに……!」


 フロラは俺の服の袖を掴み、ブルブルと震えながら謝ってくれる。


「フロラ、謝らなくて良いんだぞ。フロラは悪くないんだから」


「で、でも……!」


 涙をいっぱい流しながら、フロラは俺を見上げてくる。


 そんなフロラを俺は抱きしめ、彼女の髪を優しく撫でた。


「大丈夫、大丈夫だから。生きててくれて本当に良かったよ。デートならいつでも行けるじゃないか」


「れ、レノン……怖かった……! 死んじゃうかと……思って……!」


 嗚咽を混じらせながら、フロラは俺の胸の中で泣きじゃくる。


「そうだよな……。気付かなくてごめんな。怖かったよな……」


「レノンは悪くないから……」


 フロラがそう言ってくれた時だった。


 俺が炎魔法をぶつけて飛ばした鬼が、顔を擦りながら起き上がったのだ。


「ク、クソッ……!」


 顔面が火傷したとはっきり分かるほど赤くなっているが、その容姿は見覚えのある人物だった。

 角が生えていたり、牙がむき出しになっていたり、人間とはかけ離れた姿をしているが、間違いない。


「まさか……デイル長老!?」


 俺が思わず叫ぶと、デイル長老__いや、人喰い鬼は鋭い牙を噛み締めて悔しがった。


「ば、バレたか。せっかくフロラを喰って空腹を満たしてやろうと思ってたのに……!」


「そんなことさせるか! この人喰い鬼!」


 フロラを背後に庇い、俺は鬼に向かって叫ぶ。


 鬼だから人間を食べるのは当たり前なのかもしれないが、フロラを襲っておいて反省の色がまるでない。

 しかもデイル長老は、少しでも人間として過ごしていたんだから、人の情があってもおかしくないはずだ。


 フロラがこんなに怖い思いをしたのに、自分の計画が失敗したことしか頭にないみたいだ。なんて薄情なやつだ。


 俺は自分の服の裾を破ってフロラの傷口に巻き、せめてもの応急処置をする。


「仕方ない……! 二人まとめて喰ってやる!」


 人喰い鬼は地面を踏みしめ、爪を立てて俺達を襲う構えを取った。


「フロラ、下がってて!」


「う、うん……!」


 フロラが後ろに下がってくれたのを確認してから、俺は人喰い鬼へと距離を詰めていく。


「はぁっ!」


「ウルアッ!」


 人喰い鬼もよだれを垂らしながら、カッと目を見開いて飛びかかってきた。


 対抗手段は炎魔法だけ。

 だが、何もないよりは遥かにマシだ。それにこいつには俺の魔法が効いていた。

 これなら勝算はあるはずだ。


 飛びかかってきた鬼の顔面に、さっきと同じように炎魔法を放つ。


「グルアアッ!」


 よし、当たった。これならいけるぞ!


 俺は勝利を確信し、続けざまに炎魔法を左手からも放つ。

 両手から同時に放ったので、威力も玉数も二倍だ。


「クソッ! オラアッ!」


 だが、俺の炎魔法はいとも簡単に弾かれてしまった。


「なっ!?」


 人喰い鬼の手には、大太刀が握られていた。背中の鞘から抜いたそれで、俺の炎魔法を弾いたのだろう。


 俺は、ウィンディーの家で彼女から人喰い鬼についての話を聞いていた時のことを思い出した。


 その時、確かデイル長老は大太刀を持っていた。もし、自分が鬼に襲われた時は、これで対抗する、と。


 それは真っ赤な嘘で、あくまでも自分を守るための武器だったというわけだな。


「レノン、貴様を喰わせろ! 空腹でもう限界なんだ! 誰でも良い! 人間を喰わないとっ……!」


 大量の汗を垂らしながら、牙を鳴らす人喰い鬼。


 彼が振るってきた大太刀を、俺はすんでのところで後ろに飛んで避ける。


 服の生地を少し切られただけで済み、俺が胸を撫で下ろしていると、鬼がゴツゴツの腕を伸ばして俺の二の腕辺りを掴んできた。


 __ま、マズいっ!!


 冷や汗が背中を伝った瞬間、人喰い鬼は俺の右肩にかぶりついてきた。

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