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第34話 フロラの気持ち⑨

 レノンとのわだかまりも解け、ついに約束のデート当日がやってきた。


 あたしは、前のデートの時にレノンに買ってもらった手鏡で髪を綺麗に手入れしながら、ワクワクと胸を踊らせていた。


 正直、レノンと仲直り出来るかどうかとても不安だったけど、レノンが優しいおかげで、すぐに仲直りすることが出来た。

 レノンの心の器の大きさに感謝しなければ。


「よし、これで完璧!」


 あたしは手入れの終わった髪を手鏡で確認し、何度も何度も頷いた。

 いつもは下ろしている茶髪を、今日は高い位置でポニーテールにしてみたのだ。


「行ってきます、お父様」


「あぁ……おう、行ってらっしゃい」


 まだ寝ていたのか、眠そうに目を擦っているお父様が返事をしてくれる。


 お父様、いつも村長としての任務でお忙しいものね。あたしも今日はレノンとデートだし、久しぶりに一人でゆっくりさせてあげよっと。


「ゆっくり休んでね」


 あたしはそう付け加えてから家を出た。


 今日、あたしが選んだのは真っ白のワンピースだった。爽やかに輝く太陽に照らされて、ワンピースの生地がキラキラと輝く。


 実はレノンとのデートの日に来ていこうと思って、今まで一回も袖を通さずに大切に保管していたのだ。


 だから今日着るのが初めて。鏡で何度も確認はしたけど、あたし自身似合っているかは自信がない。


 とりあえずレノンと会って、似合っているかどうかを聞こうと思っているのだ。


 レノン、可愛いって言ってくれるかな。

 頑張ったね、って褒めてくれるかな。


 そんな淡い期待を抱きながら、レノンの家へと急ぐ。


 約束の時間よりもちょっと早い気がするけど、まぁ、大丈夫よね。


 あたしが早く家に来たことで驚き慌てるレノンの姿を想像したら、何だか笑えてくる。そういうところも、レノンの可愛いところだけど。


 一人でクスクスと笑いながら、あたしはレノンの家に着いた。


 早朝、やっぱりあまりにも早すぎたみたいで、あたしの他には誰も外に出ていない。


 一つ、あたし達の村にとって良いことがあった。

 それは生贄制度の期間が、週ごとから月ごとに変わったことだ。


 村の女の子もレノンのおかげで全員戻ってきたけど、だからと言ってその子達をまた鬼に捧げるわけにはいかない。

 同じ恐怖を二度も与えることのないように、お父様や村の人達が考えてくれたのだそう。


 少しだけ期間が延びたことで、前よりは比較的楽な気持ちで居られる。

 お父様や村の人達に感謝しなくちゃね。


 だからこそ皆、お疲れなのね、お父様みたいに。元気なのもあたし達くらいかな。


 特にあたしってば、村長の娘なのに大事な話し合いには少しも参加してもらえていない。

 おそらく、あたしも女だし生贄の条件にはぴったりの人間だから、そんなあたしの前で決められるようなことじゃないからなのだろうけど。


 そんなことを考えつつ、あたしはレノンの家のドアノブを握ろうと手を伸ばす。


「うっ!」


 そこで急に背後から口を塞がれて、咄嗟のことに何も対処できなかった。


 い、息が出来ない……! 苦しい……!


 せめてもの抵抗で暴れようと手足を動かすけど、それも力強い腕でがっしりと押さえ込まれてしまう。


 まずい、このままじゃ本当に殺される……!


 そのまま半ばだき抱えられるようにして引きずられていき、あたしは暗い倉庫のような場所に投げ込まれた。


「うっ! 痛っ!」


 その拍子に、ズリッと腕を擦りむいてしまう。見ると、少しだけ赤い血が滲んでいた。


 一体何なの……? あたし、これからレノンとデートなのに!

 せっかく早起きしたのに! 楽しみにしてるのに!


「ハァ、ハァ……やっとだ……ニンゲン……喰える……」


「な、何よ!」


 あたしは好戦的な態度を取ってしまってから、ハッとした。


 『人間が喰える』って言ったよね、さっき。

 ということは、あたしをここに連れ込んだのは……鬼!?

 し、しかも、人喰い鬼!?


「い、嫌よ! あたしなんて骨と皮くらいだし、食べても全然美味しくないんだから!」


 言葉が通じているのかいないのか、その鬼は両手を上げながらジリジリとあたしに迫ってくる。


 そして雄叫びをあげてジャンプすると、あたしの擦りむいた腕を両手で掴んだ。


「い、嫌!」


「血だ……ハァ、ハァ……旨そう……」


 まるでこの数日間何も食べないで過ごしていた腹ペコのように、よだれを垂らして血が滲むあたしの腕を見つめて目を輝かせる鬼。


「あ、あの、デイル……長老、ですか?」


 馬乗り状態にされたまま、おそるおそるあたしは尋ねてみる。


 すると、鬼がハッと驚いたように目を見張ってあたしを見た。


「フロラ……バレていたのか……」


 やっぱりデイル長老だったんだ! レノンの言うことは間違ってなかった……!

 信じてみようって思って良かった……!

 って! 今は全然良い状況じゃない!!


「あ、あの、ちょうろ__」


「バレていたら仕方がない! 許せ、フロラ!」


 長老__もとい人喰い鬼はよだれの垂れた牙を光らせて、あたしの左腕の血をすすりつつ、豪快にかぶりついてきた。


「うっ! 痛い……! ああっ!」


 今までに感じたこともない痛みが左腕に走り、あたしはろくに抵抗も出来ないまま叫ぶ。


 こ、このままじゃ……左腕が無くなっちゃう……!

 それだけは嫌だ……! 早く逃げないと!


「やっ!」


「ウグッ!」


 あたしは何とか足を上げて人喰い鬼のお腹を蹴り、彼の束縛から解き放たれた。


 よし、このまま逃げなきゃ!


 そう思って出口へと走るけど、


「待て!」


「ああっ!」


 両肩にしがみつかれ、それと同時に左肩に噛みつかれる。

 再びあたしを襲うのは、雷に打たれたような激痛だ。


 嫌だ……このまま食べられたくない!

 せっかくのレノンとのデートなのに……!


「はぁっ!」


 あたしは左肩にかぶりついている鬼の顔面に水魔法をぶつけると、鬼が目を瞑ってあたしの肩から離れた瞬間に再び走り出した。


 走ろう、走ろうと体を動かす度に、先程噛まれた腕と肩に激痛が走り、思うようにスピードを維持することが出来ない。


 肩から出血しているから、せっかくの白いワンピースが赤く滲んでしまっている。


 本当についてない。こんな時に鬼に襲われて、新品のワンピースまで汚しちゃうなんて……。


 ヨロヨロとよろめくように足を動かしつつ、何とか家が見えてくる所まで帰ってきた。


 米や食料を保管している倉庫は、家が立ち並んでいる場所よりも遠くにあるため、距離もそれだけ遠い。逆に言えば、家に居る村人の死角となっているのだ。


 デイル長老__いや、人喰い鬼はそれを知ってたから、ウィンディーの時もあたしの時も倉庫に連れ込んだのね。


 でも家が見えてきたら、もうこっちのものよ。このまま皆に助けを求めてやるんだから!


 そう思ったのも束の間__。


「逃がさんぞォォ!!」


「きゃあっ!」


 追ってきた人喰い鬼に覆い被せられ、あたしはその場に倒れてしまった。

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