第33話 フロラの気持ち⑧
翌朝。あたしは勇気を出してレノンの家に行ってみた。
コンコンとドアをノックすると、『は、はい』と少し緊張しているようなレノンの声が聞こえてきた。
「えっと、レノン。あたしだけど……入っても良いかな」
元気よくいつも通りに突撃するつもりだったのに、あたしは思わず律儀にドアの前で待っている。
何してるのあたし……!
いつもみたいに『おはようー!』ってドアを開けたら、レノンだってちゃんと受け答えしてくれるはずでしょ!?
勇気出したんじゃなかったの!?
「入ってきて。ちょっと……助けてほしい」
低いレノンの声がしたので、あたしはビックリしてドアを乱暴に開けた。
「えっ!? レノン、大丈__」
いつも通りのレノンの家。
でもそこでは、三つの嵐が勃発していた。
「あぁ、うん。大丈夫……」
ドアのところに居るあたしに笑顔を向けつつ、どこかしんどそうなレノン。
その両側を囲むように、おばあちゃん三姉妹がキャーキャーとはしゃいでいた。
「あらー! レノンちゃんったら今日も良い笑顔ねー」
「あ、ほら、姉さんがまた途中でシャッター切るから、レノンくんの目が死んじゃってるじゃないの」
「のー」
センコさんとツブコさんに抗議の声をあげられた長女・マルコさんは、唇を尖らせて妹達に言う。
「良いじゃないの。目の死んでるレノンちゃんでも、可愛さは変わらないんだから」
ベッドに座ったレノンを板挟みにするみたいに、ギャーギャーと喧嘩を始めるおばあちゃん達。
その姿を見て、あたしは納得したと同時に安心した。
な、なるほど、助けてってこういうことだったのね。
レノンの身に何か重大なことが起こったのかと思ってたけど、いつも通りの光景じゃない。心配して損した。
「ぷっ、あはははははっ!」
安心したからか分からないけど、あたしはいつの間にか大きな声でお腹を抱えて笑っていた。
いつも通りの光景が、本当に嬉しかったのだ。
あたしだけいつも通りじゃないのが、何だか馬鹿らしいくらい。
「ふ、フロラ?」
不思議そうに目をしばたかせるレノン。
「ううん、何か面白くて」
思い出しただけでも大笑いしてしまう。それくらいに見慣れた光景だった。良かった、と心の底から安心した。
「あらあら、今からデートかしら?」
「まぁ、青春ねぇ。楽しんでねー」
「ねー」
おばあちゃん達はあたしとレノンを交互に見比べると、ニヤニヤしながらレノンの家から出ていった。
「え、えーっと」
まさに嵐が過ぎ去ったかのように静かになった家の中。
あたしはなかなか謝罪について切り出せず、困ったような声を漏らしてしまう。
「あっ、手紙読んでくれたんだ。ありがとな」
照れ臭そうに笑うレノンに、あたしは口角を上げて首を振った。
「気持ちの整理、ついた? 一日じゃ難しいと思うけど」
「う、うん……。正直、まだ信じられない。デイル長老が人喰い鬼だ、なんて」
「そうだよな……」
少し悲しそうに、レノンは目を伏せる。
「で、でもね、レノンのこと、信じてみようって思うの」
残念そうだったレノンが、驚いたように顔を上げて目を見張った。
「えっ、本当か?」
頷いて、あたしは続ける。
「だって、レノンが本気でそんなこと思ってないと、あんな手紙くれないでしょ?」
レノンは口だけじゃなく、手紙として文字でも強い意思を表明してくれた。
その気持ちは本物で、絶対に揺らいでいない。
レノンの彼女として、村長の娘として、一人の女として……。
それを信じてあげないのは、あまりにも酷すぎる。
「だから、あたし、レノンのこと信じるよ」
「フロラ……!」
レノンの瞳が揺らいだかと思うと、そこから大粒の涙が溢れてくる。
「えっ!? レノン!?」
ま、まさか、こんなことで泣くなんて……!
レノンってば、こんなに涙もろかったかしら?
「それはそれとして……デート、明日にしない?」
あたしはレノンの布団の上に腰を下ろすと、彼の顔を覗き込んだ。
デイル長老が仮に人喰い鬼だったとして、それを見越してもデートは早い方が良いと思ったのだ。
あの屋敷に居た鬼達と結託して、いつこの村を襲ってくるか分からない。そうなったら、デートなんて夢のまた夢だ。
もしかしたら一生行けなくなるかもしれない。
「ああ! 良いよ! 明日、明日行こう!」
「う、うわっ、レノン!?」
レノンはいつになく興奮したように頬を紅潮させ、そのままあたしをギュッと抱きしめてくれた。
突然のことで、あたしはビックリしてしまう。
でも、レノンが嬉しい気持ちを持っているように、あたしもとても嬉しかった。
レノンを信じようと決意したことで、レノンとのわだかまりも解けた。
そして何より、新しいデートの予定も立った。
しかも明日、今日寝て起きたら、レノンとデートに行けるのだ。
あたし、なんて幸せ者なんだろう。
正直、デイル長老を疑った時のレノンは嫌いだった。お世話になってる長老を疑うなんて、あまりにも失礼だと思ってたから。
でもレノンの真剣さを改めて実感して、あたしのために手紙まで書いてくれて、デートの約束もしてくれた。
レノンは自分よりもあたしを優先してくれる、優しくて頼りになる最高の彼氏だ。
「でも、たまにはレノンもわがまま言って良いんだよ?」
あたしがレノンの体に顔をうずめながら言うと、レノンが不思議そうな声を漏らした。
「だって、レノン、あたしのために色々してくれるじゃない。あたしばっかり幸せ貰っちゃって悪いから、あと、感謝の気持ちも込めて。デートは、レノンのしたいことを思い切りしてね」
「フロラ……! ありがとう!」
レノンは息を呑んでから、もう一度あたしを強く抱きしめてくれた。
「俺、今すっごく幸せだ!」
心の底から嬉しそうに、声を上ずらせるレノン。
「あたしもだよ、レノン」
あたし達は、そのままお互いの温もりを確かめ合うように抱きしめ合った。
いつも通りの明日が来ることを、心待ちにしながら。




