第32話 フロラの気持ち⑦
浮かない顔をしていたレノンが心配になって、あたしはレノンの話を聞いた。
でもまさか、あんな可能性を打ち明けられるなんて思ってもみなかった……。
「ウィンディーを襲ったのは鬼だ。でもあの屋敷に居るラルヴァ達じゃない。ということは、ウィンディーを襲ったのは人喰い鬼で、その正体は『鬼が爪を伸ばす』ことを知っていたデイル長老以外あり得ないんだよ」
「嘘……!」
レノンの言葉に、あたしは思わず口を両手で覆って息を呑んだ。
「証拠もないし、具体的な証言があるわけじゃないから、勝手に決めつけてるだけの状態だけど。そのうち、ちゃんと証拠も掴むか______」
「嘘だよ! そんなわけない!」
「ふ、フロラ⁉︎」
レノンが心底驚いたような顔であたしを凝視する。
それでもあたしは、そんな可能性を信じたくなくて、半ばヤケクソになりつつ叫んだ。
「あたしは信じないから! あたし達の村の長老が実は鬼だったなら、何で今まで村の人達を食べなかったの? おかしいじゃん!」
「そ、それは……」
そこまで考えていなかったのか、急に口ごもるレノン。
ほら、やっぱりそうじゃない。勝手なレノンの決めつけで、本当は具体的な証拠なんて何一つないし、レノンだって細かいところまで考えてるわけじゃない。
ただシュヴァリエさんと意見が合っただけで、もう自分の推測が正しいと思い込んでる。
……レノンに限って、そんなことはないと思うけど……!
「勝手にデイル長老のこと鬼だって決めつけるなんて……最低! レノンの馬鹿!」
「あっ、ちょっとフロラ!」
あたしは今まで座っていたレノンのベッドから勢いよく立ち上がって、レノンの家を出て行こうとした。
でもレノンが追いかけてきそうな気がしたから、
「ついてこないで! さようなら!」
……つい、怒りを露わにしてレノンを睨みつけてしまったのだ。
それから暫く経って、あたしが自分の部屋のベッドにうずくまっていると、コンコンコンとドアをノックする音がした。
あたしは誰かが来たのかと思ってベッドから降り、ドアを開けようと近付く。
「……フロラ?」
でも、あたしはドアを開けるのをやめた。レノンの声がしたからだ。訪問主がレノンだと分かったからだ。
レノンの呼びかけにも、あたしは答えなかった。もう怒りの気持ちは収まってるけど、何だか無性に返事をしたくなかったのだ。
「ごめん。フロラにとっては受け入れられない事実だと思う。でも信じてほしいんだ」
やっぱり。さっきのことを謝りにきたんだ。
それはすぐに分かった。でもあたしが勝手に怒っちゃっただけで、本当はレノンは悪くない。
ただ、あたしや村のことを考えて、事前に可能性をあたしに打ち明けてくれただけ。
それに、悩み事を話してほしいと言ったのはあたしの方だ。
本当なら、あたしが真っ先に謝らないといけないのに……。
「俺の推測だけじゃ信じられないのも無理はないよ。でも、シュヴァリエさんも俺と同じ風に思ってるんだ。そのことだけでも頭に留めておいてくれないかな」
違うの、別にレノンを信じてないわけじゃない。
レノンが考えてることは筋が通ってるし、本当ならあたしだって信じたい。
でも、自分の村の長老が実は人間じゃなくて人喰い鬼だった、なんて……。
簡単に信じる気にならないよ。
「……すぐに話す気にはなれないよな。押しかけて勝手に喋り倒してごめん。でも俺は、急に色んなことを言ってフロラを混乱させたこと、本当に申し訳ないって思ってる。それが、俺の正直な気持ちだから」
レノンが謝らなくて良い。そう思ってるのに、なかなか言葉に出来ない。レノンは勇気を出して謝りに来てくれたのに……。
勇気を出しなさい、フロラ。ちゃんとドアを開けて、面と向かってレノンに謝るのよ!
「あ、あの、レノン。あたしも____」
あたしはドアを開けつつ、勇気を振り絞ってレノンに謝ろうとした。
でも、ドアを開けた先にレノンは居なかった。多分、もう帰っちゃったんだろう。
何で勇気が出せなかったの? もう少し早かったら、レノンとちゃんと顔を見て謝れてたのに……。
あたしは自分が情けなくなって肩を落とした。
「……ん?」
そして気付く。何かが玄関に落ちていることに。
それは一通の手紙だった。差出人を確認すると、『フロラへ レノン』と書かれてあった。
「レノンから……!」
ちゃんと謝りに来てくれただけじゃなくて、手紙まで持ってきてくれてたんだ……!
あたしは家に戻って、レノンからの手紙を読むことにした。
そこには、こんなことが書かれてあった。
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フロラへ。
さっきは怒らせちゃってごめん。急に人喰い鬼の正体がデイル長老だって言われても混乱しちゃうだけだと思う。俺、フロラの気持ちも考えないで色々言い過ぎた。本当にごめん。
でも、俺が考えているのと同じように、シュヴァリエさんもそう睨んでる。それだけは忘れないでほしい。
気持ちの整理をするのは難しいと思うけど、俺はフロラの気持ちの整理が出来るまで、いつまでも待ってるから。
P.S デートの予定だけど明後日か明々後日はどうかな。俺はいつでもあいてるから、フロラが俺を許せるようになったらまた家まで来てほしい。待ってます。レノンより。
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「レノン……」
手紙を持つ手がプルプルと震え、ポタポタと雫が落ちる。
あたしは無意識のうちに、レノンの手紙を読んで泣いていたのだ。
この手紙からレノンの気遣いや思いやり、優しさが溢れていたから。それがビンビンと伝わってきたから。
嬉しかった。レノンが正直なありのままの気持ちを伝えてくれて。
手紙のお礼が言いたくて、レノンに直接謝りたくて、あたしはすぐにレノンの家に走った。
でも、そこにレノンの姿はなかった。
仕方がなかったので、あたしは明日の朝にレノンの家に突撃することにした。
レノンが生贄として鬼達の屋敷に行く前のデート当日みたいに、明るくいつも通りのあたしのままでレノンをびっくりさせたい。
そして、あたしの気持ちを正直に伝えて謝って……。
いつも通り、仲良しのカップルで居たい。
色々と言いたいことがあって、今日中では纏まりきらない気がする。
それでも明日の朝、レノンに伝えに行こう。
あたしの、本当の、ありのままの気持ちを。




