第3話 デート
「デ、デート?」
思わず尋ね返してしまった俺に、フロラは頷いて、
「うん! 早く準備してよー」
と焦らしてくる。
「え、でも、ヒルスさんに反対されるんじゃ。ほら、昨日だって結婚の話もダメだったし」
フロラは茶目っ気たっぷりにウインクした後、えっへん! と胸を張った。
「大丈夫! 確かに結婚はまだダメって言われたけど、デートはダメって言われてないでしょ?」
確かにそうだ。昨日も意を決して結婚を申し込んだが、あっけなく断られてしまった。でもヒルスさんは、デートのことは何も口にしていなかった。ということは、
「そっか! 行けるんだ!」
「そういうこと」
俺の鼻を人差し指でちょんとつついて、フロラは言う。
「よし、じゃあ行こうか」
「うん!」
家から出ていく俺たちを、こっそり眺めてにやけているおばあちゃん三姉妹にも気付いたが、ここは気付かなかったふりをしてやり過ごそう。その代わり、後でちゃんと問い詰める。俺とフロラが付き合っているからと言っても、覗き見は犯罪だからね!
※※※※※※※※※※※
こうして俺たちは何キロもある道を歩き、城下町に着いた。
「うわぁ、やっぱりいつ見ても凄いね!」
城下町の豊かな風貌にフロラが目を輝かせる。確かにフロラの言う通りだ。城下町には何回も来たことがあるが、その度に色々なところが新しくなっている気がする。やはり、国の援助が行き届いている所は発展が著しい。
人が行き交う町並みを見つめながら、俺たちは歩き出す。舞台役者の絵を売っている絵画店や、畑で採れた作物などを売っている農家など、実に様々な店が並んでいた。
「人多いね。迷子になっちゃいそう」
人混みをかき分けつつ進みながら、フロラが愚痴をこぼす。
いつもより人が多いのは確かだ。何か催物でもやっているのだろうか。
疑問を抱きつつ進んでいくと、一際人が群がっている建物があった。かすかに音楽や人の声も聞こえてくる。
「これ、何やってるんですか?」
俺が群がっている町民の人に尋ねると、そのうちの一人が言った。
「ああ、舞台だよ舞台。でも一足遅かったぜ」
悔しそうに頭を抱える男の横で、別の男が同意した。
「そうだよな。人気がありすぎてすぐ満席になっちまう」
「おまけに金も高いしな」
と愚痴をこぼすのは反対側にいた老人だ。彼は夫婦で来ていたらしく、その横に杖をついた老婆がいた。
「もっと稼がねぇことには一生無理だな」
「そうね。稼ぎが多い商売の人はいいわね」
その夫婦は羨ましがりながら、せめて役者の声だけでも聞きたい、と耳をそばたてた。
「舞台かぁ。凄いね。あたしも見てみたいなぁ」
フロラがまた目を輝かせる。何にでも楽しみを見いだせるのが彼女の魅力であり、俺が惹かれたところだ。
って! 何言ってんだ! 俺は! 今のは忘れてほしい。
さて気を取り直して。次だ次!
俺たちは町民たちに礼を言うと、舞台の建物から離れてまた歩き出した。
「あ! 見て見て! これ手鏡じゃない?」
立ち寄った店に俺もつられて入ると、フロラが小さな手鏡に映った自分を眺めて、色々な変顔をしながら騒いでいた。
「それ、欲しいのか?」
俺が尋ねると、フロラは『うーん』と唸って言った。
「やっぱりいいや。あたしのお金じゃ足りそうにないよ」
値札を見て顔を歪ませ、手鏡を元に戻した。
「もっと安いの無いかなー」
そう呟きつつ、フロラは店の中を歩き始めた。
俺はフロラが戻した手鏡をよく見てみた。紫色の硝子のような物で作られているそれは、電気にかざしてみるとキラキラと美しく輝いた。
フロラにぴったりだ。俺はそう思いつつ財布を開く。一、二、三……。俺は小銭を数えたあと、その手鏡を手に取った。
「楽しかったねー。結局全部高すぎて買えなかったけど、見るだけでも十分だったよ」
余程疲れたのか、ぐーっと背伸びをしながらフロラが満足げに言った。
でも俺は、彼女の言葉が本心からではないと分かっていた。嘘をつく時や何かを誤魔化す時、フロラは決まって背伸びをする。今も背伸びをしているという事は、本当は買いたいものがあったという事だ。俺の前で手に取っていた手鏡だろうか。
「はい、フロラ」
そう思いつつ袋を手渡す。
「ん? どうしたの?」
フロラはキョトンとしつつ、俺からの袋を受け取って中を見た。
「うわぁ、手鏡! これ、どうしたの?」
フロラは興奮ぎみに俺に尋ねる。
「ああ、フロラが欲しそうにしてたから買ったんだよ。ちょうどお金持ってたしな」
「本当!? レノン、ありがとう!」
そう言って、フロラは俺に抱きついてきた。
「うおっと……。あはは、喜んでくれたなら、俺も買った甲斐があったよ」
突然のフロラからのプレゼント(ハグ)に驚きながらも、彼女が喜んでくれたから本当に嬉しかった。
「ありがとね、レノン」
ちゅっ♪
「!?」
今、何か頬に柔らかいぷにっとしたものが……。
そう考えた瞬間に、俺の顔がみるみる赤くなる。フロラからのキスだ……!
「う、うぉん。あはは、あははははは」
これだけ聞くと変人だが、彼女からの突然のプレゼントに舞い上がっているだけだ。決していやらしいことは考えていない。断じて……。
※※※※※※※※※※※※
「あ、見て! 見て! 夕焼けだよ!」
村に帰っている途中に、フロラが空の方を指差した。見ると、橙色に輝く綺麗な夕焼けが俺たちを照らしていた。
「今日、楽しかったね」
夕焼けを見ながらポツリとフロラが言った。見るとフロラは満足げな顔をしていた。
「ああ、そうだな」
俺も夕焼けを見つめる。そしてある事を思い出した。
「そういえばもうすぐ誕生日だよな、フロラ」
そう、フロラはあと一週間後に17歳の誕生日を迎えるのだ。
「あ、そうだね。忘れてたよ」
照れ笑いしながらフロラは言う。自分の誕生日くらい忘れるなよ……。でもそんなところが可愛いのだ。
俺は顔を赤らめながらフロラに言う。
「今年もすっごいのプレゼントするから、楽しみにしててくれよな!」
ふん! と鼻息を出す勢いで意気込む。
「え? いいの? だって今日これ貰っちゃったのに」
フロラが、俺がプレゼントした手鏡を見せながら、驚いた表情をした。
「うん! 彼氏なんだし、それくらいさせてよ」
「うーん」
近い日に二回もプレゼントを貰うことに躊躇しているのか、フロラは顎に指を当てて考え込んだ。
「じゃあ、来年は今までで一番すごいプレゼント頂戴! 今年はプレゼントの前貰い? ってことで」
ウインクしつつ、フロラは提案する。
「本当にそれでいいの?」
俺が尋ねると、フロラは満面の笑みをたたえて頷いた。
「分かった。じゃあ楽しみにしてて」
「やったー!」
跳び跳ねて喜ぶフロラ。
彼女の笑顔と夕焼けを見ながら、俺は一人物思いにふけた。
あと二日後に迫った生け贄の儀式。ちらりと盗み聞きした話では、生け贄に捧げるための10代、20代の女の子が減っているから、年に一回に変えようという事だった。
今までは女の子も沢山いて安心していたが、一週間後にはフロラは17歳。生け贄の条件にぴったり合ってしまう。村長の娘だということで免じてこられたはずだが、女の子が少なくなるとフロラと言えど生け贄の候補に上がる。打ち合わせで決定した事は、変えることが出来ないのが原則だ。
俺は嫌な予感を抱きつつ、フロラとともに家路を急いだ。