第22話 フロラの気持ち④
「はぁっ‼︎」
あたしは弓矢を構えて鬼達の方へ突撃した。
「ちょっ……お、おい! フロラちゃん!」
あたしが突撃していくのが予想外だったのか、背後で驚くリッターさんの声がする。
それでもあたしはやめない。
何としてもレノンを取り戻すんだ!
弓を限界までギリギリと引き、そこに水魔法を籠める。普通の木でできた矢が徐々に水色のドロドロとした液体に包み込まれていった。
そうすることで、あたしは水魔法を矢として射ることができるのだ。
「ふっ!」
短く息をして矢を放つ。
一本だった矢は空中で分身して、何十本にも増えた。
「え、ちょ、ちょっと! く、くそー! 仕方ねぇ!」
最初は驚いていた水色の髪の小鬼だったけど、覚悟を決めて短剣を構える。
あたしの水魔法をそれで受け切るつもりなのね! 小さいのに度胸あるじゃない!
相手が子供の鬼だからって、あたしは手加減しない。一発目の矢に集中している小鬼めがけて、もう一発水魔法をお見舞いしようと弓を引く。
その時、パン! という音がした。
慌てて正面に目をやると、小さな銃弾のようなものがあたしの方に迫ってきている。
さらにその奥に目をやると、桃色の髪の小鬼があたしに銃口を向けていた。
間違いない。今発砲したのはあの子だ。
そうは理解できても、反射的に避けられない。というより、銃弾が予想上に速いのだ。
どうしよう……! ここに来て負けちゃうだなんて……!
避けなきゃ、と分かっていながらも、弓を引いた体勢のまま戻せないあたし。
「フロラちゃん!」
凛とした声と共に、あたしの正面に背を向けて誰かが立ちはだかった。
直後、金属同士をぶつけたようなカキン! という音がする。
あたしの正面に立ちはだかった誰か____あたしをここまで連れてきてくれた赤髪の騎士が片手剣を構えていた。
今の音から察するに、それで銃弾を弾いてくれたのだろう。
「あ、ありがとうございます……」
あたしは呆然とリッターさんの後ろ姿を見上げて、ボソボソとお礼の言葉を口にした。
「ううん、大丈夫か?」
リッターさんは振り返り、笑顔でそう尋ねてくれる。
「は、はい! ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした!」
「謝ることないよ。でも、突っ走るのは危険だからな?」
片手剣を持っていない方の手の人差し指を突き立て、リッターさんは念押ししてくる。
「は、はい……。すみません」
確かに一人で突っ込みすぎたという自覚はあるので、あたしは素直に謝るしかなかった。謝ることないよ、って言われたばじゃりだけど。
「貴様ら、一体何者だ。あいつの仲間か?」
眼鏡をかけた銀髪の鬼が、そう問いかけてくる。
「あいつって……レノンのこと⁉︎」
思わずあたしも挑戦的な口調になってしまう。
でも銀髪の鬼は気にしていないのか、表情を変えることもなく再び口を開いた。
「あのニンゲンは俺達が大事に保管していた生贄を全て追い出しやがったんだぞ。牢に入れられるのは当然だ」
「何が当然よ! あたし達にしてみたら、生贄にされた皆を連れ戻す方が当たり前なんだから!」
レノンを侮辱されたような気がして、あたしは思わず声を荒げてしまう。
すると、その眼鏡鬼は銀髪をかき上げてため息にも似た息を吐いた。
「まったく、理解に苦しむ。何故お前達ニンゲンは、そうやって自ら苦難の道を歩もうとするのだ」
「鬼なんかにあたし達の気持ちが分かるもんですか」
「お前達にだって、俺達の気持ちは分からぬだろう。それと同じだ」
売り言葉に買い言葉……。
ていうか、鬼とあたし達を一緒にしないでほしいわ。
「ああ、もう! そうやってズルズル話を引き延ばして、結局レノンを返さないつもりでしょ!」
危うくその作戦に乗っかっちゃうところだったわ……。
「あなたと喋ってる暇はないんだから!」
あたしは素早く弓を構えて、水魔法を纏わせた矢を放つ。
銀髪の鬼は身体を少しだけ傾けてそれを避けると、
「仕方ない。なるべくニンゲンとは戦いたくなかったのだが」
小言を言いながら細剣を鞘から抜き、刃を向けて構えた。
あたしがもう一度矢をセットし直して戦おうとすると、その前にリッターさんが立ちはだかった。
「り、リッターさん?」
彼の大きな背中を見上げ、あたしは困惑してしまう。
急にどうしちゃったのかしら。
そう思っていると、リッターさんが口を開いた。
「流石に、大人の鬼とフロラちゃんを戦わせるわけにはいかないよ。僕が相手をするから、フロラちゃんはその間に、レノンくんが捕われている牢を探して」
「で、でも……」
リッターさんだけに任せるなんて事できないよ。銀髪の鬼とか水色の髪の鬼とか桃色の髪の鬼だけじゃなくて、ここには他にもたくさん鬼が居るのに。
それをリッターさん一人で全部倒すなんて、無茶にも程がある。
「お願い。ここで足踏みしてると時間がもったいない」
諭すような口調で言われて、あたしはハッとする。
確かにそうだ。ここで足止めを食らっていたら、いつまで経ってもレノンを取り戻せない。
生贄の女の子達が帰ってきて一日は経ってるし、その間飲まず食わずの生活だったらレノンは間違いなく衰弱しちゃう。
一刻も早く、レノンを助け出さないと……!
「分かりました! お願いします!」
あたしは覚悟を決めた。ここは全部リッターさんに任せる。
そしてあたしはレノンを取り戻すことに集中するんだ。
弓矢を背中の筒にしまい、あたしは駆け出した。
きっとこの奥に、レノンが捕まっている牢獄があるはず、と睨んで。
「お、おい! 中に入っちゃうぞ!」
「そ、そんなことさせたら駄目だよ……。王様に怒られちゃう……」
双子の鬼は、案の定素早く反応してあたしを止めようと動き出す。
水色の髪の男の子は、短剣を片手にあたしを狙ってきた。桃色の髪の女の子も同様に、あたしをポインターで狙っているみたいだ。
流石に同時に攻撃されたら避けられない。
仕方なく、一度は戻した弓矢を背中から取り出して構える。
いたいけな男女を攻撃するのはちょっと気が引けるけど、この子達は鬼だ。それにレノンを奪還する方が遥かに大事。
「はぁっ!」
あたしは矢を放った。水魔法は籠めずに、ごく普通の矢を。
小鬼を粉砕するにはこれだけで十分なはず。それに、水魔法をかけてる時間もないし。
「うわっ!」
「きゃっ!」
あたしの予感は見事的中した。
二匹の小鬼は、あたしが放った矢を慌てて避ける。
そしてそれに集中し過ぎていたのか、ついにはぶつかり合ってしまった。
ちょっと可哀想だけどラッキー!
あたしはそのまま屋敷の中へと駆け込んだ。
そして____。
「ん?」
やけに真っ暗な、廊下の外れにある細道を発見したのだった。




