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第21話 フロラの気持ち③

 町の騎士であるリッターさんやシュヴァリエさん、そしてウィンディーとの話し合いを終えた翌朝のこと。


 あたしは武装をしてお父様と向かい合っていた。隣に居るのはリッターさん。これから彼と一緒に鬼の屋敷へ向かうのだ。


「似合ってるじゃないか、フロラ」


 お父様が満足そうに口角を上げ、あたしの格好を見つめる。


 朱色の鎧に桃色の模様が入っている。

 これがあたしの武装だった。

 いつか鬼と戦う時が来る。そのために、お父様が用意してくれたのだ。


「ありがとう、お父様。お父様のおかげよ」


 あたしがお礼を言うと、お父様は微笑んでくれた。


「フロラ、よく聞け」


 ふと、お父様は表情を引き締める。一体どうしたのだろう。


「人喰い鬼には気を付けろ」


「人喰い……鬼……?」


 まさか、鬼がそんな酷いものだったなんて。

 ということは、今まで生贄として捧げられてきた女の子達も全員、食べられてたってこと!?


「そう怯えるな、フロラ。心配しなくても良い」


 あたしはそれほど分かりやすく顔を青くしていたのだろう。

 お父様があたしをなだめてくれる。


「そうだよ、フロラちゃん。全ての鬼が人を喰う訳じゃないからね」


 お父様の言葉を引き継ぐように、リッターさんが言った。


「そ、そうなんですか?」


 良かった、それなら安心だ。多分レノンも食べられていないはず。

 でも、だからって安心は出来ない。まだ食べられていないということは、これから食べられる可能性があるということ。


「早く行きましょう、リッターさん! レノンが、レノンが!」


 レノンが鬼に喰われたら、と想像してしまい、あたしは思わず身震いをする。それからリッターさんに向かって叫ぶ。


「落ち着いて、フロラちゃん。大丈夫だよ。そのために僕が行くんだから」


 リッターさんはあたしの武装の肩部分に手を置いてから、


「ウィンディーちゃん、お願いできるか?」


 背後のウィンディーに向かって振り返る。


「はい、リッターさん」


 ウィンディーは頷くと、両手を握って目を瞑った。


 すると、彼女の手の先から湯気のようなものが出現して、朝の空へと舞い上がっていった。

 多分あれが、ウィンディーの言っていた『風が憶えている』ということだ。

 あの風の跡を追っていけば、鬼の屋敷に辿り着けるはず。


「行ってらっしゃい、フロラ、リッターさん」


 瞑っていた目を開けて、ウィンディーはあたし達を見送ってくれる。


 ウィンディーの発した魔法の風が、あたしとリッターさんを包み込む。


「騎士団長、ご武運を」


 ウィンディーの隣に居たシュヴァリエさんも、リッターさんに向かって礼をする。


 あたし達はそれぞれ頷くと、お互いに顔を見合わせた。


「行きましょう、リッターさん!」


「ああ、フロラちゃん!」



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「ここが、鬼達の屋敷……」


 そびえ立つ屋敷は、何ともおどろおどろしい雰囲気を醸し出している。

 あたしは、それを首が痛くなるほど見上げながら呟いた。


 リッターさんは数歩ほど前進すると、屋敷の扉に手をかける。

 それから扉のノブを引くけど、扉はびくともしなかった。


「やっぱり内側から施錠されてるか」


 ポツリと呟いたリッターさんは、特に残念がる様子も見せない。扉が簡単には開かないことも想定内だったのかな。


 まぁ、当然と言えば当然か。


 あたしが一人で納得していると、今度は数歩ほど後退するリッターさん。

 そして扉に向かって手をかざした。


 その瞬間、彼の掌から固まった土の塊____土魔法が放出された。

 リッターさんの土魔法は、屋敷の扉をものすごい勢いで破壊してしまう。


「す、すごい……!」


 あたしは思わず呆気に取られてしまった。だっていきなり大きな土の塊で扉をドン! なんだもん。すごすぎるよ。


「よし、来るよ。構えて」


 リッターさんの言葉通り、あたしは背中の矢筒から矢を取り出して弓を構えた。

 勿論ただの弓矢じゃない。水魔法を放つことが出来る優れものだ。

 弓矢自体はお父様のお下がりだけど、それを使って魔法を発動出来るように、自分で何年もかけて調節したのだ。


 そして、あたしは何が来るかも分かっていた。

 この状況であたし達を襲いに来るものと言えば一つしかない。


 鬼達だ。


「突撃!」


 片手剣を手にしたリッターさんに続き、あたしも屋敷の中へと飛び込む。


 長い長い廊下を走っていると、不意に先を走っていたリッターさんが止まった。

 その先に居たのは______。


「鬼……」


 あたしは無意識のうちに呟いていた。


 あれが、鬼。たくさんの生贄の女の子達をさらって、レノンまで帰さない酷い奴ら。


 長い銀髪に眼鏡をかけた長身の鬼。

 水色の短髪の小さな鬼。

 それとよく似た容貌を持つ桃色のボブヘアーの小さな鬼。


 あたしとリッターさんを待ち構えていたのは、そんな三匹を始めとするたくさんの鬼達だった。


「レノンはどこ⁉︎」


 あたしはそいつらに向かって叫んだ。


「どうせ食べちゃう気なんでしょ、この人喰い鬼!」


 すると、水色の短髪の小さい鬼が眉をひそめた。


「ヒトクイオニ? おれ達が?」


 惚けているわけではなさそう。純粋に不思議がっているように見える。


「わたし達、ニンゲンは食べないよね」


 桃色のボブヘアーの小さな鬼も、水色の短髪の鬼と顔を見合わせている。


 この子達の言ってることは本当なの?

 それとも、まだ小さすぎて自分達が何者なのかとか、この状況について理解できてない?


「何を言っているのだ、ニンゲン」


 あたしが理解に苦しんでいると、見た目は大人の銀髪の鬼が言った。


「人喰い鬼は、もう既に絶滅しているはずだぞ。俺達は人喰い鬼ではない」


 どういうこと? もうこの世には居ないの?


 いやいや、何を勝手に信用しかけてるの、あたし。相手は鬼よ。あたし達を騙しにかかってるに決まってるじゃない。


「とにかく、レノンを返して!」


「それは出来ない相談だ」


 銀髪が即答した。


「そう、なら仕方ないわね」


 あたしは矢をセットして弓を構えた。


「レノンを返してくれないなら、あなた達を倒す!」

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