第2話 朝の嵐
リリリリリリリ……。
けたたましく鳴り続けるスマホの目覚まし音に唸りながら、俺は目を覚ました。まだ眠気はあるが、それを無くそうと必死に目をこする。
『こんな男らしくないへなちょこに我が娘を預けられるわけがないだろう』
昨日のヒルスさんの言葉を思い出してため息。何で俺がそんな風に罵倒されるのかは多分もうすぐ分かるはずだ。
ドンドンドンドン!
ドアが破られるかと思うほど力強く叩かれて、外から声が聞こえた。
「レノンちゃん、レノンちゃん、起きた〜?」
「早く起きなさいよ〜。私たち待ってるからね〜」
「ね〜」
ほら、おでましだ。ていうか一番最後言う必要あった?
「はーい」
面倒くさそうに返事してみるが、開けないと俺のドアが犠牲になるのでドアノブをねじる。
「「「レノンちゃんおっはよ〜〜〜!」」」
待ってました! とばかりに挨拶してきたのは、三姉妹おばあちゃんたちだ。
左から順番にガリ(二番目)、デブ(一番目)、チビ(三番目)。この三人はそれくらい分かりやすい特徴をしているので、人物紹介の手間が省けるという利点がある。俺が生まれた時からまるで本当の孫みたいに可愛がってくれていて、手料理をご馳走になったことも少なくない。
それはいいんだけど……。
「レノンちゃん、今日は早起きね」
「そうよね、いつもなら、私たちの愛のおはようコールで起きてくれるのに」
「何か残念だわ」
人が早起きしたのに残念がるのは、きっとこの人たちだけだろう。
「俺もいい加減、一人で起きれるようにしなきゃなって思って。ずっとおばあちゃんたちに頼り切ってても悪いし」
俺が言うと、おばあちゃんたちは目を眩しいくらいキラキラと輝かせて、
「あらっ、ちょっとちょっと〜ませたこと言うじゃない、レノンちゃんったら〜」
「偉いわね。流石レノンちゃん」
「村の誇りよ! ああっ、私もう涙が出てきちゃう!」
言い過ぎでしょうに。ていうか、本当はこの通称・愛のおはようコールが嫌だからなんだけどね!
「はい、茶番はここまで。みんなで記念撮影しましょう」
「あら、今日は何の記念?」
「そりゃあ勿論、レノンちゃんが一人で早起きしましたおめでとう記念よ」
まるで漫画の悪役のような台詞をかましたおばあちゃんを筆頭に、流れは写真撮影へ。この人たちは俺への愛が強すぎるのか何なのか分からないけど、こうやって朝来るたびに無理やりにでも記念日を作って、俺と写真を撮りたがるのだ。
「はい、並んで並んで〜」
お年寄りにも関わらず、学生並みにスマホをコンプリートしているデブばあちゃん・マルコさんが、自撮りモードでスタンバイ。俺の両肩にそれぞれ手を置いて、ガリばあちゃん・センコさんとチビばあちゃん・ツブコさんもキメ顔を作って準備完了。
「じゃあ撮る___」
パシャッ!
「わよ~」
マルコさんは、自分で宣言しておきながら言い終わる前にシャッターを切る恒例のスタイル。おかげで俺は、死んだ魚の目をしていた。
「あら見て! レノンちゃんの死んだ顔も可愛いわ〜」
「本当! 理想の死に顔よね〜。憧れる〜」
「私もレノンちゃんみたいな可愛い顔で最期を迎えるわ! やる気出てきた!」
死ぬことにやる気を見出さないでください!
俺は最悪な気分だったけど、こんな風におばあちゃんたちは俺の顔を大絶賛だ。笑われるよりは100倍マシなので、別にいいやと思えてくる。
「じゃあね〜、レノンちゃん、素敵な写真をありがとう〜」
「また明日ね〜」
「ね〜」
一気に静まり返った玄関からベッドに戻り、俺は一呼吸つく。
そう。俺が村長ヒルスさんからも認めてもらえない理由の一つは『顔』だ。
俺は生まれつき、なぜか女の子みたいな顔をしている。別に父親に似た童顔、とか母親の血が濃い、とかでもない。言葉で表すのは大変難しいのだが、物理的に『女の子』なのだ。時々自分でも、生まれてくる性別間違えたな、と思うことがあるくらい。
生まれたての頃はそこまでわからなかったらしいけど、成長していくにつれて性別と外見の差が異常だった、と生前の両親は口にしていた。
勿論出産前にもエコーで性別は分かっていたし、出産後にも助産師さんに『はい、元気な男の子ですよー』と渡されたので、決して心の底から俺のことを女の子だと思っているわけではないのだ。
そう何回も父に弁解されたのが懐かしい。
そうは言っても時々不安になったようで、俺の胸と下を何回も何回も確認したらしいけど。
いやん、エッチ!
……ゴホンゴホンゴホン。そんなことはどうでもいい。俺は本気で悩んでいるのだ。
ヒルスさんに『根っからの男』だと認めてもらうには、変わらなければいけない。そして認められなければ、幼なじみのフロラとも永遠に結婚できないことになってしまう。『男らしく』と思って『僕』だった一人称も『俺』に変えたが、肝心の中身が変わっていないと意味がない。それは自分でも分かっているのだ。
どうやったら中身まで変われるんだろうか。
俺が必死に考えていると、またドアが叩かれた。でも優しいコンコンという音なので、あのおばあちゃんたちではない。
「はーい」
普通の声で返事をしてドアを開けると、そこには噂をすればというほどグッドタイミングで、幼なじみのフロラが笑顔で立っていた。
「おはよ、レノン」
「おはよう、フロラ」
「ちょっと、何顔赤くしてんのよ〜」
肩をぺちっと叩かれて、俺は照れ笑い。好きな人を目の前にすると、どうしてもこうなってしまう。これも直さないといけないことだ。
「ところでどうしたの? フロラ」
俺が尋ねると、フロラは笑顔をさらに輝かせて言った。
「デートしよ、レノン」